2020年2月17日月曜日

■野兎たち

■作:ブラッド.バーチ,翻訳:常田景子,演出:マーク.ローゼンブラット,西川信廣,出演:スーザン.もも子.ヒングリー,小田豊,七瀬なつみ,サイモン.ダーウェン,アイシャ.ベニソン,田中宏樹,永川友里
■新国立劇場.小劇場,2020.2.8-16
■中村家の娘サキコが結婚のため夫になるダンと彼の母リンダを連れて英国から一時帰国する。 しかしサキコの兄が行方不明になっていた・・。
「タイタニック」や「ダイ・ハード」、ゾンビ映画が機内で話題になったがスタッフに映画好きがいるようだ。 この流れからゾンビは「バイオハザード」に違いない。
両親は行方不明の兄を世間から隠そうとしている。 事件を知られたくない。 父の昔は実業家で兄には厳しかったらしい。 母も娘の結婚式については口うるさい。 両親に戦後日本の保守的な人生観がみえる。 しかも郷土史、古城、仏壇、鮨、和菓子、神社、盆栽などが舞台に上るから尚更だ。
両親の時代錯誤が気になる。 兄の失踪理由は家族、特に父との確執に疲れてしまったのだろう。 両親から精神的に捨てられた娘をみれば分かる。 彼女はピンピン元気だ。 兄の仕事の失敗は失踪の原因とは言えない。
チラシをみると「荒涼たる曠野で孤独を生きる野兎たち・・」とあるが孤独云々というより昔からの家族問題が主題のようだ。 日英共同制作と聞いている。 日本側スタッフはチラシの状況を作りたかったが英国側に押し切られたのかもしれない。 結果として明治時代の私小説気分が漂ってしまった。 現代の孤独がテーマならこのような両親は登場し辛いし風景も似合わない。
登場人物で唯一現代人を意識させたのはダンの母リンダだ。 彼女は一人悠々の生活をしていたがダンのチョッカイで舞台に引きづり出されてしまった。 彼女の結婚観を含め現代世界への対応は的確だ。 「タイタニック」を何度も観ているのも頷ける。 主人公ローズが親の決めた結婚から逃れる話だから。
そして終幕、両親と娘それに兄嫁が鍋を囲む風景で幕が下りるのはどういうことなのだろう? 両親は兄の代わりに娘を縛り付けて家族を演じ続けていくのだろうか?
ところで字幕が役者の近くに写し出されていたが見難かった。 役者から離した方が良い。 ついでに、動き回る細長いボックス映像も雑音のようにしか見えなかった。 舞台集中の妨げになった。
*可児市文化創造センター+リーズ.プレイハウス日英共同制作公演
*劇場サイト、https://www.kpac.or.jp/nousagitachi/

2020年2月12日水曜日

■リヤ王

■作:W.シェイクスピア,訳:坪内逍遥,演出:中込遊里,演奏:五十部裕明ほか,出演:葵,清水いつ鹿,宮川麻里子ほか,劇団:鮭スペアレ
■銕仙会能楽研修所,2020.2.11
■料理でいえば旨味が無い舞台です。 能を意識し過ぎたのかもしれない。 能作法も取り入れているが中途半端です。 ト書などを謡にするのは面白いが、例えば摺足や腰の上げ下げなど身体動作はぎこちない。 その動作が観客(私)身体に響かない。 役者身体が変わらないと能の相乗効果が表れないのかもしれません。
坪内逍遥のシェイクスピアは珍しい。 謡が面白かったのはこの為かもしれない。 この劇団は初めてですが戯曲に力を入れているようにみえました。 役者たちの動作や立ち振る舞いが坪内逍遥と能を上手く繋げることができなかった。 身体と科白の関係を試行錯誤している舞台にみえました。
*TPAMフリンジ参加作品
*TPAMサイト、https://www.tpam.or.jp/program/2020/?program=king-lear

2020年2月10日月曜日

■その河をこえて、五月

■作:平田オリザ,金明和,演出:李炳焄,平田オリザ,出演:三田和代,小須田康人,佐藤誓,白星姫,李南熙,徐鉉喆ほか
■新国立劇場.情報センター,2020.2.9(新国立劇場.小劇場,2002.6収録)
■「2002年春、ソウル漢江の河原。 韓国語学校教師金文浩は、・・生徒たちと自分の家族を連れて花見に出かける・・」(チラシより)。
生徒たちの年齢・職業はいろいろだがソウルで生活している在韓日本人が多い。 河原の土手に満開になった大きな桜の木がみえる。 舞台は終幕まで花見が続き、役者の出入りで場面を転換してく方法は青年団定番の流れと同じである。
生徒の達者とは言えない韓国語が話を面白くさせる。 ベトナム戦争で家族が戦死したことや徴兵制度への対応は韓国を知る上では必須だが、親の介護や子供の学校の話はどの国も同じ問題を抱えているのが分かる。 そして話の至る所で堆積された20世紀日韓史がパッと顔を出す。
教師の弟夫婦がカナダへ移住しようとしているのだが母親には言っていない。 花見の席上で母に打ち明けるところが物語の山場である。 家族が移民をすることで国家とは?民族とは?を真剣に考えせざるをえない。 この点は練られていると思う。 
今から20年前の芝居だが、一口で言えば素直な舞台だ。 具体的な話題は広げすぎて表面的にも感じられる。 日韓共同も走りで、それに花見だからしょうがない。 この20年間で情報量が増えたこと、より深みのある日韓共催舞台を観て来た為もある。
唯一存在感ある人物は教師の母親(名前は忘れた)だ。 彼女の一挙一動に写実という意味ではない現実感があった。 保守的な彼女は次男夫婦のカナダ行を最後に許すのだが、それは国家や民族を越えて在る世界へ、生きる為そして生活の為の移民に納得したのかもしれない。 「浜辺の歌」を皆で歌い花見は終わる・・。
*2002年日韓国民交流年記念事業作品
*NNTTドラマ2001シーズン作品
*劇場サイト、https://www.nntt.jac.go.jp/enjoy/record/detail/37_004523.html
*「このブログを検索」に入れる語句は、 平田オリザ

2020年2月7日金曜日

■少女仮面

■作:唐十郎,演出・美術:杉原邦生,出演:若村麻由美,木崎ゆりあ,大西多摩恵ほか
■シアタートラム,2020.1.24-2.9
■観客層がばらけているのは演出家杉原邦生の賜物かな? 彼は時代劇も結構取り上げているからよ。 会場に入ると未完成な舞台が目に入る。 散らかっている道具類をかたずけながらの幕開きが面白いわね。 そこに壁が下りてきて喫茶「肉体」の店内になる・・。
舞台は春日野八千代の雪組時代と1960年代の匂いを強く繋げている。 それは満州とヒースの厳しい荒野にも広がり、離れ離れの時間と空間が一つになり立ち現れてくる。 作品のエキスを忠実に掴み表現されていたからだと思う。
そして唐十郎の濃くの有る科白が高揚するときには、あのメリー・ホプキンの歌が聴こえてくるの。 「思い出すは、あの日のこと・・」。 この芝居の総てが歌声に乗ってやって来る。
ところで腹話術師の見世物は能で言えば中入り狂言ね。 人形と肉体の不思議な関係が作品全体に滲みていく。 そして寒い国からの来訪者甘粕大尉がAMAKASUと大きく書いてある白マントで登場したのはさすが美術系演出家ね、いつもは軍服なのに。 昨年末の「少女都市からの呼び声」を遡り<少女>の故郷に遂に辿り着いた。
*「少女仮面」(金守珍演出,2015年)
*劇場サイト、https://setagaya-pt.jp/performances/shoujokamen20200102.html
*「このブログを検索」に入れる語句は、 唐十郎、 杉原邦生

2020年2月5日水曜日

■メアリ・スチュアート

■作:フリードリヒ.シラー,台本:スティーブン.スペンダー,翻訳:安西徹雄,演出:森新太郎,出演:長谷川京子,シルビア.グラブ,三浦涼介,吉田栄作,鷲尾真知子,山崎一,藤木孝ほか
■世田谷パブリックシアター,2020.1.27-2.16
■映画を観てから劇場に行こうか? 迷いましたが観なかったのは正解です。 一瞬先がどうなるかドキドキの連続でした。
ハンナとメアリの暗い過去の話を、次にモーティマのイタリア旅行回想を聞いてぐぐっと舞台に引き込まれていきました。 カトリックを強く意識する幕開きですね。 キリスト教宗派の違いが構造をしっかりと支えている。 
そしてエリザベス女王の白化粧が冴えていました。 仮面にもみえる。 メアリの化粧や衣装と対比が際立っている。 外見は違うが二人とも業が深い、かつ我も強い。 両者の確執がこの芝居の見所ですが宿命も感じられます。
その女王を取り巻く3人の家来、レスター伯、法務方バーリー、事務方タルボットの性格や行動の違いも彼女らに劣らない。 契約・義務・権利の言葉の裏側に疑心や保身そして愛憎を塗りこんで物語が進められる。 誰もが敵か味方かを見定めたい。
メアリが神父メルヴィルに告解をする場面がクライマクスでしょう。 告解で身近に迫った死をメアリと観客の双方が受け入れ演劇のカタルシスを貰えるからです。 しかし3人の家来が女王から逃げていくのを呆然としたエリザベスをみながら、この舞台はメアリ以上の存在感がでていたことも確認しました。
歴史劇だけあって科白に硬さがみえるのはしょうがない。 台詞量が多いこともある。 告解も言葉の優位からくる感動が大きい。 その中で言葉を越えていたのがモーティマでしょう。 彼の身体は活きていました。
*劇場サイト、https://setagaya-pt.jp/performances/marystuart20200102.html
*「このブログを検索」に入れる語句は、 森新太郎
*2020.2.8追記・・
■二人の女王,メアリーとエリザベス
■原作:ジョン.ガイ,監督:ジョージー.ルーク,出演:シアーシャ.ローナン,マーゴット.ロビー
■(イギリス,2018年作品)
■芝居観後に観てしまいました、映画を、原作者は違いますが。 メアリとその周辺つまり、スコットランド帰還からジェームス6世誕生そしてスコットランド追放迄が詳しく語られる映画です。 でもエリザベスがメアリの背後にいつも居るのが分かる。 追放後ただちに二人が出会いそのまま終幕になります。
当時の風景、衣装や髪型、兵隊の様子などがわかりました。 エリザベスの白化粧と死刑台のメアリの赤衣装が印象的でした。 舞台はエリザベスとその周辺が騒がしかったが映画はその逆になっている。 競合していないのがいいですね。
*映画comサイト、https://eiga.com/movie/90285/

2020年2月3日月曜日

■少女と悪魔と水車小屋

■原作:グリム兄弟,作:オリヴィエ.ピィ,演出:宮城聰,出演:鈴木真理子,武石守正,大内米治,貴島豪,大道無門優也,永井健二,若宮洋市,劇団:SPAC
■静岡芸術劇場,2020.1.18-2.2
■舞台はシンプルな構成で白一色の紙(?)でできている。 白衣装の役者の動きや科白もこの趣向に沿っています。 それは人形のような動きと喋り方をする。 単純化しているのに物語の要は外していません。 英語字幕はもっと約している。 考え抜かれた詩的世界が表れていますね。
少女が悪魔に両手を斬られてしまう。 貧乏から抜け出すのに父が悪魔と契約を結んだ為です。 娘は放浪の末、王様と出会い彼の子供を産む。 しかし悪魔は娘(王妃)と王の間に入り再び混乱させてしまう。 王妃は森へ逃げ子供と静かな生活を送ることになる。 戦場から戻った王は事の始終を知り王妃を探しに出ます。 そして二人は目出度く再会し愛を確認する。 このようなストーリーです。
悪魔は黒尽くめの衣装で登場する。 その悪魔に娘が両手を斬られる残酷さがこの作品の一つの見所ですね。 「本当は恐ろしいグリム童話」は本当だった。 しかし舞台では娘の両手が森の生活で新しく生えてくる! 「奇跡だ!」、王は叫ぶ。 妃は「・・でも、春になると森じゅうで新しい芽が生えるのです」。 王は喜び答える、「(そうだ、この世界のすべてが)奇跡だったのだ。 そのことに驚き続けよう」と。
此の世に生まれてきたのは奇跡といってよい。 この宇宙に生まれる確率は殆ど0だったにもかかわらずです。 生きているだけで素晴らしい。 王様のように奇跡に驚き続けます。
*原作はグリム童話「手なしむすめ」
*SPAC2019シーズン作品
*劇場サイト、https://spac.or.jp/au2019-sp2020/grimm_2019
*「このブログを検索」に入れる語句は、 宮城聰

2020年1月26日日曜日

■サイレンス

■原作:川端康成,作曲.台本.指揮:アレクサンドル.デスプラ,美術.照明:エリック.ソワイエ,衣装:ピエルパオロ.ピッチョーリ,台本.演出.ソルレイ,出演:ジュディット.ファー,ロマン.ボクレー,ロラン.ストケール,演奏:アンサンブル.ルシリン
■神奈川県立音楽堂,2020.1.25
■白い床に箱が数個置いてある極めてシンプルな舞台、その後ろに10人ほどの楽団員が一列に座っている。 川端康成の短編「無言」が原作よ。 作家大宮明房の娘富子がソプラノ、大宮の弟子三田がバリトン、語りの男が加わり3人で演じられていく。
静かに進行するストーリーはサスペンス性が感じられる。 音楽や歌唱がそれを印象的に強める。 原作を五感に響かせたような舞台に、忘れていた川端康成が形を変えて戻ってきたようだわ。 オペラ的演劇といえるわね。
背景の映像ではトンネルを通過する場面は良かった。 でも人間を映し出すのは強すぎて舞台の雰囲気を壊してしまった。 科白(ここでは歌唱)で十分に分かる。 それと「母の読める」場面を語りの男が台詞で押し通したのはしょうがないのかな? できれば歌唱で聴きたかった。
舞台が面白かったのでアフタトークを聞くことにする。 出席はデスプラ、ソルレイ、司会、通訳。 (括弧内は私の感想)。
デスプラ:昔は柔道や合気道、茶道をやっていた。(スゲッ!) 楽団衣装は雅楽を取り入れた。 (ほぅ!) 川端は映画も作っている、例えば「狂つた一頁」。 (この作品名が出るとはさすがデスプラ!) 武満徹がドビッシーを取り入れたように今回の作曲も意識してそうした。 (やっぱ、ドビッシーね) ロダン作品の「手」を見つめている川端の姿を覚えている。 (大宮の指の動き・・)
ソルレイ:三田は三島由紀夫ではないのか? (そう思った!?) ベッドは観客から背を向けさせた。 (これは良かった、しかも頭髪だけが)
司会:言葉は意味を持っているが一つ一つの音の集合である。 (ソシュールなど言語学との関連をトークで触れなかったのは残念!) (司会者は川端康成の熱烈ファンに見えたが途中で鎌倉文学館館長だと知る) 鎌倉にはトンネルも火葬場もある。 (鎌倉が溢れ出ていて、スゴッ!)
以上。 アーフタトークも楽しかったわよ。
*音楽堂開館65周年記念作品
*川端康成生誕120周年記念作品
*劇場サイト、https://www.kanagawa-ongakudo.com/detail?id=36015

2020年1月21日火曜日

■バレエの王子になる! 世界最高峰、ロシア・バレエ学校の青春

■制作:NHK,語り:原田美枝子
■NHK,2019.9.7
■昨年に録画したのを観たのですが納得のドキュメンタリー番組でした。 ワガノア・バレエ・アカデミー男子生徒の数名にフォーカスをあて、練習風景や寮生活を映しながら国家試験、就職試験、卒業公演に迫っていく。
校長は元ボリショイバレエ団ソリスト、ニコライ・ツィスカリーゼ。 「気品あるオーラと堂々とした表現で観客には光輝く泡しかみせてはいけない」。 校長の言葉ですがその通りですね。 すべての舞台芸術に言える。 劇場に光輝く泡を観に行くのです。
ダンサーの国家試験があるとは流石ロシアです。 プロを育成するシステムが出来ている。 12の試験プログラムを熟さなければならない。
そして就職試験へ・・、幾つかのバレエ団のオーディションを受けます。 学校の成績は略関係ない。 生徒の一人は国立モスクワ音楽劇場を落ちてしまった。 即戦力も求められます。 校長は言う、「パリオペラ座、ボリショイ、マリンスキーの3つだけ! これ以外のバレエ団への就職は裏街道の人生だ!」。 厳しい。 学校の多くの生徒はマリンスキーを目指します。
卒業公演はマリンスキー劇場で4日間かけて行う。 成績上位のダンサーが主役を務めるのはどこも同じですね。 そして目出度く卒業です。
学校生徒は10歳から18歳の全400名弱。 卒業までに半分以上は脱落するそうです。 この2月末に東京で「世界名門バレエ学校の饗宴」が開催されます。 ニコライ・ツィスカリーゼ校長も来日してクラスを公開するらしい。 楽しみですね。
*NHKサイト、https://www.nhk.or.jp/docudocu/program/2443/2625258/index.html

2020年1月20日月曜日

■シネマトダンスー3つの小品  ■Farben

■彩の国さいたま芸術劇場.大ホール,2020.1.17-19
□シネマトダンス-3つの小品
■演出:金森穣,衣装:堂本教子,映像:遠藤龍,出演:Noism1,井関佐和子,山田勇気,金森穣
■小品の3つは「クロノスカイロス1」「夏の名残のバラ」「FratresⅡ」。 どれも舞台にカメラを載せてリアルタイムで背景に映写する方法を取る。
「クロノスカイロス」はアスリートたち?が走り回り立ち止まり踊る、スピード感のある舞台だ。 タイトルからみて時間と時刻を表現しているらしい。 音楽がバッハだったがダンスに合っていない。 無機質な音楽を使っても面白いとおもうが。 リアルタイムでダンサーの走り回る姿をデジタル時計と共に背景に映し出していた。
「夏の名残のバラ」はカメラマン山田勇気がダンサー井関佐和子について回りデュオとして踊る場面もある。 踊る時はカメラを床に置く。 カメラ動作が密着していて新鮮だった。 この作品は井関が地下の化粧室にいる場面から映し始める。 「中国人の不思議な役人」「マッチ売りの話」のポスターや古びた胴体だけのマネキンも写し出され寺山修司の世界に入り込んだような映像に感激してしまった。 タイトルの歌詞もなかなか良い。
「Fratres」は金森穣のソロだが背景にもう一人のダンサーの影が写り同じ動作をする。 激しい動きもあるが僧が修行をしているようだ。 影が彼の分身にもみえて哲学的宗教的な雰囲気が感じられる。
「映像の力を借りるのではなく、映像の力と拮抗すること」(金森譲)。 観ている時は舞台の流れに身を任せるが彼の映像はとても凝っているのが分かる。 後者2作品は映像と舞台はまさに拮抗をしていて切り離せない。
□Farben
■演出:森優貴,衣装:堂本教子,出演:Noisum1,井関佐和子
■森優貴は「NHKバレエの饗宴2017」に登場している。 暗さのある舞台、動きのある振付になっている。 12名のダンサーは群になり体を捻じれさせ苦しみ悶えているようにみえる。 彼の舞台は文学舞踊劇と言われているがナルホド面白い名称だ。 衣装はモノトーンで上白下黒、小道具の机も黒、そこに花瓶の花束や鉢植えの木葉などを置く。 しかし花や木をみると戸惑ってしまう。 ダンスが瞬断され意味を追ってしまうからだ。 鞄から旅も意識する。 ストーリーも感じられるが身体とオブジェの関係が断片的でよくみえない。 タイトルも捻っている。 いろいろ詰め込んでいる背景が時々顔を出すような舞台だった。
*劇場サイト、https://www.saf.or.jp/arthall/stages/detail/7012

2020年1月18日土曜日

■コンチェルト  ■エニグマ・ヴァリエーション  ■ライモンダ第3幕

■TOHOシネマズ日本橋,2020.1.17-23(コヴェント.ガーデン,2019.11.5収録)
□コンチェルト
■振付:ケネス.マクミラン,音楽:ドミトリー.ショスタコーヴィッチ,ピアノ:ケイト.シップウェイ,出演:アナ=ローズ.オサリヴァン他
■ソビエトを感じさせるショスタコーヴィッチの音楽にストーリーのないマクミランの振付が何故かロシア小説の風景や軍隊などを思い出させてくれる。 抽象バレエだがどこかモダン・バレエを感じる。 20世紀中頃の振付の混沌が表れているようね。 隠れたドラマチックのためミニマルの陶酔感はやってこない。
□エニグマ・ヴァリエーション
■振付:フレデリック.アシュトン,音楽:エドワード.エルガー,出演:クリストファー.サウンダース他
■作曲家エルガーが仕事の吉報を待つという変わったストーリーで、ビクトリア朝後期の彼の家族と友人たちが当時の生活衣装で登場するの。 激しい動きより静かな振付の方が当時の日常生活を持ってきてくれる。 イギリス人なら古き時代を思い出しながら観たはずよ。
□ライモンダ第3章
■振付:ルドルフ.ヌレエフ,音楽:アレクサンドル.グラズノフ,指揮:パーヴェル.ソロキン,出演:ナタリア.オシポワ,ワディム.ムンタギロフ他
■ハンガリー民族舞踊とロシア・バレエが混在している面白い舞台だわ。 中途半端にみえたのは、いきなり第3幕のライモンダ・パ・ドゥ・トゥに入っていく流れだから? 振付に丸みを感じたのは民族衣装が原因かな? これがダンサーの動きを均一にさせた。 ナタリア・オシポワもどこにいるのか分からないような舞台だった。
細かいことは兎も角、違いが目立つ3作品を一度に観ることができて楽しかったわよ。
*ROHロイヤルオペラハウス シネマシーズン2019
*映画comサイト、https://eiga.com/movie/91700/

2020年1月15日水曜日

■雉はじめて鳴く

■作:横山拓也,演出:眞鍋卓嗣,出演:若井なおみ,深堀啓太朗,保亜美ほか
■俳優座,2020.1.10-19
■高等学校を舞台にした社会性のある小説や芝居は面白い。 誰もが通過してきた所だから思い出しながら観てしまった。 登場人物の性格や繋がりを上手く取り入れた科白の面白さで引き込まれてしまう。 思わずゥフッゥフッと笑いが漏れてしまう箇所も多くある。
女性教師マユと男子生徒ケンの関係を謎にしている舞台だ。 それは師弟関係、恋人関係、カウンセラー&クライアント関係等々あるが・・。 ケンは悩んでいるらしい。 それが家族崩壊だと分かってくる。 
それにしても高校教師は大変な仕事だと今更ながら思ってしまった。 学校組織の外に問題の原因がある場合に教師はどのように行動し解決していくのか?
その前に<問題は個人で抱えるな!>はどの組織でも言える。 教師マユは男子生徒との関係をどの時点で個人から切り離し組織へ渡せばよかったのか? 舞台を観ながら考えてしまった。 スクールカウンセラーも答えられない。 しかもこの作品は結末が<芝居的>だ。 教師マユは「自分が責任をとる!」と叫ぶ。 たとえ部下が一人で問題を抱えてしまっても管理者が責任を取るのが組織の存在理由でもある。 校長はそう動こうとしているようで少し安心した。 会社組織のことも考えながら観てしまった。 サッカー部マジージャーが教師へ問う最後の言動は立派、そして教師マユは行動に問題もあるが直向きな人間愛がケンに伝わったのがこの芝居のオチだろう。 それは母性愛の様なものかもしれない。
ということでプログラムを買うことにした。 この芝居もそうだが、ドロドロした人間関係が広がっている生徒の後ろへ片足どころか両足を教師は突っ込むしかない。 「教員の皆様、日々ご苦労様です」と作家も書いている。 タイトルの「雉はじめて鳴く」はケンの母への反抗を指していると見たが、教師との関係が新しい段階に入った意味もあるようだ。 終幕の車椅子の女とそれを引く男が誰だったのかは書いてなかった。
*劇団俳優座第340回公演
*CoRichサイト、https://stage.corich.jp/stage/104053
*「このブログを検索」に入れる語句は、 横山拓也、 眞鍋卓嗣

2020年1月13日月曜日

■鶴かもしれない2020

■作・演出・美術・出演:小沢道成,音楽:岡田太郎,舞台監督:竹井祐樹,照明:南香織,衣装:藤谷香子,ヘアメイク:笹川ともか
■下北沢駅前劇場,2020.1.9-13
■タイトル末尾の年号は再演の印らしい。 近頃よく見かけますね。 演出家も検討を重ねてきたのでしょう。 良くまとまっている舞台でした。
一人舞台の女主人公である相手はラジカセ?から喋り続ける男です。 途中で役が入替り男が演じ女がラジカセになり、話が佳境に入ると一人二役にもなる。 しかもラジカセの声も二役でト書を兼ねている。 そのト書も二つに分かれ状況説明と物語「鶴の恩返し」を朗読していく。 これらが綿密に組み立てられていてスキがありません。
「鶴の恩返し」を聞きながら、現代の男女の出会いと生活を重ね合わせていくストーリーです。 二人の生活風景は貧しい。
(男が)安易にカネを求める惰性。 (女が)肉体を削ってカネを得る限界。 この惰性と限界が結び合って起こる現代の悲劇を描いている。 でも女は男にそこまで恩返しをしなければいけないのか? <恩返し>の相手を広げることが現代では必要なのでしょう、・・女はそうしたが初めの一歩で別の道を選択しましたね。
途中、衣装を散らかしダンスに近い激しい動きや照明が舞台を豊かにしていました。 ところでラジカセから聞こえる男の喋り方が無垢なのは演出でしょうか? <恩返し>つまり約束や愛がボヤケてしまった一因にみえます。
*TPAMフリンジ参加作品
*CoRichサイト、https://stage.corich.jp/stage/104143

2020年1月7日火曜日

■廓文章 吉田屋

■出演:片岡仁左衛門,坂東玉三郎,坂東巳之助,大谷桂三,澤村由次郎,片岡秀太郎,片岡我當
■東劇,2020.1.3-(歌舞伎座,2009.4収録)
■伊左衛門の振付や発声が微妙で複雑さを持っている。 上方歌舞伎独特の動きや台詞の為でしょうか? 太夫の語りが多いのでそれはマイムのようにみえる。 科白も分からない箇所が結構ありました。 でも観ればみるほど味が出てくる作品のようです。
片岡仁左衛門のインタビューが入っていました。 上方歌舞伎の維持活動、東京公演での難しさ等々の話から作品周辺の状況も分かります。
文字の入った紫衣装が映えていた伊左衛門でしたが、後で調べたら「夕霧からの恋文を繋ぎ合わせた紙衣」だったとは複雑な驚きです。 彼の貧しさ如何わしさ切なさが見えるようで見えない。 複雑な驚きは未だ沢山ありそうですね。 太鼓持豊作が二人の仲に入り舞台を活性化させていたのも面白い。 次回は違う役者で観てみたいですね。
*シネマ歌舞伎第35弾
*シネマ歌舞伎サイト、https://www.shochiku.co.jp/cinemakabuki/lineup/43/
*「このブログを検索」に入れる語句は、 片岡仁左衛門、 坂東玉三郎

2020年1月6日月曜日

■2019年ライブビューイング・ベスト10

ワルキューレ
  演出:キース.ウォーナー,歌団:ROHロイヤルオペラハウス
マーニー
  演出:マイケル.メイヤー,歌団:METメトロポリタン歌劇場
アドリアーナ・ルクヴルール
  演出:デイヴィッド.マクヴィカー,歌団:METメトロポリタン歌劇場
リア王
  演出:ジョナサン.マンビー,劇団:NTナショナルシアター
英国万歳
  演出:ジョナサン.マンビー,劇団:NTナショナルシアター
ピーター・グライムズ
  演出:ウィリー.デッカー,歌団:NNTT新国立劇場
タウリスのイフィゲニア
  演出:スチィーヴン.ワズワース,歌団:METメトロポリタン歌劇場
みんな我が子
  演出:ジェレミー.ヘレン,劇団:NTナショナルシアター
イヴの総て
  演出:イヴォ.ヴァン.ホーヴェ,劇団:NTナショナルシアター
くるみ割り人形
  演出:熊川哲也,舞団:K-BALLET COMPANY

*並びは上演日順。 当ブログに書かれたライブビューイング(舞台を撮影して映画で上映)から選出。 ライブ以外の録画も含む。
*選出した劇団等に偏りがあるのは全ビューイング鑑賞数が少ない為。 2019年はBOL(ボリショイバレエ),シネマ歌舞伎,ゲキXシネ,宝塚,上記のK-BALLET,MET,NT,ROHなど約10プログラムが対象。