2014年4月30日水曜日

■冬物語

音楽:J・タルボット,振付:C・ウィールドン,出演:E・ワトソン,L・カスバートソン,S・ラム,S・マックレ
■イオンシネマ,2014.4.29(ROH収録)
■この作品でバレエは初めてじゃないかしら? シシリア王レオンティーズの嫉妬と怒りが迫ってくるわ。 でも大きな柱・彫刻・ワンピース風衣装など、ローマ風の背景が王の感情を詩的に押さえて舞台が弛まない。
二幕の収穫祭はダンサーの統制が取れていない感じ。 もっとメリハリをつけなきゃ。 三幕はコンパクトにまとまっていたわ。 長すぎる二幕の時間を三幕に少し移すべきね。 三幕の物語により深みを出せるはずよ。
「バレエ表現に<説明>は入れられない」と振付家も言っていたけど変換が大変。 でも細やかな振付で素晴らしかったわ。 レオンティーズがパーディタのネックレスを見て娘だと悟る場面はジーンときちゃった。 モノで<見せる>唯一の場面でもあるし。
「すべてを許し、そして解放される・・」、シェイクスピア後期三部作のテーマは感じ取れたわ。 英国バレエ団の底力ね。 本を読んでから観たほうがいいかもよ。
*英国ロイヤル・オペラ・ハウス2013シネマシーズン作品

2014年4月28日月曜日

■ファスター  ■カルミナ・ブラーナ

■ファスタ
音楽:M・ハインドソン,振付:D・ビントレ,出演:新国立劇場バレエ団
新国立劇場・オペラハウス,2014.4.19-27
スポーツをダンスに変換・記述している舞台である。 演算子が介入するので言語的なダンスになる。 オリンピックはそのまま西欧近代の流れとなる。 言語とオリンピックが一つになりこの流れを踏襲している作品にみえた。
バスケット、フェンシング、走り高跳び、水泳、陸上トラックなどなどの種目が登場する。 どれも綺麗に処理されている。 D・ビントレーというひとは石橋を叩いて渡る人のようにおもえた。 この作品も最高点ではなく、まずは合格点を狙っている感じだ。
■カルミナ・ブラーナ
音楽:C・オルフ,振付:D・ビントレ,出演:新国立劇場バレエ団
最高点を狙うにはこれをやるしかない!と企画者は危ぶんだのではないだろうか? 果たしてこれで最高点になった。 演奏・歌唱・ダンス・衣装・美術・照明すべてがまとまり舞台芸術の真髄が現前した。
中世宗教の化身の神学生と現代に通じる性が不連続で合体したような奇妙な感覚に引き込まれていく。 そして合唱が決定的感動を呼び寄せたのは言うまでもない。 満足である。
*NNTTバレエ2013シーズン作品

2014年4月25日金曜日

■ニジンスキー

演出:荻田浩一,出演:東山義久,安寿ミラ,岡幸二郎
銀河劇場,2014.4.23-30
人名辞典でニジンスキーを引いてそれを読んでいるような舞台でした。 人間関係など細かい経歴や年号まで取り込んでいるからです。 科白はまるで解説です。 つまり独白ということになります。 前半は対話が無いに等しい。
歌も7曲ぐらいありましたか。 対話が少ない代わりに歌詞が心情を表現しているようにみえました。 主人公のニジンスキーはもちろん、そしてコロスが4,5人踊ります。 でも両端の壁が迫っていますし、中央に仮舞台が突き出ていて踊り難くみえます。
DANCE ACTとありましたが、リーディング劇に歌と踊りを組み合わせた感じです。 終幕は対話が多くなりまとまってきます。 再演とのことですから、初演の失敗点を取り除いているはずです。 これで全体の流れにリズムが感じられたのかもしれません。
分かり易い内容なので高校生のバレエ・リュス入門としては最適でしょう。
*劇場サイト、http://www.gingeki.jp/archives/1212

2014年4月23日水曜日

■ハルナガニ

作:藤野千夜,脚本:木皿泉,演出:内藤裕敬,出演:薬師丸ひろ子,細田善彦,菊池亜希子,菅原大吉,渡辺いっけい
■シアタートラム,2014.4.7-27
粗削りの舞台である。 役者の動きは雑で、台詞も素人が喋っているような場面がある。 演技なのか地なのかわからない。 このギクシャク感が無調音楽のようになり次第にシュールな舞台が現れてくる。 ストーリーもこのシュール感を助長している。
夫は死んだ妻が見えず、妻は死んだ夫が見えない。 訪ねてくる女子会社員には夫が見え、同じく友人は妻しかみえない。 息子は全てが見える。 5人全員がほぼ舞台に居るのでややっこしい。 訪問者二人は科白が無くてもダイニングに座っている。
夫と妻はお互い見えないのに意識した動きを取り始める。 結局は誰が死者だか分からない。 生と死が入混じってしまう。
芝居が持っているカタルシスを得られた。 死者との出会いで生と死の絶対距離を取り払い、日常生活を可笑しく幸せにそれでいてどうしようもないという諦観も匂わせていたからである。
*劇場サイト、http://www2.setagaya-pt.jp/theater_info/2014/04/post_359.html

2014年4月22日火曜日

■あのっ、先輩・・・ちょっとお話が・・・ ・・・ダメ!だってこんなのって・・・迷惑ですよね?

作・演出:土田亮一、出演:シベリア少女鉄道
座高円寺、2014.4.16-20
プレトークで、都合で出演できない役者3人の紹介があったの。 幕が開いたらなんとその役者が登場するのよ! 舞台の流れとは関係のない動きや科白で観客を笑わせるの。 他の役者は無視しているけどニヤニヤするし・・・
混乱しながら観ていたけどこれも芝居に組み込まれていたの。 騙された!? でも面白い異化効果ね。 高校生と先生、彼らの恋人が登場する学園モノよ。 後半、彼らの悩み事の化身として?先の3役者が怪獣になって暴れるの。 これと戦う話のようね。でも怪獣との戦いもバカバカしくて・・・ダメ! だってこんなのって・・・迷惑だわ。 観客席から笑い声の消えたのがダメな証拠

2014年4月21日月曜日

■ぬれぎぬ

作・演出:広田淳一,出演:アマヤドリ
■シアタ風姿花伝,2014.4.1-23
殺人犯を反省に導く仕事をしている更生相談員が主人公である。 妻も同じ仕事をしている。 その仕事場面での反省をしない殺人犯との遣り取りに引き込まれてしまった。 なぜ人を殺してはいけないのか?が議論される。
逆に殺される立場になったらわかる。 相手の身に成り切ることも必要だろう。 しかも殺人は抑圧下での出来事である。 殺人者にはこの深い抑圧を解かないと反省もできないはずだ。 などなど考えながら観てしまった。
そして妻の妊娠中絶を知った殺人犯は態度を少し和らげる。 ・・。 「悪と自由」三部作の第一作とのことである。 中絶迄描いたから次作は法や国家そして近代システムや戦争へと拡張するのかな? でもチラシを読むと次作も巷の話になりそうだ
舞台は特区?とかがあって死刑や婚姻制度などが崩壊しているようだ。 都合が良すぎる背景である。 物語構築は自由になるがその分テーマが複雑になり観客が混乱してしまう。 もっと<抑圧>をかけないとリアルな<悪と自由>が描けないだろう。

2014年4月15日火曜日

■ウェルテル

作:J・W・ゲーテ,作曲:J・マスネ,指揮:A・アルタノグル,演出:R・エア,出演:J・カウフマン,S・コッシュ
■新宿ピカデリ,2014.4.12-18
舞台は建物の壁が細かく分かれていて立体感のある額縁のようにみえる。 大きな絵のようだわ。 コンパクトで締まりがある。 幕開きと同時に母が亡くなり棺が運ばれていくの。 そして子供たちのクリスマスの練習・・。 始まりの流れが素晴らしい!
でも音楽も歌詞もそして観客もフランスの官能美を求めているのに、カウフマンは直球を投げてくるの。 これでシャルロット間の微妙な感情が壊れてしまった。 終幕、血まみれになってやっとカウフマンの直球が生きてきた感じね。
エアが総裁P・ゲルブに歌手のことを聞かれていたけど、彼は演劇との違いに悩んでいるはずよ。 オペラは演出の大事なところを触れられないから。 しかも「マノン」のようにマスネの作品は歌手を選ぶから尚更ね。

2014年4月13日日曜日

■グローブ・ジャングル

作・演出:鴻上尚史,出演:虚構の劇団
座高円寺,2014.4.4-13
「エゴ・サーチ」が良かったので再び劇場へ足を運びました。 ネットワークのトラブルでロンドン迄追いかけて復讐する話です。 そこに幽霊の登場や劇中劇桃太郎の上演など飽きさせないストーリーになっています。 グローブ座にも掛けている題名でしょう。
でも復讐を諦めた時の佐藤の心情が上手く表現されていなかったのは心残りです。 この作品は読売文学賞戯曲シナリオ賞受賞の再演のようですが、幽霊のお陰で味わい深い終幕になっていることで納得できました。
これはエゴ・サーチの時計の針を戻した作品です。 なぜなら「第三舞台」の匂いが残っていたからです。 躍動感がありました。 次回は再び時計を進めた作品を観たいですね。
*虚構の劇団第10回公演

2014年4月12日土曜日

■ヴォツェック

原作:G・ビュヒナ,作曲:A・ベルク,指揮:G・ノイホルト,演出:A・クリーゲンブルク,出演:G・ニグル,E・ツィトコーワ
新国立劇場・オペラパレス,2014.4.5-13
幕開きは演劇的オペラだったけど終幕はオペラ的演劇に変わっていく面白さがあったわ。 音楽が歌唱を科白に変換してしまうからよ。 「指輪」の科白を歌唱にするのとは似て非なるもの。 現代音楽の変換機能が効いているのね?
部屋が宙に浮いていて、しかも舞台は水が張られているとは驚き! 部屋が奥から観客席に近づいてくる時は目眩がしてしまったわ。
「貧乏」という歌詞がどれほどあったか数えきれない。 しかもラングやムルナウのドイツ表現主義映画に登場するような人々ばかり。 床の水も乾いた絶望感が漂っている。 子供の透き通った声も地獄の天使ね。
抽象的なリアルと言ってよいのかしら? これが終幕に近づくほど煮詰まってくるの。 貧乏という言葉が言葉のまま迫ってくる。 だから迫り切れない前半はとてもしんどかった。 マリーの率直な声が聖母のように聞こえてよかったわ。

2014年4月8日火曜日

■イーゴリ公

作曲:A・ボロディン,指揮:G・ノセダ,演出:D・チェルニアコフ,出演:I・アブトラザコフ,M・ペトレンコ,S・コツァン
東劇,2014.4.5-11(MET,2014.3.1収録)
舞台はロシアというよりいま話題のウクライナが正解かしら? イーゴリ公にプーチンが重なってしまったわ。 ロシア万歳しか言わないんだから。 前半は国家と戦争でウンザリ。 でも後半のイーゴリ公の心情はキエフからキプチャクの流れになった。
捕虜になったイーゴリ公の心の変化が芥子畑に表現されているの。 歌詞には鳥や動物、川の名前が一杯。 「韃靼人の踊り」もやっぱいいわね。 でもキャスト・スタッフの多くはロシア人だから限界もあるわね。 繊細さが無いのよ。 物語を硬くしちゃうの。
結局はイーゴリ公の心情変化の理由が理解できなかった。 METというよりボリショイ劇場を観ているようね。 ロシア的楽しさは満喫できたわ。
*METライブビューイング2013作品

2014年4月7日月曜日

■SAI

演出:三上宥起夫,出演:湘南舞踏派,平安舞踏派,三上賀代
■神奈川芸術劇場・大スタジオ,2014.4.5-6
コンパクトにまとめられていてとても楽しめた。 70分の上演時間に無理無駄がない。 音楽も様々で面白い。 読経はリズムがあるのでネットリ感が弱まりダンスも軽やかになる。 色彩衣装も目立たないが白塗りに合っていた。
舞台芸術の目標の一つに<今この時に死を超えられるか!>がある。 それも役者やダンサーの身体を通してそれを自身の身体で受け取れるかどうかである。 「とりふね舞踏舎の最高作・・」とチラシにあった。
一般市民の舞踏集団のためかギコチナイ動きもあったが、死を越えることが出来る何かが感じられたことは確かである。 ニ作品の上演だが三上賀代+工藤丈輝+若林淳の「献花」が都合で見れなかったのは残念。 でも二人は三上とは似合わないだろ
*劇場サイト、http://www.kaat.jp/d/torifune

2014年4月4日金曜日

■マニラ瑞穂記

作:秋元松代,演出:栗山民也,出演:千葉哲也,山西惇,稲川美代子ほか
新国立劇場・小劇場,2014.4.3-20
前半は状況説明で終わってしまったようにみえました。 フィリピン史など背景を知らないと物語に到達できない歯痒さがあります。 九州地方?の方言も舞台を豊かにしていましたが聞き取れなくてイマイチ流れにのれません。
観後にからゆきさんを調べたら明治時代が最盛期だったことも驚きです。 しかしナゼ多くの日本人が命懸けでフィリピンで生活や仕事をしたのか舞台をみても納得できなかった。 日本の行方を案じる国家正義がすべてを覆い隠してしまったからでしょう。
日本領事館から出られない女衒とからゆきさんでは限界があります。 領事館の外の話は説明のようになってしまうからです。 革命軍兵士や米兵とからゆきさんの恋愛も付け足しです。 群集劇の難しさですかね。
ところでシズが登場するとキーンと高音が鳴るのは何でしょうか? 終幕に秋岡が女達の声が聞こえると動揺する場面が有りましたが、この声と同じなのでしょうか? とするとシズは初代からゆきさんなのでは?
手ぶらで劇場に行くのが好きですが、これを許してくれない芝居でした。 追記ですが領事館長高崎が流れに乗った滑らかな動きと喋りで舞台をまとめていたのが目につきました。
*NNTTドラマ2013シーズン作品