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8月, 2016の投稿を表示しています

■SONATINE

■出演:GOATBED ■世田谷パブリックシアタ,2016.8.30-31 ■劇場での公演は珍しい。 でも作品は変えられない。 表面を変えるしかありません。 背景映像は意味を持たせても面白くない。 観客の想像力・集中力が縮んでしまいます。 一番は照明でしょう。 今回はライブハウス用サーチ照明でしたね。 作品はノアール的雰囲気が続くから舞台用照明や、ドラムが参加した後では逆に明るい原色を取り込んでもよかった。 しかし観客が動けないですね。 立ち姿はまるで大量発生したゾンビにみえました。 これも劇場だからですか? でもGOATBED的光景で面白い。 音響ですが家庭での音響機器とは違い粗太さに向かってしまいます。 ステージ公演とエレクトロ・ポップの宿命の溝を感じました。 最後にいつもの「ありがとう」だけでしたがちょっと勿体ない。 *主催者サイト、 http://goatbed.jp/

■Move/Still ムーヴ/スティル

■振付:ジャポン・ダンス・プロジェクト,出演:遠藤康行,小池ミモザ,青木尚哉,柳本雅寛,児玉北斗,島地保武,大宮大奨,新国立劇場バレエ団 ■新国立劇場・中劇場,2016.8.27-28 ■舞台は公園らしい。 抽象化したすべり台だろうか? なぜか柵もある。 後半には木々も植えられる。 そこでワイワイやろうとするストーリーのようだ。 科白が多いのでダンサーたちが身近に感じられる。 哲学や公園の話やダンサーの紹介など雑多な台詞だが作品名に集約していくようにも聞こえる。 笑える場面が多くて楽しい。 通訳のような振付もある! これらの間をぬってダンスが演じられるという構成だ。 パフォーマンスにより近づいているが観客への接近をいろいろ試行している面白い演出振付である。 ここの現役バレエ団員も数人登場する。 技術的にはともかくプロジェクトからみると存在感は薄い。 前回も同じようだった記憶がある*1。 今回の作品は些細な科白や動きからダンス界が垣間見れる。 いろいろなことが感じ取れて当にカレントな舞台だった。 *1、 「クラウド/クラウド」(NNTT,2014年) *NNTTダンス2016シーズン作品 *劇場サイト、 http://www.nntt.jac.go.jp/dance/performance/151224_007944.html

■頭痛肩こり樋口一葉

■作:井上ひさし,演出:栗山民也,出演:永作博美,三田和代,熊谷真実,愛華みれ,深谷美歩,若村麻由美,劇団:こまつ座 ■シアタークリエ,2016.8.5-25 ■明治23年から明治29年の毎年7月16日の樋口家の一日が舞台で演じられます。 舞台中央にどーんと置かれている仏壇がお盆に相応しい。 女優6人だけの為か独特なリズムがあります。 それは科白や動きに予定調和的な雰囲気が漂っている。 なんとこまつ座として800回も上演しているとのこと。 これが息の合いすぎている原因でしょう。 それでも男性中心の社会批判は止まらない。 明治時代の女性の側からみた夫婦関係や就職問題、国家や公務員の優位性が語られます。 笑いもあるが女6人の怨念が幽霊に宿っている。 樋口一葉も6人の主人公の一人にみえます。 それに7月16日のみの日付や増えていく幽霊など突飛なストーリーが観客世界に揺さぶりをかけています。 上演回数の多さに納得です。 *劇団サイト、 http://www.komatsuza.co.jp/program/past/2016/index.html#more229

■連隊の娘

■作曲:G・ドニゼッティ,指揮:M・アルミリアート,演出:L・ペリ,出演:N・デセイ,J・D・フローレス ■東劇,2016.8.11-9.19(MET2008.4.26収録) ■喜劇風オペラ・コミックのようね。 戦場で連隊に拾われ育てられた娘マリーとチロル地方の農夫トニオの純愛物語なの。 マリーが貴族の娘だったというおちが付いていて子供向小説のようだわ。 ナタリ・デセイとファン・ディエゴ・フローレスの歌唱が聞き所かな。 フローレスの裏声ではないハイCに納得。 ドニゼッティにしては素朴感が漂っている作品にみえる。 法律家になることを期待されていた彼が軍隊に逃げて作曲していた若い頃のことを思い出して創作したのかもしれない。 舞台はチロル地方の山々に地図をそのまま拡大して貼り付けてある。 二幕はこの上に骨格だけの城を築いていて美術的にも良く出来ていた。 ローレン・ペリーは初めての演出家だけどムダ・ムラ・ムリのない流れで気に入ったわ。 音響が低めに設定されていてとても聴き易かった。 2008年製だからかな? 最近のMETライブビューイングは音量があり過ぎて聴き難い。 *METライブビューイング2007-2008作品 *作品サイト、 http://www.shochiku.co.jp/met/program/s/2007-08/#program_08

■ラスト・タンゴ  ■タンゴ・レッスン

□ラスト・タンゴ ■制作:W・ヴェンダース,監督:H・クラル,出演:M・ニエベス,J・C・コペス,P・ベロン,A・グティ ■Bunkamura・ルシネマ,2016.7.9-(2015年作品) ■アルゼンチン・タンゴのマリア・ニエベスとファン・カルロス・コペスのダンサー50年のドキュメンタリー映画よ。 マリアとフアンに若きダンサー達がインタヴューをする構成なの。 それを基にダンサー達が二人の踊りを再現する。 当時の実写も同時に映し出される。 このため結構忙しい内容ね。 たっぷりと踊りを観たかったけどそうはいかない。 インタヴューは二人の愛憎関係が多い。 マリアが仕事か結婚かの判断をする場面も強調されている。 現代人にも通ずるからヒットしているのね。 ダンサーの質問「踊りに行くときは服を着替えなかったのか?」に「いつも同じ服よ」とマリアは素っ気ない。 また母がゴミを漁って骨を探しスープを作った話をする1940年後半の生活も彼女の懐かしい思い出ね。 マリアたちは貧乏だったけど貧乏人とは思っていなかった。 それは社会との繋がりや人々の関係が密だったから。 この密関係の強さが彼女の顔に表れている。 現代の貧しさとの違いをさり気なく表現するところはW・ヴェンダースの鋭さね。 *作品サイト、 http://last-tango-movie.com/ □タンゴ・レッスン ■監督:S・ポッタ,出演:S・ポッタ,P・ベロン ■恵比寿ガーデンシネマ,2016.8.6-(1997年作品) ■ということでもう1本。 監督サリー・ポッター自ら出演し踊っている作品なの。 相手は「ラスト・タンゴ」に登場したパブロ・ベロン。 映画の企画が進まなくて悩んでいるサリーは偶然タンゴを観てレッスンを受ける。 そして彼女はタンゴの新作を考えようとするストーリーなの。 観客を含んだ劇中劇の逆をいく再帰的な流れよ。 しかも監督が主人公だからネスティング構造にもなっている。 音楽と踊りがリズムよく散りばめられていて流れそのものがダンス的ね。 ほぼ白黒で哀愁も帯びていて、サリーとベロンの二人は侘び寂びの愛を演じている。 さすがサリーの内面は巧く表現している。 ベロンの描き方は少し童話的だけど。 「去年マリエンバードで」の撮影場所、「パリ、テキサス」風の音楽、「雨に唄え

■天使は瞳を閉じて

■作・演出:鴻上尚史,出演:虚構の劇団 ■座高円寺,2016.8.5-14 ■放射能汚染地区に侵入した訳あり人々がそこから出られなくなってしまう。 境界に壁ができてしまったからです。 しかたなく彼らは街を作り生活をし始める・・。 空回りをしているような明るい舞台です。 役者たちがプラスチックでできているようにみえる。 1986年のチェルノブイリ原子力発電事故も1987年のベルリン・天使の詩もひっくるめて、初演当時の高度経済成長の達成と崩壊の兆しが無意識に強く出ている舞台にみえました。 前回の「 グローブ・ジャングル 」からもう一歩時計の針を戻した気がします。 時代の雰囲気を再現した舞台です。 30年の差異を考えさせられます。 *虚構の劇団第12回公演 *劇場サイト、 http://za-koenji.jp/detail/index.php?id=1528

■エリック・サティを踊る、ダンスが見たい!18

■出演:大森政秀 ■d-倉庫,2016.8.4 ■夕涼みを兼ねて行ってきました。 でも日暮里は緑が少ないので涼しさは感じられない。 公演は1回で、しかもソロ。 こういう場合即興の比率は高いのでしょうか? サティがテーマらしい。 彼の曲は特徴があり観る前にイメージが固まってしまうので取り払うのが大変です。 衣装は皺のある色褪せた白いシャツと同じようなズボン、腰に手拭を挟んでいる。 昭和中期のスタイルに見えました。 曲はサティですが雑音も入ります。 とちゅう針金の束をほどき吊るしたりする。 当時の工業化が押し寄せている表現かもしれない。 演者の青春時代を思い返しているようにみえました。 終幕はいつもの長いドレスに着替え髪を解いて再登場。 色はグレーです。 先ほどまでの踊りもまた無常である。 演奏もジャズ風に変わり見応えがありました。 *劇場サイト、 https://www.d-1986.com/d18/