2016年6月30日木曜日

■阿弖流為

■作:中島かずき,演出:いのうえひでのり,出演:市川染五郎,中村勘九郎,中村七之助
■東劇,2016.6.25-(新橋演舞場,2015年7月収録)
■ゲキXシネの新作かとチラシを見直したらシネマ歌舞伎でした。 でも中身は前者に近い。 それと阿弖流為(アテルイ)は高校日本史に登場したようですが覚えていません。
この作品の面白いところは阿弖流為と坂上田村麻呂の主人公二人が国家と距離を置いている事でしょう。 前者は神殺し、後者は「義に大が付くと胡散臭い」と言っているのでもわかります。 いつの時代でも「正義」を説く側は胡散臭い。 国家は神と一心同体であり祭りと戦争の機械でもある。 激しい戦いの末、阿弖流為と蝦夷の神は殺され大和朝廷に降ります。 しかし坂上田村麻呂は阿弖流為との友情からこれ以上の蝦夷への侵略を止める。 徳政論争の事でしょうか?
要点を突いた簡素な台詞を堆積させることにより役者たちのキャラクタをはっきりと描き出しています。 そして国家と神に翻弄されながらも二人の長の人間味溢れる舞台は最高のエンターテインメントですね。
*シネマ歌舞伎第24弾作品
*作品サイト、http://www.shochiku.co.jp/cinemakabuki/aterui/

2016年6月27日月曜日

■ザ・カーマン

■原案:G・ビゼー,演出・振付:M・ボーン,出演:C・トレンフィールド,Z・ストラレン,K・ライアンズ,D・ソース,監督:R・マクギボン
■恵比寿ガーデンシネマ,2016.6.25-(サドラーズ・ウェルズ劇場2015年8月収録)
■マシュー・ボーンのチャイコフスキはまだ古典だがビゼーになると現代へ飛ぶ。 着想はカルメンのようだが観ながら「ウェストサイド物語」を思い出してしまった。 たぶんボーンも比較を意識しているはずだ。 しかしニューヨークではない。 ジットリとした蒸し暑さが残り夕焼けで染まる薄汚い街は「欲望という名の電車」へと繋がる。
生活に密着している言語と身体でつくられた振付は日本語を母語としている者には絶対に作れないだろうと感心してしまう。 ガレージ・ダイナーからクラブ・バーそして刑務所ヘ、再びガレージ・ダイナへと円環する深みのある舞台も飽きさせない。 夫ディノを裏切り同僚ラナに罪をなすりつけ恋人ルカと逃げるナナが最後にルカを射殺するストーリも筋が通っている。 忘れた頃に聞こえてくるカルメンの旋律も郷愁を誘い1960年代アメリカ南部(そのように見えた)の若者群像に暫時浸ることができた。
*作品サイト、http://matthewbournecinema.com/thecarman.html

2016年6月26日日曜日

■887

■作・演出・出演:R・ルパージュ*1
■東京芸術劇場・プレイハウス,2016.6.23-26
■前方席を選んだのは正解でした。 凝った舞台美術や物語構造は昨年の「針とアヘン」に似ていますが中身はロベール・ルパージュ本人が語る自叙伝です。 887とは彼が子供時代に住んでいたケベック・シティの番地らしい。 そこでのアパートの精密ミニチュアが置いてあり、裏返すとリビングや寝室、ガレージやスナックバーに早変わりします。
ルパージュは詩「白い言語で話せ」の朗読公演を頼まれますが上手く覚えられない。 記憶の問題から両親や兄弟とアパートで生活していた1960年代へと遡っていきます。 父がタクシードライバーだったこと、祖母の認知症のこと、アパート住人たちの生活、そしてケベック独立運動が模型・人形・影絵・映像・音楽を混ぜ合わせながら語られていきます。
例えば小さな模型のタクシーが止まり、中にいる父が煙草に火をつけラジオから流れるナンシー・シナトラの「バンバン」を聞いているのを模型アパート2階から人形ルパージュが眺め、風景全体をルパージュ本人がみつめている・・。 
彼の舞台の凄さは小道具の隅々まで彼の魂が宿っていく、すべてが彼の分身のようになっていくこと。 舞台がリアルを獲得する瞬間です。 まさに魔術師ルパージュと言われる所以です。
ところで成績優秀にも関わらず彼は私立学校入試に落ちてしまう。 理由は父がタクシードライバだからです。 階級問題ではなく学校側は将来授業料が払えなくなると判断した。 たまたま日本の奨学金問題を聞いていたのでこれには考えさせられました。 ルパージュの母は子供達にこのことは父に言うなと口封じをします・・。
*1、「ワルキューレ」(MET指輪4部作2010-12年)
*劇場サイト、http://www.geigeki.jp/performance/theater120/

2016年6月24日金曜日

■あわれ彼女は娼婦

■作:J・フォード,演出:栗山民也,出演:浦井健治,蒼井優
■新国立劇場・中劇場,2016.6.8-26
■舞台には十字路が敷かれている。 だだっ広い劇場を逆手にとった巧い造りです。 道の延長が広さを従わせるから。 でも出会いと別れの意味は無く宗教的象徴のようです。 実はずっと日本の作品だと勘違いしていた。
すべてが途中から始まるようなストーリのため舞台に入っていけません。 たとえば兄ジョヴァンニと妹アナベラの愛、医者リチャーデットの貴族ソランゾへの復讐、ソランゾとローマ戦士グリマルディの対抗心など描き方が粗いためです。 でも2幕初めアナベラとソランゾが仲違いした後からリズムが合ってきました。 熟練演出家の力でしょう。 ソランゾの召使ヴァスケスは演出家のメッセンジャーですね。 そして「あわれ彼女は娼婦・・。」と枢機卿の科白で幕が下りるのは意味深です。
シェイクスピアとは違った面白さがある。 でもキリスト教の強さに戸惑ってしまい焦点が定まりません。 近親相姦のドキドキ感が無い。 多分兄ジョヴァンニの存在感にズレがある為でしょう。 他役者が発している作品に対する統一感から外れている。 ジョヴァンニだけが現代設定なのかもしれない。 娘アナベラの透き通った演技は印象的でしたが心の流れが追えない。 エリザベス朝時代の迷い子のようでした。
*NNTTドラマ2015シーズン作品
*劇場サイト、http://www.nntt.jac.go.jp/play/performance/special/16whore.html

2016年6月18日土曜日

■マノン

■振付:K・マクミラン,音楽:J・マスネ,指揮:M・イエーツ,出演:A・デュポン,R・ボッレ,S・ビュリョン,A・ルナヴァン,B・ペッシュ,K・パケット,監督:C・クラピッシュ
■東宝シネマズ日本橋,2016.6.18-24(パリ・オペラ座ガルニエ宮2015.5.18収録)
■オーレリ・デュポン引退公演なの。 散文のような動きと音楽が共鳴しあって静的なリズムを醸し出している。 ジェスチャも少ないし服を着たり脱いだりする動きもリズムに溶け込んでいる。 言語を通さず身体が直接感情に結び付いているようだわ。 ダンサーたちは官能の稜線をしっかりと歩いていく登山家みたい。
でも言葉無しの2時間半は反復してしまうわね。 決闘後の2幕2場面は省いてもいいかもよ。 これで物語が締まる。
「上手く踊るということはどういうことか?」「誠実でシンプルであること」。 インタビュでのデュポンの答えがそのままマノンに表現されているわね。 兄レスコの強い存在もマノンの行動を客観視することになった。 デュポンが最後に選んだ作品だけに彼女らしい雰囲気のあるマノンが現われていたわ。
*作品サイト、http://www.culture-ville.jp/#!blank-4/tnccr

2016年6月12日日曜日

■アラジン

■振付:D・ヴィントレ,音楽:C・デイヴィス,指揮:P・マーフィ,出演:奥村康祐,米沢唯,NBJ,演奏:東京フィルハーモニ交響楽団
■新国立劇場・オペラパレス,2016.6.11-19
■一幕三場「財宝の洞窟」と二幕二場「宮廷」は見応えがあった。 そしてアラジンとプリンセスのパ・ド・ドゥはどれも素敵だったわ。 とくにリフトは最高よ。 手品をみているようだった。 二人の体格が似ていてシンクロしちゃったのね。
舞台修飾は華やかだけどダンスに影響を及ぼし過ぎている。 洞窟では床への斑照明が強くてキラキラ衣装のダンサーたちの動きをはっきり捕らえることができない。 つまり振付の流れが記憶できないの。 浴場や宮廷場面は全体が明るいのでそれほど気にならなかったけど・・。  二階席以上を考慮するなら全体が暗い時の床照明はシンプルがいいわね。
初めての作品だったけど感動は少ない。 主役二人の心の奥に迫れないストーリーと熊や龍など何でも有りが表面だけの舞台にしている。 子供たちは楽しいかもネ。
*NNTTバレエ2015シーズン作品
*劇場サイト、http://www.nntt.jac.go.jp/ballet/aladdin/

2016年6月9日木曜日

■コペンハーゲン

■作:マイケル・フレイン,演出:小川絵梨子,出演:段田安則,宮沢りえ,浅野和之
■シアタートラム,2016.6.4-7.3
■1941年のコペンハーゲンで、物理学者ヴェルナ・ハイゼンベルクはニルス・ボーアとその妻マルグレーテを訪問します。 舞台ではこの訪問場面が何度も再現され、話は量子力学から核分裂そして原子爆弾製造へと深まっていく。 同時に彼らの家族・同僚・人種そして国家と戦争がこの話にまとわりついていきます。
量子力学がちりばめられているので全体に格調高い科白に聞こえる。 不確定性原理と観測問題を彼らの行動に適用している為です。 二人の不確かな本心の探り合いの繰り返しが芝居の見せ場になります。
マルグレーテの台詞は少ない。 ト書きと二人の会話に突っ込みを時々いれるくらいですが3人いないと均衡がとれません。 いつもと毛色の違う対話劇のためか役者の演技の境界をチラッと見ることができます。
ハイゼンベルクのプルトニウム臨界量計算の誤りは意図的なのか? 結果ナチスの原爆開発は遅れるが、核の脅威がここから始まってしまったことは確かです。 学者の核兵器への苦しみも伝わっては来ますが、この芝居の面白さはループ構造にして二人の悩める心を不確定性に描き出したところにあると思います。
*劇場サイト、https://setagaya-pt.jp/performances/20160604copenhagen.html

2016年6月7日火曜日

■ケムリ少年、挿し絵の怪人

■原作:江戸川乱歩,作・演出:山本タカ,出演:くちびるの会
■吉祥寺シアタ,2016.6.3-7
■江戸川乱歩の作品は舞台に似合います。 手作り感が心地よいからでしょう。 「・・展開の無邪気さ、トリックの荒唐無稽さ、変身する姿のとんでもなさ、すべてが懐かしい・・」と演出家も言っている。 身体と直結する懐かしさが押し寄せてきます。
舞台は昭和時代の商店看板だけで閑散としていますが、名探偵明智小五郎と少年探偵団そして怪人二十面相が登場するので賑やかです。 すこし淡泊で冗長はあるが紅テントの客席に座っている錯覚にときどき陥ります。 唐十郎は近頃ご無沙汰だし今このような舞台を観るとは考えてもいませんでした。 久しぶりの「少年ごころ」に近づけました。
*CoRichサイト、https://stage.corich.jp/stage/73412

2016年6月6日月曜日

■ドン・キホーテ

■監督:熊川哲也,出演:白石あゆ美,伊坂文月,浅野真由香,堀内將平,Kパレエカンパニ
■恵比寿ガーデンシネマ,2016.6.4-17(オーチャードホール2016.3.12収録)
■「楽しんでくれ!」と熊川がインタヴューで叫んでいたが本当に楽しめた。 テンポはいいし振付も面白い。 ダンサーたちも素晴らしい。 舞台は城壁が迫るので集中できる。
残念なのはただ一つ。 カメラワークが酷すぎる。 動いているダンサーをカメラが追い続けるので目が回る。 それをショットの連続でするのでどうしようもない。 しかも1ショット4秒前後で切ってしまっている。 カメラスタッフは舞台が何であるかを知らない。 先日の「NHKバレエの饗宴」でもこの話をしたが今回は最悪であった。
しかしこれを乗り越えて面白い作品に仕上がっていた。 2幕のジプシーや夢の場面も違和感がない。 3幕フィナーレまで一気通貫であった。
*カンパニーサイト、http://www.k-ballet.co.jp/news/view/1607

2016年6月5日日曜日

■2016年METライブビューイング・ベスト3

タンホイザー
蝶々夫人
エレクトラ

*今年のベスト3は上記のとおり。 並びは上映日順、選出範囲は2015 ・16シーズンのトゥーランドットを除いたイル・トロヴァトーレオテロルル真珠採りマノン・レスコーロヴェルト・デヴェリューと上記ベスト3の計9作品。
「2015年ベスト3」

■元禄港歌、千年の恋の森

■作:秋元松代,演出:蜷川幸雄,出演:市川猿之助,宮沢りえ,高橋一生,鈴木杏,市川猿弥,新橋耐子,段田安則
■NHK・Eテレ,2016.6.4(シアターコクーン2016.01収録)
■蜷川幸雄追悼上映を観る。 歌あり踊りあり演奏もあり賑やかな江戸の庶民群像の面白さが舞台に広がっている。
しかし素性の読めない和吉に舞台があっさりと混乱してしまうこと、糸栄と信助の母子としての確信が半端なこと、歌春が万次郎をどれだけ愛していたのか遡及が必要なことなど関係の納得感が未完成にみえる。 演出家蜷川は急いでしまったのか? いやそうではない。 彼は核心部分を少し外して、広く全体の整合性で勝負をしているようにみえる。 
彼の舞台は21世紀になってからは一度も観ていない。 今回映像で15年ぶりに観たが昔と変わっていない。 しかもこの作品は36年ぶりの再演らしい。 彼は今この時期にもういちど商業演劇に進出した頃へ戻りたかったのかもしれない。
*劇場サイト、http://www.bunkamura.co.jp/cocoon/lineup/16_genroku/

2016年6月4日土曜日

■エレクトラ

■作曲:R・シュトラウス,指揮:E=P・サロネン,演出:P・シェロ,出演:N・ステンメ,W・マイヤ,A・ピエチョンカ,E・オーウェンズ
■東劇,2016.6.4-10(MET2016.4.30収録)
■掃除をする箒の音で幕が開くの。 オペラでは考えられない。 歌手も現代劇の俳優のようにみえる。 演技も歌唱も存在感と緊張感が一杯ね。 妹クリソテミスと母クリテムネストラの歌唱は演技に浸み込んでいくようだった。 弟オレストの佇まいには身震いしたわ。 終幕、母を殺したあと姉妹の前をロボットのように歩いていく彼の姿は復讐の女神エリーニュスに追われる未来がありありとみえてくる。
この作品はオペラの一線を越えている。 日本語訳も張りがあるの。 演劇と言ってもいいかもしれない。 演奏からくる演劇性も舞台を盛り上げている。 この面白さは演出家パトリス・シェロー*1の遺産からきているのね。
*1、「苦悩」(2011年)
*METライブビューイング2015作品
*作品サイト、http://www.shochiku.co.jp/met/program/1516/