2017年11月28日火曜日

■め組の喧嘩

■出演:中村勘三郎,中村扇雀,中村橋之助,中村勘九郎,中村萬太郎ほか
■東劇,2017.11.15-(平成中村座,2012.5収録)
■科白量が多いせいか密度の濃い舞台に仕上がっていた。 それも夫婦、親子、親分子分、喧嘩相手など多様な対話劇だから最高だ。 鳶職と相撲力士の対立も珍しい。 役者の身のこなしや喋り方が型にはまっているので観ていても惚れ惚れしてくる。 喧嘩の預かり方、煙草の吸い方、草履の履き方、法被の着方、契りの交わし方、茶代や心付けの出し方、喧嘩前の清め方・・。 全てが新鮮である。
何故こんなことで喧嘩を始めるのか? 帰って調べると江戸時代に実際にあった乱闘事件らしい。 しかし舞台の喧嘩場面は門切り型に見える。 大団円としてまとめた感じだ。 背景を開き東京スカイツリーが遠くに見えるなか現代の神輿が登場するオマケもある。
良質な科白のお蔭で江戸庶民の人間関係が生き生きと見えてくる舞台だった。 もちろん役者たちは申し分ない。
*シネマ歌舞伎第29弾作品
*作品サイト、http://www.shochiku.co.jp/cinemakabuki/lineup/36/

2017年11月27日月曜日

■マルチプレックス沈清

■演出:イ・スンウォン,パンソリ:パク・ソンファン,鼓手:ソ・ヨンソク,舞踊:イ・ドギョン,俳優:ユ・ミギョン,映像:キム・ミヌ,アドバイザー:イ・ジェサン,劇団:イェチョン
■サブテレニアン,2017.11.25-26
■パンソリの素晴らしさを知ったのは映画「西便制」(林權澤監督、1993年作)です。 主人公が旅をしながら歌い踊っていく姿は今でも耳に目に焼き付いている。
本日の作品はマダンの一つ「沈清伝」です。 印糖水の波や物語の解説と俳優の演技が映像で流れ、舞台には歌手と演奏そして巫女の三人が立つ。 古典的マルチプレックスですね。
歌い手と演奏家の調子に合わせる掛け声でリズムに乗ってきます。 歌唱はハングルですが大凡のストーリーが分かるので歌手の声や身振りで情感が伝わって来る。 そして母を失い生贄になりながらも再生した沈清が登場し盲目の父との再会を踊って幕が下ります。
アジアの古典芸能は映画で知ることが多いですね。 パンソリもそうですがインド古典舞踊もサタジット・レイの映画、例えば「音楽ホール」(1958年作)などを見て病みつきになった時期がありました。 今日は久しぶりのパンソリに堪能しました。
*板橋ビューネ2017「生活者の表現を取り戻せ」参加作品
*主催者サイト、https://itabashi-buhne.jimdo.com/archive-1/2017-archive/
*2017.11.29追記。 「花、香る歌」をDVDレンタルする。 想定外の内容でしたが面白く観ることができた。 でも映画としての出来は良くない。
■花、香る歌(2015年作品)
■監督:イ・ジョンピル,出演:スジ,リュ・スンリョン,ソン・セビョク,キム・ナムギル他
*映画comサイト、http://eiga.com/movie/84238/

2017年11月24日金曜日

■椿姫

■原作:アレクサンドル・デュマ・フェス,作曲:ジョゼッペ・ヴェルディ,指揮:リッカルト・フリッツァ,演出:ヴァンサン・ルメール,出演:イリーナ・ルング,アントニオ・ポーリ,ジョヴァンニ・メオーニ他,演奏:東京フィルハーモニー交響楽団
■新国立劇場・オペラパレス,2017.11.16-28
■「乾杯の歌」で歌手も観客も緊張が解けたようね。 それまではヴィオレッタ役イリーナ・ルングがどう出るのか見守っていたからよ。 さすがに彼女は素晴らしい。 でもイタリア語には聞こえない。 彼女の声は取っ付き難く近寄り難いから。 まさに高級娼婦の声ね。 アルフレード役アントニオ・ポーリも同じく地に於いて適役よ。 前回よりも彼の声に伸びが感じられた*1。
鏡の冷たさに反射する舞台が社交界という非日常的な雰囲気をより強くしている*1。 父ジェルモンの2幕と終幕の歌詞歌唱をジックリ聞くことにより当時の社会の営みが見えて来るわね。 3幕になるとルングの声にも慣れてきたせいか死に近づく状況に共感できた。 同時に18世紀のパリを思い描くこともね。
やはりオペラは映画館ではだめね。 劇場空間を伝わって来る生の声には置き換えできない何者かが潜んでいるからよ。
*1、「椿姫」(NNTT,2014シーズン)
*NNTTオペラ2017シーズン作品

2017年11月22日水曜日

■ノルマ

■作曲:V・ベッリーニ,指揮:カルロ・リッツィ,演出:デイヴィッド・マクヴィカー,出演:ソンドラ・ラトヴァノフスキー,ジョイス・ディドナード,ジョセフ・カレーヤ
■新宿ピカデリー,2017.11.18-24(MET,2017.10.7収録)
■舞台は薄暗い灰青色で統一されていて静寂感が漂っている。 歌手たちの動きは少ない。 歌唱に専念できそうね。 1幕途中は淡々と進むから客席から鼾声が聞こえてきたわよ。
でも物語の飛躍が突然にやってくるの。 それはノルマとアダルジーザの場にポッリオーネが突然入ってきて三角関係が明らかになる場面、2幕に入りノルマがローマ軍に戦いを挑むところでポッリオーネが掴まり引き出される場、そしてノルマが「裏切者は自分だ」と宣言する場面。 この非連続とも言える3場面にスタッフ・キャストの賭けというか意気込みが感じられる。 神に繋がる愛にも拘わらず人間愛が微かだけど滲み出ているからよ。
今シーズンのオープニング作品に持ってきた理由が分かる。 歌唱も演奏も美術も全てが一つにまとまっている。 微妙な細部を詰めている。 リッツィも役者顔負けの指揮ね。 脂が乗り切った演出家マクヴィカー渾身の舞台だった。
*METライブビューイング2017作品
*作品サイト、http://www.shochiku.co.jp/met/program/91/

2017年11月21日火曜日

■血と雪  ■カバネガタリ  ■荒漠器-かくも人間的な廃墟-

■神楽坂・セッションハウス,2017.11.18-19
■血と雪
■振付・出演:鯨井謙太郒,定方まこと
■台詞がある。 口上を聞くと明治時代のようだ。 なんと切腹場面から始まる。 言葉で迫ってくるので息を飲む。 「刀を左腹に刺し右へ動かし・・、腸が・・」。 次場面は二人が兵隊の姿で苦渋の顔をしながら歩く。 台詞はない。 そして上半身裸で正対する。 相撲取りのようにみえた。 と、こんな流れだった。
定方の声がいい。 緊張感ある内容だった。 背景がわからないので帰って調べる。 三島由紀夫と関係があるようだ。
■カバネガタリ
■振付・出演:奥山ばらば
■奥山ばらばのソロをみるのは初めてである。 彼は中肉中背の為か地面から離れると日常の肉体に近づいてしまう。 空中では全てを制御できなくなるからである。 足裏を床から離さない動きはとてもいい。 照明も影を付けると存在感が出る。
■荒漠器
■振付・出演:工藤丈輝
■灰塗りで地下世界から出て来たような容姿だ。 頭に巻き付けた包帯を解いていくと白目がギョロッとしていて凄みがある。 工事現場のような音響を聞いていると索漠とした現代社会と対峙している人間の姿にみえる。 
どれも上演時間が30分前後で毛色の違う内容のため断片化された記憶だけが残ってしまった。
*ダンスブリッジBUTOHプロジェクト作品
*劇場サイト、http://www.session-house.net/dancebridge4.html
*「このブログを検索」キーワード、 鯨井謙太郒 奥山ばらば 工藤丈輝

2017年11月20日月曜日

■芝居-PLAY-

■作:サミュエル・ベケット,演出:長堀博士,出演:杉村誠子,吉田奈央宇,大迫健司,劇団:楽園王
■サブテレニアン,2017.11.15-19
■先ずはト書きだけを上演します。 3人の役者が台本を持ちながら担当個所のト書を喋る。 役者への開始指示と簡単な状況、スポットライトの動きが主な内容です。 ト書き以外の個所は「・・セリフ」としか言わない。 結構なト書き量です。
一通り終わると次はセリフ部分だけを上演します。 消灯され真っ暗な場内になる。 役者は歩き回り控室や観客席の後ろで喋ったりする。 耳に空間的な目眩を覚えます。 光が無いので台詞を噛み締めてしまう。 言葉がクッキリと浮かんできます。 そして終幕、照明が灯き窮屈な壺の中にいる動きをしながら残りの台詞を喋って幕が下りる。
舞台は巧くまとまっていました。 面白い構成ですね。 作品を因数分解したような舞台でした。 役者が戯曲を因数分解した後に観客が展開し直して作品を組み立てる。 作品イメージが元戯曲からズレてしまう。 この差異でいろいろなことを考えてしまう。
前回観た「お國と五平」も役者と科白が一対一になっていなかった。 どちらも戯曲と舞台が多対多になり作品をあらゆる方向から演じ観ることができる。 いやー、マイリマシタ。
*板橋ビューネ2017「生活者の表現を取り戻せ」参加作品
*主催者サイト、https://itabashi-buhne.jimdo.com/
*「このブログを検索」キーワード、 長堀博士

2017年11月17日金曜日

■出てこようとしてるトロンプルイユ

■作・演出:上田誠,出演:ヨーロッパ企画ほか
■神奈川芸術劇場・大スタジオ,2017.11.16-19
■トロンプルイユとは騙し絵のことらしい。 トリックアートですね。 画家の強い思いで描いたものが現実世界へ飛び出てしまう話です。 もちろん観客もそれを待ち望んでいる。
描いた怪獣が出てくる場面を何度もループさせるという演出家得意の構造で迫ってきます。 そのループ=反復は少しずつ変化していく。 しかも過去に描いた絵が現在を言い当てる可逆帰納法も取り入れている。 この反復構造と可逆構造で面白可笑しく舞台を進めています。
でもこの流れを保つ為に訳のわからない異次元人物を登場させ舞台を滅茶滅茶にさせてしまった。 サルバドール・ダリを出したからには最後まで画家でまとめないと作品に統一感がでない。 たとえば「芸術は爆発だ!」「なんだ、これは!」の岡本太郎のような人物を登場させたらどうでしょうか? そして反復構造は特有の飽きが来るので出口で反復を蘇生させるオチが必要でしょう。 これも不発に感じました。 以上二つを直せばグッと良くなる。
世界を形作る関係を構造として把握・表現していましたが、演出家はこれを「企画性コメディ」としてまとめているらしい。 絵画の次元構造をこの線に沿って取り上げたのは成功でしたね。
*ヨーロッパ企画第36回公演
*劇場サイト、http://www.kaat.jp/d/detekoyou_t

2017年11月13日月曜日

■MR.GAGA ミスター・ガガ

■監督:トメル・ハイマン,出演:オハッド・ナハリン,マーサ・グラハム,モーリス・ベジャール,ナタリー・ポートマン,マリ・カジワラ
■イメージフォーラム,201710.14-(イスラエル,2015年作品)
■振付家オハッド・ナハリンの履歴ドキュメンタリーです。 彼はイスラエルのバットシェバ舞踊団の芸術監督を務めている。 題名のGAGAというメソッドは初めて聞きます。 GAGAとはどういうものか? 早速渋谷へ行き見てきました。
彼が身体を壊した時にGAGAを編み出したらしい。 でもよく分からない。 「声に出し身体を解放する」「鼓動を感じる」「からだの声に耳を傾け限界を越える」「呼応が大事」・・。 心身の調和を目指しているようですがなんとも言えません。
それよりも彼が子供時代にギブツを体験したことに答えが見つかりそうです。 彼の生い立ちの合間に作品の一部が映し出される。 振付思想が集団生活としてのギブツに行き着くように思えてなりません。 そこにイスラエルの国家状況が加わる。 彼は第四次中東戦争にも出兵している。 この二つの具体を煮詰め振付にしている。
しかし彼は今この二つから離れたい。 欲しかった子供が生まれたこともある。 GAGAに精神性を感じるのはこの距離からくるのかもしれない。 埼玉芸術劇場での先月上演「LAST WORK」は見逃してしまいましたね。 この映画をもっと早く観ていれば劇場に向かったでしょう。
*作品サイト、http://mrgaga-movie.com/

2017年11月12日日曜日

■ホリデイ・イン

■作詞・音楽:アーヴィング・バーリン,演出:ゴードン・グリンバーグ,振付:デニス・ジョーンズ,出演:ブライス・ピンカム,コービン・ブルー,ローラ・リー・ゲイヤー,ミーガン・ローレンス
■東劇,2017.11.10-14(ニューヨークStudio54,2016.10収録)
■息つく暇が無いくらい楽しい舞台だった。 でも隙間の無い流れが道草をさせてくれないからノッペラボウのような楽しさになってしまうわね。 歌と踊りのベクトルが強いブロードウェイ・ミュージカルらしさが出ている。
劇場は小さいようだけどニューヨークにはこの手の所が多いのよ。 演奏は工夫がいるわね。 独立記念日の場面で気が付いたけど祝日がキーワードになっているとは知らなかった。 「ホワイト・クリスマス」を含め一年の行事を入れることにより国民から支持され続けている作品にみえる。 背景のダンサーズは素晴らしかったわ。 リンダの踊りがイマイチだったけど文句なしの舞台だった。
*映画COMサイト、http://eiga.com/movie/87463/photo/

2017年11月11日土曜日

■一人の男と二人の主人

■作:リチャード・ビーン,演出:ニコラス・ハイトナー,出演:ジェームス・コーデン,トム・エデン
■TOHOシネマズ日本橋,2017.11.10-16(NT,2011年収録)
■ゴルドーニを意識しているが身体的躍動感はミラノ・ピッコロ座とは違う。 召使が三大疾病に繋がる身体を演じるからだろう。 召使フランシス役のコーデンはこれで主演男優賞を取っている。 主人役であるギャングのロスコーはその妹が変装して女優が演じ、もう一人の主人の犯罪者スタンリーはバスター・キートン風表情が楽しい。
舞台は1960年代の空気で満ちている。 それにしても観客(映画内の)がこんなにもゲラゲラ笑う舞台は近頃観たことが無い。 でも日本の喜劇をみて笑うようにはいかない。 言葉の背後にあるナマの生活が見えないので科白がときどき宙に浮いてしまうからだ。 全寮制高校の話、ブライトンやオーストラリアの位置付け、料理名からくる味覚や記憶、リンゴ・スターの評価などなど英国人との笑いの違いには考えてしまう。 また随所に演奏と歌が入るがメロディーと歌詞が60年代を重ねて来る。 このような作品をナショナル・シアターが作ってしまうところにイギリスの古さと強さが見える。
*NTLナショナル・シアター・ライヴ作品
*映画COMサイト、https://eiga.com/movie/86634/

2017年11月8日水曜日

■四谷怪談

■原作:鶴屋南北,演出:串田和美,出演:中村獅童,中村勘九郎,中村七之助
■東劇,2017.9.30-(シアターコクーン,2016.6収録)
■予告編のような映像編集だったけど舞台を観てみたいと言わせる内容だった。 でも2時間もの予告編は長過ぎる!? 再演があれば即劇場に飛んでいきたい。  
お岩の醜い顔をみても周囲の人々はその本質を恐れず、あの世も現世のすぐ隣に広がっていることを当たり前のようにして生きていく人々の描き方がとても面白い。 そして背後に忠臣蔵を感じさせるのもストーリーを厚くしている。      
時代を越えた群衆をみて蜷川幸雄の演出かと勘違いしてしまった。 でも串田和美なの。 生を観ないとなんとも言えないけど、彼の演出作品でもベストの一つに入るんじゃないかしら?
中村獅童は眠狂四郎をより五月蠅いニヒルにしたような感じで素敵よ。 中村勘九郎は父勘三郎を武骨にしたみたいだけど気を抜いた時の一瞬の動きが似ている。 何はともあれ舞台を観ないとこれ以上書けない。
*シネマ歌舞伎第28弾作品
*作品サイト、http://www.shochiku.co.jp/cinemakabuki/lineup/35/

2017年11月6日月曜日

■オセロー

■原作:W・シェイクスピア,演出:イヴォ・ヴァン・ホーヴェ,出演:トネールグループ・アムステルダム
■東京芸術劇場・プレイハウス,2017.11.3-5
■老若男女が散けている客席は珍しい。 東京初上陸のホーヴェ・オセロにF/Tと東京芸術祭が重なった為かな? ・・理由にならない?
青いカーテンを取り払い劇場の壁を見せ、四方ガラスの寝室での同時進行や、軍服姿の役者たちが駆け巡る姿が、広い裸の舞台を巧く使いこなしている。 オランダ語らしい。 字幕を読みながら時々役者に目が行く動きになってしまう。
軍服調のせいもあるが役者たちは骨太で粗さがある。 しかし肝心のオセロの嫉妬が役者身体に浸み込まず科白上に塗られていくだけにみえてしまった。 字幕も微妙に影響しているようだ。 しかも嫉妬が確信に変わる前後と妻デズデモーナを殺す場面で何かが抜け落ちてしまっている。 これでオセロのひび割れていく心情がビシリと伝わってこない。
ガラス部屋での殺害場面は迫力があった。 視野も狭まり集中できる。 東欧とその周辺国はガラスで仕切る舞台が流行っているらしい。 この数年はよく出会う。 劇中劇とは違った舞台中舞台の面白さがあった。
オセロが我に返り絞り出す言葉は「・・国家より大切な個人の宝を失ってしまった」。 差別意識を描いているとチラシに書いてあったが、差別からの憎悲を嫉妬が越えてしまった。 恐ろしや!しっと・・。
*劇場サイト、http://www.geigeki.jp/performance/theater150/

2017年11月4日土曜日

■表に出ろいっ! One Green Bottle

■作・演出:野田秀樹,演奏:田中傳左衛門,出演:キャサリン・ハンター,グリン・プリチャード,野田秀樹
■東京芸術劇場・シアターイースト,2017.11.1-11.19
■何だこれは!?と観ていましたが、そのうちジワッと感覚的な楽しさが押し寄せて来ます。 それは遠い赤塚不二夫から始まったギャグ漫画が持つ弾けるような体感に似ています。 なぜ赤塚不二夫まで遡ったか? それは母親の衣装、特に髪型からです。 卓袱台での食事風景は当にバカボン一家でしょう。
鼓や太鼓の囃子演奏と仕手方能役者らしい父親の上手なのか下手なのか分からないような舞、部屋を仕切る意匠の濃い暖簾、伝統工芸を思い出させる金銀梨地面の壁や床、しかも父役が女優で母と娘が男優、愛犬の出産が原因で家族が災難に遭うストーリー・・。 皮膚がピリピリしてきますね。 災難が続く場面のノイズ映像も嵌っていました。
英語バージョンの為イヤホンが配られました。 でも「半神」の時のように最後迄リズムに乗れない。 日本語吹替担当大竹しのぶと阿部サダヲは野田リズムを助長するから尚更です。 野田演出の翻訳方法はいつも気になる。 家族同士さえも不寛容になってしまうストーリーでしたが終幕に訪ねて来たのは誰なのでしょうか? 現代風俗から古典芸能までを一緒くたにして漫画的に仕立てた装飾演劇と名付けてもよい舞台でした。
*劇場サイト、https://www.geigeki.jp/performance/theater143/

2017年11月1日水曜日

■ブランキ殺し、上海の春

■作:佐藤信,演出:西沢栄治,プロデューサー:流山児祥,音楽:諏訪創,振付:スズキ拓朗,出演:流山児★事務所ほか
■ザスズナリ,2017.10.28-11.5
■幕が開いて1分もしないうちに耳がキンキンしだした。 舞台は三面が壁なので音響焦点が合ってしまったのだろうか? この劇場で科白がこんなにも甲高く響くのは初めてである。
歌唱が入るのでマイクとスピーカがたぶん原因だろう。 床に近いところで喋ると問題が無い。 また日常会話レベルの音量なら普通に聞こえる。 しかし革命劇のため叫ぶ場面が9割もあるからどうしようもない。 役者の声は舞台作品ではとても重要である。 他の観客をみると問題なさそうである(?)。 私の耳がおかしいのか?
技術的問題ではないがもう一つある。 役者の舞台滞在時間が短すぎることである。 舞台に登場し演技をして退場する迄のサイクルが短い。 これが積み重なるとストーリが細切れになりテレビのバレエティ番組を見ている感じになってしまうのだ。
以上の二つで舞台から取り残されてしまい革命どころではなかった。
*Confettiサイト、https://www.confetti-web.com/detail.php?tid=41739
*「このブログを検索」キーワード、 流山児祥