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■ザ・ビートルズGetBack、ルーフトップ・コンサート

■監督:ピーター・ジャクソン,出演:ジョン・レノン,ポール・マッカートニー,ジョージ・ハリスン,リンゴ・スター他 ■TOHOシネマズ日比谷,2022.2.25-(アメリカ,2022年作) ■「ザ・ビートルズGetBack」(約6時間)の中からロンドンのアップル社サビル・ロウ本社屋上での「ルーフトップ・コンサート」を抜き出して1時間に再編集した作品と聞いている。 1956年からのビートルズの歩みをざっとお浚いし、1969年1月30日に行われた40分の屋上コンサートを映し出す。 8曲前後を歌ったかな? 「ゲット・バック」、「ドント・レット・ミー・ダウン」「アイヴ・ガッタ・フィーリング」「ワン・アフター・909」「ディグ・ア・ポニー」・・。 途中に2度3度と同じ曲を歌っている。 このコンサート録音からアルバム「レット・イット・ビー」を作成したようだ。 それにしても酷い映像編集だ。 騒音のため警察が止めに入る場面を何回も映し出す。 ここは一度で十分だろう。 周辺群衆へのインタビューもつまらない質問が多い。 コンサートの雰囲気が萎んでしまった。 警察に解散させられた後、当ビル地下スタジオに場所を移し残曲を録音するのだがこれも中途半端だ、クレジットタイトルも入り強く言えないが。 編集方針を変えてもう一本作ったらどうだろうか?  *映画com、 https://eiga.com/movie/96546/

■能楽堂二月「佐渡狐」「花月」

*国立能楽堂二月企画公演の下記□2作品を観る。 □狂言・佐渡狐■出演:山本則重,山本東次郎,山本則秀 □能・花月■出演:長島茂,則久英志,山本則孝ほか ■国立能楽堂,2022.2.23 ■大蔵流狂言師山本東次郎のプレトークで始まる。 父である三世東次郎の話、墓前の決意、空襲下の稽古、舞台での心得などなどを面白く聞かせてもらった。 トーク後の「佐渡狐」で佐渡の百姓を演じる。 「花月」は父子の再会物語である。 「小歌、曲舞、鞨鼓など室町時代の遊興がテンポよく構成されており・・」、しかも淡々とした流れで気持ちが良い。 再会も淡白である。 喝食姿の花月の存在感も緩まなかった。 もう少し若さを出してもよい。     二月プログラムに岡本章の文章が載っていた。 昨年観た「 盲人達 」の話だ。 「・・能楽師櫻間金記氏に能の居グセ演技<せぬ隙>のさらなる挑戦をしてもらった」とある。 老神父を思い出した。 この舞台は照明が暗すぎて効果が薄れてしまったように覚えている。 この演技は能や舞踏はもちろん現代演劇にも欠かせない。 <せぬ隙>の圧倒的存在美を舞台で楽しむことができれば最高だろう。 *劇場、 https://www.ntj.jac.go.jp/schedule/nou/2021/2137.html?lan=j

■音楽舞踊劇IZUMI

■演出・振付・出演:平山素子,三味線:本條秀慈郎,アイヌ・ウボボ:床絵美,サウンドスケープ:スカンク ■シアタートラム,2022.2.17-20 ■平山素子のダンスに三味線の本條秀慈郎とアイヌの唄ウポポの床絵美が共演。 物語は「鷹の井戸」に着想を得ているらしい。 これにサウンドスケープが時々入る。 「鷹の井戸」を意識していたが途中から止めた。 拘ると意味を追ってしまう。 サウンドスケープと同じに背景として感じればよい。 ・・ダンスと三味線とウポポを直截に受け入れたら気が楽になった。 ダンスはいつもとは違う。 相撲力士が腰を落としたり両腕を横に広げるような振付もあり力強い。 巫女が祈祷踊りをしているようにもみえる。 彼女は鷹か? オノマトペのような発声でリズムを取り合う場面もある。 ダンス、音楽、歌唱がどれも突出しないで上手くまとまっていく感じだ。 同期していくのがわかる。 三味線にダンス、ウポポにダンスに最初は違和感があったが終幕近くには解消されていた。 でも「鷹の井戸」に(観客が)馴染んでいないと劇が立ち現れてこないかもしれない。 *劇場、 https://setagaya-pt.jp/performances/202202hirayamamotoko.html

■エウリディーチェ Eurydice

■作曲:マシュー・オーコイン,指揮:ヤニック・ネゼ=セガン,演出:メアリー・ジマーマン,出演:エリン・モーリー,ジョシュア・ホプキンス,ヤクブ・ヨゼフ・オルリンスキ他 ■新宿ピカデリー,2022.2.18-24(メトロポリタン歌劇場,2021.12.4収録) ■「オルフェオとエウリディーチェ」の妻にフォーカスをあてた作品らしい。 それは別の角度から<冥府下り>を見たらどうなるか?ということね。 これは必見! ということで早速映画館へ足を運んだの。 ・・結論を先に言うと、物語はイマイチだけど歌詞・歌唱・音楽・美術は文句なしにオモシロイ。 それは、物語にエウリディーチェの父を登場させたから。 ギリシャ神話の親子関係には鋭さがある。 でも舞台上の父娘は日常の延長を演じてしまった。 ここにオルフェオとの三角関係も入り夫婦の愛がボヤケてしまった。 台本担当S・ルールが自身の父娘関係を論じていたのでこのストーリーになったのね。 しかも終幕にオルフェオも冥界に降りてきたので混乱したわよ。 しかし、歌詞・歌唱は日常の語彙とリズムを持っているが散文詩のように耳に届くの。 これに寄り添いそして急がせる演奏も何とも気持ちがいい。 「演出に合わせて作曲した」とM・オーコインが話していたがこの方法が成功したのね。 そしてオルフェオはバリトンとカウンターテナの二人一役にして吟遊詩人を、ハデスは高音域テノールで冥界の王になりきっていたのが楽しい。 舞台美術はシンプルだが物語の核心を突いていた。 忘却の川であるレーテをシャワー室にしたのも巧い。 歌詞字幕を舞台上に修飾表現をして、冥界とこの世の遣取を手紙にしての言葉重視は音楽との愛想が良かった。 でもカーテンコールの拍手が弱かったのは物語の消化不良で観客の感情が高ぶらなかったから?・・ *MET2021シーズン作品 *MET、 https://www.shochiku.co.jp/met/program/3768/

■フィガロの結婚

■作曲:W・A・モーツァルト,演出:宮本亜門,指揮:川瀬賢太郎,出演:与那城敬,高橋絵理,種谷典子,近藤圭,郷家暁子ほか,演奏:新日本フィルハーモニー交響楽団,合唱:二期会合唱団 ■東京文化会館・大ホール,2022.2.9-13 ■中止になった「 影のない女 」の代替公演が今日の舞台。 宮本亜門演出は観ていなかったので振替手続きをしたの。 客の入りは8割以上かしら? 正方形の大枠で形作ったシンプルな舞台構成は演出家の意見も取り入れたようにみえる。 床は道具類が少なくて歌手に負担をかけない。 大枠が移動したり連なる鳥居のように変形していくのはお見事。 日常の行動を次から次へと目まぐるしく展開していくオペラも珍しい。 その内訳は恋愛の駆け引きでいっぱい。 モーツァルトの頭脳の回転速度がそのまま伝わって来るということね。 毛並の良さが揃った歌手たちもこの流れに遅れることが無い。 観て良し聴いて良しの舞台だった。 2月に入って3本目のオペラ観賞だけど、この劇場は人間世界から声が届くように聴こえる。 新国立劇場の異世界から声が届くのとは違うわね。 このため新国立劇場は非日常を描くオペラが似合う。 フィガロはもちろん東京文化会館が合うと思う。 いろいろな劇場が揃っている、これが舞台ファンからの条件かな? *二期会、 http://www.nikikai.net/lineup/figaro2022/index.html

■マーキュリー・ファー MERCURY FUR

■作:フィリップ・リドリー,演出:白井晃,翻訳:小宮山智津子,出演:吉沢亮,北村匠海,加藤将樹ほか ■世田谷パブリックシアター,2022.1.28-2.16 ■「2015年日本初演の衝撃が再び!」とチラシにある。 多くの謎と溢れる血で 衝撃を受けたことを未だ覚えている 。 ということで、再び観ることにしました。 麻薬と暴力、残酷へ進む性的倒錯、そして戦争へ。 初演から7年たっても衝撃力がありますね。 幻覚に侵された身体からみえる世界を描いている。 そこに登場人物が好んで語る過去がその世界を重層化していく。 狂気の精神と血塗られた肉体の対比が鮮やかです。 しかし今日の舞台をみて多くの謎は消えてしまっていた。 狂気も世界の一つとして納得してしまった為です。 観客の私がこの7年で変ったから?それとも世界が狂気に近づいたから? ところで客席の殆んどが若い女性とは驚きでした。 贔屓筋でしょうか? *劇場、 https://setagaya-pt.jp/performances/202201mercuryfur.html *追記・・プログラムを開くと演出家が愛について語っていた。 そういえば激しい状況下で、 それを促す台詞が散りばめられていました。 しかし硬い言葉の交換が多く、愛というより家族の絆を求めるようなものにみえた。 今再び6人の関係を辿ると(広義の)愛が光り出し作品に深みを与えていたのを確かに感じます。

■愛の妙薬

■作曲:G・ドニゼッティ,指揮:G・デスピノーサ.演出:C・リエヴィ,美術:L・ペーレゴ,出演:砂川涼子,中井亮一,大西宇宙ほか,演奏:東京交響楽団 ■新国立劇場・オペラパレス,2022.2.7-13 ■先ずは目に入った緞帳デザインが前回舞台を思い出させてくれた。 この作品も同じ演出が長いということね。 コロナ禍が続くと演出更新は当分お預けかな? 今回も「さまよえるオランダ人」と同じ状況になり入国制限で指揮者と歌手が変更になってしまった。 凡庸な三角関係を物語にしたこの作品が何故こんなにも面白いのか? 「好きだ」「好きかな?」「結婚したい」「結婚できるかな?」、「結婚しよう」、これしか言っていない。 三角関係は多くの人が経験しているはず。 自身の記憶や思い出などを重ね合わせて観るから味がでるの。 ・・娘アディーナとネモリーノはお互い好きなのに彼女はベルコーレにも接近してしまう。 終幕、ネモリーノからの愛の言葉に彼女はやっと決心する・・。 この作品は振付(仕草)も大事ね。 それは心理描写が単相だから。 軍曹や偽医者は過去(経歴)を持っているから仕草が上手い。 でもアディーナとネモリーノは何者なの? 二人は歌唱のみで勝負するの? 巧い仕草は物語が活きてくるが、でも脇道かもしれない。 そしてアディーナはソロはともかくデュオ以上は太い歌唱でいきたい、ここの広い劇場では埋もれてしまう。 ところで合唱団は近ごろ集中力が感じられる。 胸に迫ってくるわよ。 *NNTTオペラ2021シーズン作品 *劇場、 https://www.nntt.jac.go.jp/enjoy/record/detail/37_022175.html *追記・・プログラム掲載の「作品ノート」(香原斗志著)は面白く読ませてもらった。

■観世会2月「二人静」「土筆」「野守」

*観世会定期能2月公演の下記□4作品を観る。 □能・二人静■出演:寺井栄,武田宗典,工藤和哉ほか □狂言・土筆■出演:山本泰太郎,山本則孝 □仕舞・弓八幡,笹之段,須磨源氏■出演:津田和忠,観世清和,関根知孝ほか □能・野守■坂井音隆,殿田謙吉,山本凛太郎ほか ■観世能楽堂,2022.2.6 ■はじめの「二人静」から心地よい気分に入っていけない。 音響のせいかもしれない。 前方の席位置が悪かったかな? 大鼓が始終、序の舞では笛が増幅されている感じだ。 囃子が謡や舞を除けているようになる。 囃子のない狂言では声が強すぎる。 音が逃げないで籠もってしまうためかな? 「野守」は激しい表現があるため打ち消していたが。 場内は正面席が厚くて脇正面が薄い。 つまり長方形空間のため一方の距離が短く、しかも壁板の1枚1枚が下に傾いていて客席に音が集中するようになっている。 音の逃げ場が無い? などなど幾つかの要因が考えられる。 声や音が<やってこない>そして<去っていかない>のだ。 「・・やってきて、去っていく」のは演者だけではなく声や音の条件と言える。 そして長方形より正方形空間が落ち着ける音響になる。 ここはエンタメ(=実用)を意識して設計された能楽堂にみえる。 今回は能を観る喜びがやってこなかった。 次回は席を後方に変えようとおもう。 *劇場、 https://kanze.net/publics/index/539/

■さまよえるオランダ人

■作曲:R・ワーグナー,指揮:ガエタノ・デスピノーサ,演出:M・V・シュテークマン,出演:河野鉄平,田崎尚美,妻屋秀和ほか,演奏:東京交響楽団 ■新国立劇場・オペラパレス,2022.1.26-2.6 ■序曲を聴くと身震いがしてくる。 しかも展開が劇的でそのまま終幕まで釘付けになってしまった。 過去公演と同じ演出家だが何度観ても飽きないわね。 コロナ禍で指揮者や歌手が来日できず日本人歌手以外は総入れ替えになってしまった。 しかも当日、マリー役も急遽交代になり二人一役(歌唱と演技を別々に受け持つこと)にして乗り切ったの。 でも心配は無用だった。 オランダ人もゼンダそしてエリックも心力が籠もった歌唱で見事に役をこなしていた。 この状況下で歌手との一体感をより求めた為か演奏はとても分かりやすかった。 それが劇場空間の広さを感じさせない音質を作り出したとおもう。 ところでゼンダがオランダ人と初めて対面する場面で喜びの表情を浮かべていたが頂けない。 ここは喜怒哀楽を越えた表情にしてほしい。 演出家ノートを後日読むと「・・神話的人物像を・・人間の側へと引っ張りたい」。 つまり演出だったと言うことね。 なるほど。 そして今年初めてのワーグナーを観てやっと調子がでてきたかな? うん。 *NNTTオペラ2021シーズン作品 *劇場、 https://www.nntt.jac.go.jp/enjoy/record/detail/37_022098.html *「ブログ検索」に入れる語句は、シュテークマン  ・・ 検索結果は3舞台

■夜叉ヶ池

■作:泉鏡花,演出:宮城聰,音楽:棚川寛子,美術:深沢襟,衣装:竹田徹,出演:永井健二,布施安寿香,奥野晃士ほか,劇団:SPAC ■静岡芸術劇場,2022.1.22-3.5 ■美術や衣装が凝っていますね。 役者たちのマスクもです。 異界の白雪姫と家来の鯉・蟹・鯰の演技が派手で楽し過ぎる。 このため晃・百合夫婦を含めた村人たちの物語が異界から離れてしまった。 彼岸と此岸の境界を彷徨う面白さが薄くなったのは免れないでしょう。 そして地上では、晃と百合の死に向かう姿を強調していましたね。 動かぬ二人の白装束姿はロミオとジュリエットです。 その要因となった村人の行動や掟は現代共同体をも通底している。 「ときは現代」の字幕に作品の意図が感じられる。 鏡花を現代に如何に取り込んで表現するのか? 中高生鑑賞事業作品らしい作り方です。 ところで鏡花を打楽器だけで表現するのは難しい。 今回はメリハリを出して物語を巧く引き立てていました。 鏡花的感動は少ないが充実した舞台でした。 総合芸術としての満足感がありました。 *SPAC2021秋春シーズン作品 *CoRich、 https://stage.corich.jp/stage/116345