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■ロンドンオリンピック開会式

■監督:ダニー・ボイル ■ロンドンオリンピック競技場,2012.7.28 ■さすが34億円の舞台には圧倒される。 出演者は2万人にスタッフ2千人。 生中継は10億人、録画を含めて40億人が観るとのこと。 緑の田園風景から煙突の産業革命への場面転換が一番印象に残った。 そして社会保障政策の具現であるGOSH(子供病院)、NHS(国民保険サービス)を持ってきたのは19世紀からのイギリス資本主義を正当化するには必須の流れね。 しかもケネス・ブラナーの技術者ブルネルからアリス、ハリー・ポッター、メリー・ポピンズのファンタジーをも絡めてくるから世界の若者にもこの流れは理解できるはず。 前回の北京開会式の社会主義的マスゲームから逃げたかったのよ。 選手入場前のダンスはアクラム・カーンの振付だけど会場が広いからイマイチというところね。 それよりロックが幅をきかしていたのはしょうがない。 アークティック・モンキーズなんてバンドは知らないわ。 締めがポール・マッカトニーはわかる。 *主催者サイト、 http://www.london2012.com/

■千に砕け散る空の星

■作:D・エルドリッジ,R・ホルマン,S・スティーヴンス,演出:上村聡史 ■シアタートラム,2012.7.19-30 ■先日観た「 燕のいる駅 」とストーリーが似ている。 終末が近づくなか・・、いつまで経っても舞台に集中できない。 中休みに帰ろうかとおもった。 しかしSFは何が起こるのかわからない。 最後まで居たが結局はつまらないの一言である。 このような時にこのような家族が集まること自体が欺瞞にみえてしまう。 家族の愛や憎しみは表面を滑るだけだ。 ゲイの告白で終わりではない。 ここから始まるのだ。 心の深い闇を開くのにこの芝居は努力をしていない。 しかし本当につまらない理由は別にある。 なぜ舞台の役者たちがつまらないのか。 それは役者の身体が伝わってこないからである。 芝居の面白さとは何か?を身体から追求していないからだ。 終幕、チーズを食べる場面で役者は舞台に星のように散らばっている。 終末が近づいているのはわかるがしかし、突っ立ているだけにしかみえない。 これではロマンスもなにも生まれない。 *劇場、 https://setagaya-pt.jp/theater_info/2012/07/post_283.html

■職業◎寺山修司

■演出:鹿島将介,出演:重力/NOTE ■STスポット,2012.7.20-23 ■狭い舞台に7人もの役者が登場します。 でも台詞や動きは分担され、役者の多くは前にかがんでいるので混んでいるようにみえません。 マイクを持って時々喋ったり観客と視線を合わせるので前席の観客は騒々しかったはずです。 原作から寄せ集めた?台詞はとても練れています。 役者の発声も切れがあり、視線を観客に向けるのでついつい物語に引きこまれます。 舞台全体の印象はチェルフイッチュを硬くしたようです。 トイレで彼女を待っていた話、キャッチボールの話、覗き見や入院などなど寺山修司に関する話が続きます。 寺山修司の先入観濃度の差でずいぶん変わる芝居でしたが、観終わった時寺山というよりその時代の風景を語っているような記憶が残りました。 この劇団は型を重視しているようにみえます。 セリフの喋り方、眼差しを含め動作などにある硬さが感じられるのはここから来ているのでしょう。 いろいろな試行錯誤をしているようにみえます。 これらが実ればより劇的な舞台が現前するはずです。 追記、今思い出しましたが俳優の涙の話もオナニーとの比較で面白かったですね。 それと照明担当?の片目黒眼帯も。 *劇場サイト、 http://stspot.jp/schedule/?p=1645

■ピーターラビットと仲間たち

■監督:レジナルド・ミルズ、振付:フレデリック・アシュトン、出演:英国ロイヤル・バレエ団 ■東京都写真美術館、2012.7.14-8.3 ■ http://syabi.com/upload/5/1701/peter.pdf ■動物のぬいぐるみがよくできているわ。 膝より下を除き本物のようだから子供たちは喜ぶはず。 しかも科白がないから長持ちする作品ね。 スタジオ撮影の合間に田園風景の場面もあって落ち着くわ。 ピアトリクスが描いた動物が動きまわる設定だけどそれは最初だけ。 でも前場面でハリネズミがみる壁にかけてある少女の絵がビアトリクスだからどちらが先だかわからない。 振付は動物らしさと人間らしさの中間をいく古典的な動きね。 でもアクセントとしてベッドや食器、食事場面などを子供の激しさで扱っているから強弱のリズムがでていて面白いの。 40年前の作品だけど丁寧に作られているから新鮮さがあるのね。

■死ぬための友達

■作・演出:はせひろいち、出演:劇団ジャブジャブサーキット ■ザスズナリ、2012.7.13-16 ■ http://stage.corich.jp/img_stage/l/stage28595_1.jpg?1408776891 ■役者の喋り方がほんの少し遅い感じがする。 それは書き言葉を読んでいるように聞こえる。 台詞がもう少しで日常と同じになってしまうところでどうにか留まっている感がある。 しかし前回作品(*1)の無重力感が無い。 理由は前回より雑に作っているからである。 ストーリに無理がある。 酒を飲む場面もやたら多い。 日本酒、ウィスキー、ワイン。 不純物が入り過ぎるため流れが見えない。 つまらない小説を読んでいるような芝居であった。 この劇団は芝居の面白さを知っている。 しかし方法論が雑な為その方向へ集約していかない。 特に今回は足踏みをしている感じだ。 *1.「無重力チルドレン」 http://twsgny.blogspot.jp/2011/08/blog-post_3.html

■ガリレイの生涯

■作:B・ブレヒト,演出:森新太郎,出演:演劇集団円 ■シアタートラム,2012.7.6-15 ■剥げ落ちた汚らしい灰色の壁がとてもいいわ。 がらんどうでブレヒトの舞台にピッタリね。 ところでガリレイの科白で理性や真理の言葉が多過ぎなかった? 少し耳障りだったわ。 なぜキリスト教から西洋科学が発生したのか? それは「預言者の言葉の絶対的な性能を研ぎすませたから」。 先日読んだ「ふしぎなキリスト教」よ。 舞台のガリレイは言葉が偏りすぎているわ。 だから神学者や元老院との口論に勝てない。 しかもガリレイは舞踏会に仮面を持ってこないの。 最低だわ。 葡萄酒やチーズが好きだったのが唯一救える所ね。 元老院はこの二つはよくみているものよ。 最初からガリレイは首根っこを掴まれているのがわかる。 終幕アンドレが訪ねてきた場面は今までのガリレイとは違う。 チラシに「広島原爆投下で急遽改筆」とあるけど変更はこの部分じゃないのかしら? でもブレヒトはガリレイこそキリスト教の新しい神学者だったのを知っていたはずだけど・・ *劇場サイト、 https://setagaya-pt.jp/theater_info/2012/07/post_285.html

■DANCE SHOW CASE

■振付:幸内未帆,二見一幸 ■DANCE BRICK BOX,2012.6.30-7.8 ■藤田恭子振付が中止になって残念だわ。 これで二見一幸に負荷がかかったのかしら。 いつもの振付が光っていなかったわよ。 「月を背にして・・」は若さがあってよかった。 でも他の作品は全体に生気がない。 幸内未帆の「芝生の上・・」は二人のダンサーの顔の表情や視線がとても神妙で観ていても心が緩む。 でも意味の病にかかりそうな振付ね。 もっとおおらかに踊ってほしい。 Bプログラムは観なかったけど両方に足を運ぶ必要があったようね。 *劇団サイト、 http://kaleidoscope.world.coocan.jp/sub4.html

■朝がある

■作・演出:柴幸男,劇団:ままごと ■三鷹市芸術文化センター・星のホール,2012.6.29-7.8 ■舞台は女生徒の朝の生活をフーガのように語っていきます。 「わが星」の続編ですね。 でも複数の語りから一つの語りに芝居を変化させています。 一人芝居ですから。 セリフに数値が多いのですが、これを聞くと舞台は見ていても頭の中はその値の広さや大きさを考えてしまいます。 この感覚を持って目の前の舞台をみると新しい世界が見えてくるのです。 数値のセリフってとても威力がありますね。 ところで「わが星」では複数の身体から発するリズムや共鳴がありました。 引換に一人芝居は言葉が前面に出てより澄んだ詩の世界に近づきますね。 孤独感もあります。 次なる舞台はどのように変化するのか今から楽しみです。 *劇団サイト、 http://www.mamagoto.org/morning.html

■高き彼物

■作・演出:マキノノゾミ ■吉祥寺シアター,2012.7.4-10 ■このような状況で先生と聞けば漱石の「こころ」を思い浮かべてしまう。 比較するのは野暮だが、なんと先生の秘密は同性愛的な事件であった。 しかも歳を重ねれば笑って済ませるような内容である。 大人気無いと言えばそれまでだが。 この芝居の面白さは次の点にある。 一つは二人の女性、猪原智子と野村市恵の日常生活や事件などで的確な行動をみせてくれることである。 不甲斐ない男性群をリードし無理なく熟れた対応をしていた。 もう一つはココロの秘密を他者にありのままに話すということである。 祖父に指摘されてはいたが猪原正義と市恵がお互いに好きだったことや、事件内容を正義や片山仁志が率直に告白する場面である。 どちらもタイミングが大事であるが、急いだ舞台でもまとまっていた。 そしてこの二つを高校生藤井秀一が他者の熱い身体を通して体験することだろう。 秀一が人生を社会を再び肯定すると確信が持てる。 だから観客は満足して劇場を後にできるのだ。 *CoRich、 https://stage.corich.jp/stage/35108

■鳥よ鳥よ青い鳥よ

■作:岸田理生,演出:小松明人 ■こまばアゴラ劇場,2012.7.1-4 ■選曲がとてもユニークですね。 ボレロやショパン?、サティなどセリフと拮抗するかのような曲だからです。 これで盛り上がる場面もありましたが多くは違和感が残りました。 セリフの一部に普段使わない単語が散りばめられていたようです。 観ていて引っ掛かってしまったが原作がこうなのでしょうか? 芝居から離れ現実に戻されて言葉を反復してしまいました。 以上の二つが異化として現れましたが効果としてはイマイチです。 たとえばミニマムな曲にしたらセリフが織物の柄のように浮かび上がり集中できたのではないでしょうか? 気に入った場面は前半の「泥鰌汁」、後半の「葡萄」と「骨」です。 セリフや身体、音楽など舞台が一つにまとまっていたからでしょう。 チブリ語も言語的強さがありません。 言葉の問題を直に論じているので難しさのある芝居にみえました。 *劇場サイト、 http://www.komaba-agora.com/line_up/2012/06/RioFes/#a_03

■絶交わる子、ポンッ

■振付:康本雅子 ■シアタートラム、2012.6.28-7.1 ■ http://stage.corich.jp/img_stage/l/stage27941_1.jpg?1340924553 ■康本はいつも隅田川の向こうで踊っている。 隅田川越えは精神的に遠い。 だから会う機会が少ない。 久しぶりである。 このため康本の顔を忘れてしまった。 観ていてやっと思い出す。 裏女番長という感じだ。 そしていつもの雑種の振付、これがとてもいい。 素人が玄人になって踊りをしているようで面白い。 日常生活を延長した動きである。 腹の上にのる、手を叩く、引きずり回す、蹴っ飛ばす、絡み合う、股をひろげる、絡みつく、寝そべる、・・。 そして少しセクシイである。 これが隅田川下町の踊りである。 久しぶりに楽しんだ。 しかしこの劇場の凸型舞台がダンサーの動きを邪魔していた。 今回は舞台の角が特に目障りだった。 日本の劇場建築は未熟が一杯だ。 

■温室

■作:ハロルド・ピンター,演出:深津篤史,出演:高橋一生,小島聖,山中崇,段田安則 ■新国立劇場・小劇場,2012.6.26-7.16 ■赤の家具が周囲の黒に映えて素晴らしい。 客席が両端に分かれていてなんと回り舞台なの。 照明は立体感ある白系で場内の無機質に膨らみを与えている。 幕が上がり直ぐに浮かんだのは「1984年」と「イワン・デニーソヴィチの一日」。 ムム!天井にスピーカもある。  所長ルートも他の人物も管理を意識した裏があるネアカのような喋り方をする。 床が回ると違った角度で役者をみるから無機質な背景とマッチして不思議なしかも目眩のする舞台が現れるの。 カッツ嬢もセクシーで素敵ね。 でも専門職員と一般職員の違いを強調しているのに背景の組織自体がよくみえない。 専門職員がギブスを除いて殺されてしまった?のもよくわからない。 国家行政の硬直した組織と働く職員の私利私欲の滑稽さを描いているのはわかるけど。 サンタクロースの仮面はジャック・ニコルソンのホラー気分があったし、緊張感ある美しさと意味不明のストーリーがピタリと一致した舞台で面白かったわ。 それにしてもピンターは何を考えてるの? ベケットに社会性をプラスした感じね。  *劇場サイト、 http://www.nntt.jac.go.jp/enjoy/record/detail/120626_004844.html