2010年11月23日火曜日

■巨大なるブッツバッハ村

■演出:クリストフ・マルターラ、美術:アンナ・フィーブロック
■東京芸術劇場・中ホール、2010.11.19-21
http://www.festival-tokyo.jp/program/marthaler/
■会場はガランとしています。 舞台の前面とA~E座席は使用していないからです。 このため役者との距離があり覚めた雰囲気の上演でした。 舞台はヨーロッパのどこかの待合室です。 特に壁紙のデザインが日常生活そのままを持ってきた感じに強めています。
音楽劇ですが舞台の倦怠感と曲がよく似合います。 金融危機以後のヨーロッパの人々の心の持ち様が出ていました。
この芝居のように物語性や劇的さが無い芝居は、観客と舞台のリズムの同期を取るのに長い時間が必要です。 上演時間は長かったのですがリズムを得るタイミングがありませんでした。 観客は飽きてしまったはずです。
また壁に映し出された日本語訳ですが、「クソ野郎」は漫画ならともかく実生活では聞いたことがありません。 「くおん」は仏教語ですがたぶんキリスト教のある言葉を翻訳したのでしょう。
それ以外でも状況が掴みとれない箇所が多々ありました。 翻訳の不味さも飽きてしまった理由の一つです。

2010年11月22日月曜日

■中庭にリング

■作・演出:矢内文章、出演:アトリエ・センターフォワード
■シアター風姿花伝、2010.11.17-24
http://www.centerfw.net/4-nakaniwa/nakaniwa-top.html
■アパートの住人が老後を支えあうコミュニティを作ろうとするが資産運用で破産する物語である。 カネでのドロドロした人間関係や政治も絡めた共同体などの問題は一度は参加しないとわからないということだ。
アパートの各部屋が舞台周辺に透視設定されている構成なので全体の動きがよく見え中庭も強調できて全体に安定感が出ていた。 セリフや場面切替に粗さがあったが逆にこれが芝居の流れを生き生きとさせていた。 爆弾で誰も逃げなかった後に居候の言うセリフがよかった。
しかし観終わった後に芝居の感動はすぐ消え失せてしまった。 それは日常生活を誇張し過ぎている面白さだけだから・・。 次は中庭から飛び出てまずは1ラウンド3分間から戦うしかない。

2010年11月21日日曜日

■ところでアルトーさん、

■演出:三浦基,出演:地点
■東京芸術劇場・小ホール,2010.11.19-23
■朗読劇に近い芝居のためセリフに集中して観ていたがそれだけでは終わらなかった。 「たましい」と声に出すときの俳優の動作で言葉が身体そのものからの分身のように見えた。 手紙の中の「ボク」を手信号の動きと声を強調して読むところもそうだ。
アルトーのおもいが伝わるようだ。 キリスト教の話しはよくわからなかった。 残酷演劇とは肉を切るとか血を出すことではなくむしろ制度に関係しているようだ。 一部のセリフで自分なりの解釈と納得を同時におこなった為、観終わった後はカタルシスを伴った疲れがでた。
*F/Tフェスティバル・トーキョー2010参加作品
*作品サイト、http://www.festival-tokyo.jp/10/program/chiten/

2010年11月20日土曜日

■現代能楽集「春独丸」「俊寛さん」「愛の鼓動」

■作:川村毅,演出:倉持裕,出演:岡本健一,久世星佳,ベンガル,西田尚美ほか
■三軒茶屋・シアタートラム,2010.11.16-28
■能「弱法師」「俊寛」「綾鼓」が原作よ。 「俊寛さん」は狂言風に仕立ててあるわ。 「春独丸」は母子の愛情、「愛の鼓動」は刑務官と死刑囚との愛の物語ね。 愛がテーマでしかも死刑場面もあるけれど観劇後はサラッとした感じが残ったわ。
「春独丸」の結末は重たいし「愛の鼓動」の刑務官娘の登場は余分に見えるの。 それでも能の良き軽さを引き継いでいるのは物語に固執しなかった為ね。 映画ファンならば「賞は取れないが納得できるB級映画だ」と賛辞を送るはずよ。
*現代能楽集Ⅴ
*劇場サイト、http://setagaya-pt.jp/theater_info/2010/11/post_190.html

2010年11月16日火曜日

■ありきたりな生活

■作・演出:伊藤拓、出演:FRANCE_PAN
■池袋・シアターグリーンBOXシアター、2010.11.11-14
http://arborstep.system.cx/france/
■劇場に入ると出演者と観客が組みになり舞台上でお互いに自己紹介をします。 名前は? 生まれはいつ? 好きな有名人は? 今一番の興味は? ・・・。 そして観客は靴を脱ぎそれを舞台に置いて席に座ります。
途中俳優自身の紹介が続いたり、いきなり演出家が登場して自己紹介をする場面があります。 このように芝居の途中で現実への戻しが何度もあります。 観客が自己紹介をしたことで芝居の構成がより複雑に感じます。 ここで観客の靴が舞台上にある理由が分かります。
「俳優」と俳優の「私」と「観客」と観客の「私」の境界があやふやになります。 観終わって池袋の繁華街を歩きなが自己紹介をした「私」とは誰なのか考えてしまいました。 ひさしぶりの刺激的な芝居でした。

2010年11月14日日曜日

■さようなら

■演出:平田オリザ,テクニカルアドバイザ:石黒浩,出演:ジェミノイドF,ブライアリ・ロング
■池袋・あうるすぽっと,2010.11.10-11
■出演者であるアンドロイドのジェミノイドFはついに「不気味の谷」を越えたのか? しかし芝居が始まって直ぐに落胆する。 原因は声だ。 口が音源ではないこと、そして明らかにスピーカから聞こえた声だ。
もう一つは顔を横に動かす時に力が入り過ぎている。 この二点が「不気味の谷」さえも到達していない理由である。 観客へ3度ほど顔を向けたが正面から見た表情は横から見るより出来が良い。 そして笑顔が一番いい。
そして「さよなら」を言うにはまだ早すぎる。 アンドロイドが電気羊の夢を見るのはこれからだ。
*劇団サイト、http://www.seinendan.org/play/date/2010?post_type=play

2010年11月6日土曜日

■いつかの森へ

■作:しゅう史奈、演出:小松幸作、出演:海市-工房
■下北沢「劇」小劇場、2010.10.27-11.4
■父の違う姉妹弟が過去の誘拐殺人事件や直近の放火事件、家族・恋人・近隣の問題を抱えて日々の生活を演じていく物語のようね。 結構大きな問題に直面しているので表現表情はそれなりに出ているけど、それが大事だということが伝わってこないわ。そして最後は何と無くハピーエンドで終了してしまったのよ。 出口の無い森の中で彷徨っているセリフが何回か出てくるけどそのまま森に留まってしまったようね。 観終わった後は無味乾燥な夢を見ていた感じだわ。 細部はそれなりよかったけど・・。

2010年11月5日金曜日

■こうしておまえは消え去る

■演出:ジゼル.ヴィエンヌ
■にしすがも創造舎,2010.10.30-11.3
■林の中で男女の体操選手が床上練習をしているところから始まります。 異様な光景です。 固唾をのんで舞台を見てましたが、ロック演奏者らしき人が血を流し倒れるところで終了します。 劇的という表現がありますが、これはヨーロッパ的な劇的とでもいうのでしょうか。
俳優の身体性などから論じるこの言葉ですが、少ないセリフの中に降臨が述べられていたので宗教が絡んでいるとみました。 大量の霧と光を放出した舞台のため、スピルバーグの「未知との遭遇」や古いところではドライヤー「奇跡」を思いだしてしまいました。
観劇後チラシを読んだら権威と秩序の象徴がテーマだと書いてあり予想は外れてしまったようです。 しかし感動に宗教的な感覚が入り混じっていたことは確かです。
*F/Tフェスティバル.トーキョー参加作品
*CoRichサイト、https://stage.corich.jp/stage/23451

2010年11月4日木曜日

■DANCE PLATFORM 2010

■新国立劇場・小劇場、2010.10.22-31
http://www.nntt.jac.go.jp/dance/pdf/20000353.pdf
■8作品が上演されたが良かったのは以下の2作品。 子供の観客が多かったがC/OMPANYを観るために来ていたようだ。 どの劇場も子供イベントが盛況だし・・、多分この流れの一環かな? 将来の観劇ファンは大切にしなきゃいけない。
しかし場内に響いていた子供たちの笑い声が耳に残ってしまった。
・高瀬譜希子振付「AUTUMN HUNCH」。 剛性の中に柔軟さがあり、細部の振付も面白い。 音楽は出娑張らず引っ込まず、そして照明がなんといってもすばらしい。 質の良いデテールたちが全体をうまくまとめている。 よかったなあと心からおもう作品である。
・原田みのる振付「果てに・・・」。 舞台は凛としていて緊張感が伝わってくる。 テーマはフィルムノワールだが振付も動きに溶け込んで奇異を感じさせない。 筋書きは不明だが映画ファンは素晴らしかった場面の思い出に浸れるだろう。

2010年11月3日水曜日

■かもめ

■原作:A.チェーホフ,演出:松本修,出演:MODE
■あうるすぽっと,2010.10.27-31
■幕が開くと旅芸人一座の姿で全出演者が登場します。 借り舞台が作られていて雰囲気を盛りたてます。 上演中、広すぎてガランとした寂しさが漂っている舞台の周辺に、役者が座って舞台を見つめ出番を待つ姿はこの劇にとてもよく似あいました。
そして終幕、再び旅芸人のように去っていきます。 印象深い構成でした。 しかし観た後の爽快感がありません。 チェーホフはいつもこんな感じに陥ります。 「どうしてまた、チェーホフなんですか?」。 距離感を持ってみる芝居はどうも苦手です。
*劇団サイト、http://www.mode1989.com/archives/chirashi/2010kamome17.JPG