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■さすらい人 Der Wanderer

■演出・振付:金森穣,音楽:F・シューベルト,衣装:堂本教子,木工美術:近藤正樹,出演:井関佐和子,山田勇気,井本星那ほか,舞団:Noism0他 ■世田谷パブリックシアター,2023.2.24-26 ■「 冬の旅 」(クリスティアン・シュプック振付)の記憶が残っていた。 シューベルトにまた会いたい。 今回も冬旅の延長にあるのは予想できる。 ということで三軒茶屋に向かった。 枯れ木と赤バラ?の対比が面白い。 幾作品から選んだ21曲で構成されているらしい。 10人ほどのダンサーが初曲と終曲に登場、途中曲にソロやデュオを散りばめている。 ダンサー一人ひとりに振り分けているようだ。 シューベルトの震え以上に若さが前面に出ている。 流れに統一感はあるが物語としては追えない。 歌詞訳が無いので深みに入ることが出来なかった。 演出ノートを読むと歌詞は意識的に除いているようだ。 「聞こえない言葉を聞き取る・・」。 ダンスにとって音楽とは歌唱(言葉)とは何か? 私のような怠慢な観客にとって厳しい言葉が並ぶ。 日本語訳の歌唱ならどうだろう? ドイツ詩は崩れるが字幕より似合うとおもうが。 NHK を覗いたら、なんと「冬の旅」を再上映している。 「さすらい人」の上演に合わせたのかな? *劇場、 https://setagaya-pt.jp/performances/202302derwanderer.html

■トゥーランドット

■作曲:G・プッチーニ,指揮:ディエゴ・マテウス,演出:ダニエル・クレーマー,出演:土屋優子,城宏憲,谷原めぐみ他,演奏・合唱:新日本フィルハーモニー交響楽団,二期会合唱団ほか ■東京文化会館・大ホール,2023.2.23-26 ■ザワつく!舞台、だった。 猥雑さが感じられる衣装や動き、チームラボによるレーザ照明、CGアニメ、天井から降りてくる歌手、そこに魔界都市北京が出現するの。 ・・トゥーランドット姫の不条理な謎掛けと処刑、それを乗り越えて王子カラフの<愛>が突き進む・・。  照明や映像を派手に出されると歌唱や演奏への集中が疎かになるわね。 歌手の声そして身体をじっくり感じたい。 照明・映像を含む道具類は瞬時に無化するのが一番だと思う。 今回は張り付き過ぎたかな? でも姫の歌唱はザワつく舞台にも打ち勝っていた。 姫を繋ぎ止めようと頑張る王子、安定感あるティムールやピンポンパンの声は舞台のザワつきを宥めていた。 それでもエンタメ優位の舞台ね。  楽しかったわよ。 *2023都民芸術フェスティバル参加公演 *二期会創立70周年記念公演 *ジュネーブ大劇場共同制作 *二期会、 http://www.nikikai.net/lineup/turandot2023/index.html

■能楽堂二月「吹取」「鵜飼」

*国立能楽堂企画公演の□2舞台を観る. □狂言・大蔵流・吹取■出演:善竹大二郎,善竹十郎,大藏教義ほか □能・観世流・鵜飼■出演:観世銕之丞,森常好,舘田善博ほか ■国立能楽堂,2023.2.23 ■「吹取」は先日観た「釣針」と同じ妻乞話である。 醜女はいつの時代にも損をする。 本日は蝋燭の灯りによる公演だ。 「鵜飼」は篝火として似合うだろう。 <鵜ノ段>は思った以上に力強い動作が続く。 波に乗る心地よさ、鵜を操る面白さ、その漁仕事が想像できる。 観後に手元の川合玉堂「鵜飼」をじっくり見入ってしまった。 面は前シテが三光尉(さんこうじょう)、後シテは小癋見(こべしみ)。 後者は世阿弥が選んだそうだが物語に馴染まない。 日蓮宗の雰囲気は漂っていた。 舞台が暗いので役者の表情が始終ボヤケていた。 心情場面に入ると想像力が一挙に減衰する。 蝋燭能に慣れていないのかもしれない。 現代が明る過ぎるのだ。 *劇場、 https://www.ntj.jac.go.jp/schedule/nou/2022/2466.html?lan=j

■能楽堂二月「釣針」「枕慈童」

*普及公演の□2作品を観る. □狂言・和泉流・釣針■出演:三宅右矩,三宅右近,高澤裕介ほか □能・喜多流・枕慈童■出演:出雲康雅,野口能弘,野口琢弘ほか ■国立能楽堂,2023.2.18 ■「釣針」は主人と太郎冠者が妻を娶るため夷様に祈誓する話である。 参籠で妻を釣れという霊夢を受ける。 彼らは釣り竿を探してきて「釣ろよ釣ろよ」と歌い出す。 なんと!何人も釣れたので妻や腰元にしようとするが、・・笑。  プレトーク「画家は何を描くのか、画題と能画」(小林健二解説)を聴く。 「項羽」(安田靫彦)、「鵜飼」(川合玉堂)、「菊慈童」(梶田反古)の3点を話題にする。 「歴史・神話などを扱った絵画は能と相性が良い。 物語の一場面を描く共通した性格をもつから・・」。  前者2人は知っていたが、梶田反古は初めてである。 復古大和絵を有職故実に精通していたらしい。 プログラムに「梶田反古と能」(富田章著)が掲載されているが分かり易くまとまっている。  「枕慈童」は<楽>というリズミカルで足拍子を多用した華やかな舞が見所である。 能面は「童子」。 「菊慈童」とも言うが、彼は霊水である菊水を飲んで700年を生きている。 いつもの晩酌で「ふなぐち菊水一番しぼり」を飲んでいることを思い出した。 同じ菊水だから私も700年はいけるだろう。 *劇場、 https://www.ntj.jac.go.jp/schedule/nou/2022/2463.html?lan=j

■能楽堂二月「子盗人」「項羽」

*国立能楽堂二月定例公演の□2舞台を観る. □狂言・大蔵流・子盗人■出演:大藏彌右衛門,大藏彌太郎,大藏教義 □能・観世流・項羽■出演:浅見重好,坂井音晴,福王知登ほか ■国立能楽堂,2023.2.15 ■「項羽」は五番目物(切能)に分類すると手引に書いてあった。 詞章を読んでいる時はそう感じられない。 劉邦との戦い場面は圧倒される。 高楼から身投げした虞氏を探す項羽の姿、「あはれ苦しき瞋恚(しんに)の焔・・」。 激しい舞働、そして四面楚歌のなか運が尽き土中の塵となっていく・・。 面は項羽が筋怪士、后の虞氏は小面。 前シテの老人は朝倉尉。 観終わったあと切能に納得した。 あの世とこの世の関係が繋がらない。 作品が現在完了形ではなく過去形でできていたからである。 *劇場、 https://www.ntj.jac.go.jp/schedule/nou/2022/2462.html?lan=j

■草迷宮

■原作:泉鏡花,台本:寺山修司:演出・音楽・美術:J・A・ジーザー,構成・演出:高田恵篤,演奏:川嶋信子,本間貴士,多治見智ジーザス,劇団:演劇実験室◎万有引力 ■座高円寺,2023.2.3-12 ■「手毬唄由来の実験幻想オペラ劇」とある。 舞台周囲には琵琶と語り、箏と三味線、ヴァイオリン、パーカッションが占めてる。 演奏を前面に出していますね。 歌唱も多いが音楽劇と言ってよい。 そのぶん演劇的連携は弱いが場面展開の楽しさがある。 紙芝居的舞台と言ってよい。 衣装や美術に目が喜びます。 安定感もあり劇団の総合力が感じられます。 *演劇実験室◎万有引力第74回本公演 *CoRich、 https://stage.corich.jp/stage/227696

■かもめ

■作:A・チェーホフ,脚本:アーニャ・リース,演出:ジェイミー・ロイド,出演:エミリア・クラーク,トム・リース・ハリーズ,ダニエル・モンクス他 ■TOHOシネマズ日本橋,2023.2.10-(ハロルド・ピンター劇場,2022収録) ■満席・・! 東京はここでしか上映していないからでしょう。 舞台には椅子に座っている裸足の役者が10人。 彼らは椅子を動かして場面を作っていく。 演技の無い者は無言で座っています。 時は現代。 椅子に座っていて動きが少ないため静かな緊張感が漂います。 でも科白は一言多いように聞こえる。 その一言は心情のもう一歩を曝け出す。 これが物語を分かり易くしています。 解説に聞こえてしまうときもある。 作品の謎が言語化されてちょっと寂しい。 それでも<チェーホフ>は心に届きました。 ところで科白の一端から彼らの居場所、つまり湖畔や取り巻く社会がハッキリ見えてくるのが面白かった。  同演出家の「 シラノ・ド・ベルジュラック 」を思い出してしまった。 今回もですが、彼の舞台構成は気に入っています。 途中20分の休息が入ったが後半は30分くらいで終わってしまった(?)。 リズムに乗れないまま中途半端な終わり方を強いられた。 休息抜きで一気通貫しないと作品の面白さは半減です。 *NTLナショナル・シアター・ライブ2023シーズン作品 *映画com、 https://eiga.com/movie/98395/

■わが町

■原作:ソーントン・ワイルダー,構成・演出・翻訳:柴幸男,出演:東京演劇道場 ■東京芸術劇場・シアターイースト,2023.1.25-2.8 ■わが町の住人である人形が床に並べられている。 町らしき模型も置いてある。 それらを役者が手に取り物語が進行していく・・。 パペット人形劇と言えます。 1901年の一幕は町や住民の紹介に当てられ、二幕は2023年の東京を背景にジョージとエミリの結婚、1913年に戻る三幕はエミリの死に始まり墓場の住民たちの会話で終わる。 時間は所々で揺れ動きます。 この作品を初めて観た時の驚きは忘れられない。 日々の生活の素晴らしさとその延長としての死が語られる。 此岸と彼岸の境界が描かれるので「日常」の核心に迫れるからです。 白衣装の役者は20人前後ですか? ただしサイモン・スチムソンは紺衣装です。 彼らは群舞のように動きながら人形遣いとして逐次入れ替わっていく。 合唱のような群読もある。 ままごと風です。 役者は皆同じようにみえる、ディティールは考えられているが。 演出家は道場生を公平に扱っていますね。 人間一般としての日常を描こうとしたのでしょうか? そのぶん感動が分散されてしまった。 *東京演劇道場第二回公演 *CoRich、 https://stage.corich.jp/stage/219644 *「ブログ検索🔍」に入れる語句は,柴幸男 ・・ 検索結果は4舞台 .

■桜姫東文章

■作:鶴屋南北,監修・補綴:木ノ下裕一,脚本・演出:岡田利規,出演:成河,石橋静河,武谷公雄ほか,劇団:チェルフィッチュ,木ノ下歌舞伎 ■あうるすぽっと,2023.2.2-12 ■「独自の解釈はできるだけ加えない・・」「ドラマ性を徹底的に疑い・・」。 脚本・演出と監修・補綴、両担当の挨拶文にもあるように舞台は淡々と進む。 チェルフィッチュ風な動作と発声はあったが今回は不発だ。 清玄かつ権助役の成河もこの型を取り入れていたが切れ味が悪い。 舞台はドライに進んだが粗雑さも感じられた。 作品の量に対応できなかった? 観ていて草臥れてしまった理由だ。 しかし表層が剥き出しにされ江戸時代のエログロが舞台に出現していた。 当時の庶民からみれば見慣れた生活の一部だろう。 ここが挨拶文の成果かもしれない。 萎びた掛け声、枯れた音楽もそれに沿っていて面白い。 役者たちの濁りのない声が気持ち良かった。 「 未練の幽霊と怪物 」を観てチェルフィッチュは凝縮や抽象の強い能楽が似合うと思っていた。 歌舞伎のような拡散と具体は苦手にみえる。 ところで「桜姫東文章」は流行りの作品なのか? シネマ歌舞伎「 桜姫東文章 」、「 スカーレット・プリンセス 」と続きこの1年で3本目だ。 *CoRich、 https://stage.corich.jp/stage/202187 *「ブログ検索🔍」に入れる語句は,岡田利規 ・・ 検索結果は11舞台 . *2月9日朝日夕刊に村上湛の批評が載る.「・・虚無的な芝居ごっこである」と締めくくっている. *2月10日日経夕刊に内田洋一の批評が載る.「神話を剥ぎ取る反南北の南北劇だ」と締めくくる.成程!

■めぐりあう時間たち

■作曲:ケヴィン・プッツ,指揮:ヤニック・ネゼ=セガン,演出:フェリム・マクダーモット,出演:ルネ・フレミング,ケリー・オハラ,ジョイス・ディドナート他 ■東劇,2023.2.3-9(METメトロポリタン歌劇場,2022.12.10収録) ■ヴァージニア・ウルフ「ダロウェイ夫人」をネストしている劇中劇かな? 原作も「ダロウェイ夫人」も読んでいない。 原作映画も「ダロウェイ夫人」の映画も観ていない。 でも沢山の情報は今も飛び交っているわね。 1923年のヴァージニア・ウルフ、1951年の主婦ローラ、2001年の編集者クラリッサの三人の、ある一日を描いた舞台なの。 三人の憂鬱な意識の流れを如何に表現するのか? 美術・照明や合唱・ダンスを総動員してこれを達成している。 もちろん「歌手の歌い方と演技は気にした・・」と作曲家(演出家?)は話している。 しかも舞台は原作と違い3人の同時進行ができる。 特に歌唱はスーパーポジションが可能だからよ。 やはりクラリッサ役フレミングが一番目立ったかな? 20世紀末の雰囲気が漂っていた。 ローラ役オハラの50年代ディズニー風も適役だった。 でもウルフと20年代は繋がらない。 ウルフその人に焦点を絞り過ぎたから。 ディドナートも質素な衣装を嫌厭していたわね。 時代を乗り越えて3人の生き方が一つの形となって立ち現れる。 ここがクライマクスのはず。 演奏は心模様を強調していたが、歌唱はソプラノ系が占めたので変化の楽しさは少ない。 3人を主役にする難しさが出ていた、それでも巧く熟していたと思う。 METの総合力の強さと新作への意欲に拍手! *METライブビューイング2022シーズン作品 *映画com、 https://eiga.com/movie/97760/ *「ブログ検索🔍」に入れる語句は、マクダーモット ・・ 検索結果は4舞台 .

■赤い靴

■作:唐十郎,演出:加藤野奈,出演:福原由加美里,大鶴美仁音,重村大介ほか,劇団唐組 ■下北沢・駅前劇場,2023.2.1-5 ■全速力で飛んでくる科白に撥ねられてしまう。 その言葉に喰らい付いていくと次第にシンクロされて体に溶け込んでいく。 言葉は理解ではなく体で感じ取ることになる。 唐十郎の舞台はいつもこうです。 しかも、この作品は脇道が多い。 四方から次々とやってくる科白をいつも以上に素早くカラダで受け止める。 若手俳優に粗さは有るが複雑なポリフォニーを観ているような舞台です。 久しぶりに言葉と身体が融合していく恍惚感に浸ることができました。 *唐組若手公演第70回公演 *2023都民芸術フェスティバル参加作品 *第33回下北沢演劇祭参加作品 *CoRich、 https://stage.corich.jp/stage/227960 *「ブログ検索🔍」に入れる語句は、唐十郎 ・・ 検索結果は9舞台 .

■タンホイザー

■作曲:R・ワーグナー,指揮:アレホ・ペレス,演出:ハンス=ペーター・レーマン,美術・衣装:オラフ・ツォンベック,出演:妻屋秀和,ステファン・グールド,ザビーナ・ツヴィラク,エグレ・シドラウスカイテ他 ■新国立劇場・オペラパレス,2023.1.28-2.11 ■硝子それとも金属?のような柱が何本も奈落から立ち上がってくる・・。 ヴェーヌスベルクのバレエも新国ならではの出来栄えね。 この劇場は機械的な冷たさがある。 舞台美術もこれに合わせている。 今回も2019年公演とほぼ同じかしら? 保守的な演出が続くがこれも新国らしい。 タンホイザー役ステファン・グールドを含め新国初登場のエリザベート、ヴェーヌスも安定していて物語を邪魔しない。 そして場面転換がとても巧くてリズムが崩れなかった。 時空を駆け巡る4時間はあっという間に過ぎてしまったわ。 ワーグナーは何度観ても飽きない。 キリスト教を超えようとする愛の姿を追求しているからよ。 休憩後に席へ戻る時に迷い子になる、他人席に座ってしまう、このような観客が目につく。 それだけ高齢化が進んでいるということね。 先日「歌舞伎がらがら問題」の記事を読んだがオペラは満席に近い。 能楽もほぼ満席と聞いている。 なぜ歌舞伎は空席が目立つのか? 一つはオペラや能楽が持つ歌唱・謡が歌舞伎には無いこと、二つ目は生死の描き方の違いかもしれない。 歌舞伎では社会的な人間関係に係る死でしかもエンターテインメントに近い。 オペラは原罪としての生と死、能楽は此岸彼岸の迷いを扱いどちらも個人としての切実で芸術的な生死を描く。 劇場へ足を運ぶ高齢者の死への興味は歌舞伎の世界では描かれていないと思うけど、どうかしら?  *NNTTオペラ2023シーズン作品 *劇場、 https://www.nntt.jac.go.jp/opera/tannhauser/