2018年1月30日火曜日

■京鹿子娘五人道成寺  ■二人椀久

■出演:坂東玉三郎,中村勘九郎,中村七之助,中村梅枝,中村児太郎ほか
■東劇,2018.1.13-(歌舞伎座,2016.12収録)
■二本立てです。 道成寺は5人の白拍子花子が登場して華やかでした。 上演途中に役者たちのインタビューが何度か入る。 これが広告みたいで踊りと演奏に酔っていたところを起こされてしまった感じです。 でも「次世代を担う若手と一緒に踊るのが一番」と玉三郎も言っているように若手の心意気が伝わってきます。 緩急ある三味線がいいですね。 また「二人道成寺」と比べ坊主たちが真面目だったところも面白い。 白拍子が5人なので坊主もセーブしたのでしょう。
「二人椀久」は玉三郎と勘九郎です。 月夜の場面から始まるのでしっとりした舞台でした。 グレー調単色の舞台美術が二人の輪郭をクッキリさせるので踊りが冴えて見える。
どちらも若手は直球だけの勝負だがそれはしょうがない。 見立ての良い二本立てでした。
*シネマ歌舞伎第30弾作品
*作品サイト、http://www.shochiku.co.jp/cinemakabuki/lineup/37/

2018年1月28日日曜日

■皆殺しの天使

■原作:ルイス・ブニュエル,作曲・指揮:トーマス・アデス,演出:トム・ケアンズ,出演:オードリー・ルーナ,アマンダ・エシャラス,サリー・マシューズほか
■新宿ピカデリー,2018.1.27-2.2(MET,2017.12.18収録)
■変わったオペラである。 パーティに招かれた人々がその邸宅から出られなくなってしまう話である。 逃げられないので歌手たちは上演2時間ものあいだ舞台上に居続けることになる。 隠れる場所もない。 しかも身も心もそして衣装も乱れ汚れていくのだから大変だ。
演奏はオンド・マルトノや1/32バイオリンを使い背筋がゾクゾクしてくる「ハイ・コンセプト・スリラー」調がなかなかいい。 そしてソプラノ歌手を揃えて高音質で迫る歌唱は現実を突き抜け闇の世界を手繰り寄せる。 上流階級だが日常生活そのままの言葉が歌詞として延々と続いて行く。
終幕、招かれた一人であるオペラ歌手レティシアが歌うとパーティ会場は外の世界と繋がり招待者は解放される・・。
狂気の世界だが日常の言葉で満たされた歌詞のため後半は飽きてしまった。 しかし土壇場でレティシアが非日常を歌い俗から聖へ移っていく場面が何と素晴らしいことか! 同時に閉ざされた室内からの解放が観客の肉体と精神をも蘇らせてくれる。 作品の感動がこの一点にある。
原作の映画は観ているがルイス・ブニュエル監督のベスト作品に入れてもいい。 トーマス・アデスが15年前から計画していたとインタビューで答えていたが彼もこの作品に惚れこんでいたのだとおもう。 因みにブニュエルのベスト5を掲げるとすれば「忘れられた人々」「哀しみのトリスターナ」「昼顔」「ブルジョワジーの秘かな愉しみ」(制作順)、そしてこの「皆殺しの天使」。
*METライブビューイング2017作品
*作品サイト、http://www.shochiku.co.jp/met/program/89/
*「このブログを検索」欄の語句は、 ブニュエル

2018年1月26日金曜日

■もうひとつの地球の歩き方

■作・演出:鴻上尚史,出演:秋元龍太朗,小沢道成,小野川晶,三上陽永ほか
■座高円寺,2018.1.19-28
幕の内弁当を食べているような舞台です。 色とりどりのおかずとして、会社の上司と部下、同僚そして恋人、会社のお客や業者、放送や新聞記者、SNS投稿者に読者、学校の教育委員や先生と生徒、そして農民などが当てはまる。 テロリストも登場する。 御飯は天草四郎。 御飯にふりかけた黒ゴマや梅干はAIでしょうか。 
AIで天草四郎を作り出そうとする途中で主人公のプログラマーに天草四郎の霊が乗り移ってしまう。 上に掲げた多くの関係者を巻き込んでのテンヤワンヤの騒動になる話です。
登場人物は現代社会で活躍する職業人を想定しているので踊りも衣装もカラフルでスカッとした躍動感があります。 ストーリーの段落の繋ぎも淀みがなく物語と一緒に走ることができる。 しかし終幕で失速してしまった。 天草四郎がいつの間にか消えてしまったのです。 そして主人公の恋愛話に戻り日常風景で幕が下りてしまった。
この作品は幕の内弁当のおかず(=登場人物)を一つ一つ摘まみながら御飯を食べる(=17世紀天草四郎の行動から現代社会を考える)楽しさを出したかったのでしょう。
ところでAIは曲者ですね。 完成したAI天草四郎が使い物にならなかったのは怖れを持っていないからだと言っている。 AI自身は意識は持っていないし意味も理解できない。 しかし喜怒哀楽の真似事は近々未来にできるはずです。 この精緻で巧妙な真似事を前にヒトは対処できるのでしょうか? そして劇場サイトに<生身の人間>の良さを演出家が語らなければならない時代になってしまったのでしょうか?
*虚構の劇団第13回公演
*劇場サイト、http://za-koenji.jp/detail/index.php?id=1829

2018年1月24日水曜日

■トロイ戦争は起こらない

■作:ジャン・ジロドゥ,演出:栗山民也,出演:鈴木亮平,一路真輝,鈴木杏,谷田歩ほか
■NHK・Eテレ,2018.1.13(NNTT,2017.10収録)
■時計を意識した舞台美術にした、と演出家が言っていたが対話や議論のできる物理空間に仕上がっています。 公演を見逃したが今回TVで観ることができました。 この作品は女性と戦争の関係を描いている。 平和と戦争の周辺を歩き回るだけの一幕だが二幕になるとその奥へ入り込んでいく・・。
女性(の交換)は贈与か商品かでトロイ高官が意見を戦わせる。 トロイ王子エクトールが女性を贈与として受け止めていると判断したギリシャ将軍オデュッセウスはギリシャ王妃エレーヌを連れてそのまま帰ろうとする。 しかし女性を商品としてしか見ることができない人々の間で戦争は起きてしまう・・。 エクトールの妻アンドロマックもギリシャ兵からその屈辱を受け耐える。 「戦争は人間を平等にする為のもっとも浅ましく偽善的なやり方である」とエクトールは言う。 平等を内包する商品に仕立て上げられた女性を国民にまで広げ極限状況に陥ったのが戦争です。
王妃エレーヌは何かを象徴しているようだがよく分からなかった。 彼女は自身の誘惑を贈与と考えていたのではないでしょうか。 たぶん象徴とは純粋贈与つまり愛ですがこの作品はそこに深入りしない。 ところで映像で登場したギリシャの神々はいただけない。 人間だけで勝負したいところです。
*NNTTドラマ2017シーズン作品
*劇場サイト、http://www.nntt.jac.go.jp/play/performance/16_009658.html

2018年1月22日月曜日

■こうもり

■作曲:ヨハン・シュトラウス2世,指揮:アルフエR-ト・エシュヴェ,演出:ハインツ・ツェドニク,出演:アドリアン・エレート,エリザベト・フレヒル,ペーター・カンマーラー,ステファニー・アタナソフ,村上公太,ジェニファー・オローリン他
■新国立劇場・オペラハウス,2018.1.18-28
■肩も凝らずに観ることができるから初笑いにはお誂え向きの作品ね。 二幕夜会ではダンスも披露されるし三幕芝居は笑いが高まる。 でも日本語や駄洒落が多いし演技力が必要で歌手は大変そう。 オルロフスキー公爵は一人でシラケていたけど。 舞台美術はもちろん指揮者や殆んどの歌手が2015年公演時と同じみたい。 ロザリンデの替わったことが大きいかな。 歌唱ではソロの多いアデーレが印象に残ったわ。 全体がホンワカした作品だから温めのお風呂に入った観後感が持てる。 とてもいい気分よ。 緊張感が高まる大晦日より年始の上演が似合うわね。 
*NNTTオペラ2017シーズン作品
*劇場サイト、http://www.nntt.jac.go.jp/opera/performance/9_009638.html

2018年1月19日金曜日

■東京ゲゲゲイ歌劇団Vol.Ⅱ、キテレツメンタルワールド

■脚本・演出:牧宗孝,振付:東京ゲゲゲイ,音楽:牧宗孝,安宅秀紀,出演:東京ゲゲゲイ
■よみうり大手町ホール,2018.1.17-21
■ということで行ってきたわよ。 舞台はほど良くまとまっていて楽しかった。 パワーは80%の出力かな。 観客との交流、ゲストの登場や物品販売など、充実のアンコールを含めて新作やヒット作全15本前後を歌い踊ったの。 後半になってのダンスは動きが出て見応えがアップしたかな。 やはりゲゲゲイは足を使わないと手が活きない。
周囲の席には母子連れが目立つわね。 小学生も多い。 EXILEのEダンスアカデミーを見ていても小学生のダンスの上手さには驚くもんね。 ゲゲゲイの振付はハッキリしていて近未来的だし小学生にもビビッと来るんじゃないかしら?
*劇場サイト、http://yomi.otemachi-hall.com/event/event_21589.html

2018年1月18日木曜日

■劇的なるものをめぐってⅡ

■演出:鈴木忠志,出演:白石加代子,小野碩,蔦森晧祐,鈴木両全ほか,劇団:早稲田小劇場
■早稲田大学大隈記念講堂・大講堂,2018.1.15(1970年収録)
■上映プログラムは・・
1.解説 渡辺保(30分)
2.「劇的なるものをめぐってⅡ」上映(60分) 
3.対談 鈴木忠志、渡辺保(90分)
この作品をみるのは初めてである。 稽古を収録したものらしい。 白石加代子の演技に圧倒される。 作品副題に「白石加代子ショウ」と付けられているだけのことはある。 彼女の生舞台は何回か観ている。 いつも凄い役者だと感心していたがこの映像はそれを遥かに超えている。 歴史の中で作られてきた村落共同体のエキスを身体に塗り込んで舞台に立っているようだ。 他役者との違いが際立つ。 渡辺保はこの違いを相対的という言葉で解説していたが質差が大きくて適語とは言えない。 二年前に同じく映像でみた「夏芝居ホワイト・コメディ」(1970年)でも彼女の存在感はみて取れたが全体像までは描けなかった。 前回はフィルム状態も悪かった。 やはり鶴屋南北や泉鏡花の長い台詞を喋りまくることで今回は深層が出現したのかもしれない。
そして「俳優とは一体なにものなのか!?」というチラシの問いが迫って来る。 「演劇の原点の問いかけ・・」と同時に早稲田小劇場の原点に辿り着いたという感慨を持った。
*演劇博物館サイト、https://www.waseda.jp/enpaku/ex/5555/
*「このブログを検索」欄の語句は、 鈴木忠志  白石加代子

2018年1月17日水曜日

■マジカル肉じゃがファミリーツアー

■演出:三浦直之,出演:劇団ロロ
■神奈川芸術劇場・大スタジオ,2018.1.12-21
■両親と婆と3人の子供が家族探しをする話です。 それは過去の思い出を甦らす旅になる。 過去と現在は同じ空間に存在しています。 過去を家族写真の小さなシールの中に、バイクを運転している遠くの両親の中に見つけていく・・。 生きてきた時間をこの空間に連れ戻すということでしょう。 真っ当にみえる時間論ですが面白い舞台に仕立てています。
しかもそこに名前を絡ませている。 あるものに名前を付けて世界を分節化する。 分節化されたモノやヒトとの関係を認識した途端に生きている空間が出現するのかもしれない。 その空間は一っ飛びできる。 自分探しの時空の出現です。 生きてきた時間が生きている空間に融合した楽しい舞台でした。
*劇場サイト、http://www.kaat.jp/d/lolo

2018年1月12日金曜日

■クレオパトラ

■演出・振付・台本:熊川哲也,音楽:カール・ニールセン,美術:ダニエル・オストリング,衣装:前田文子,照明:足立恒,出演:中村祥子,山本雅也,スチュアート・キャシディ,宮尾俊太郎,遅沢佑介,K-BALLET COMPANY
■恵比寿ガーデンシネマ,2018.1.6-(オーチャードホール,2017.10.29収録)
■「<完璧>をみてほしい!」。 熊川哲也の言う通り非の打ちどころが無い。 この完璧さは作品構造と中村祥子の二つの結合から成り立っているの。
クレオパトラに近づいては消えていく男達をみていると歴史の流れの速さが身に迫ってくる。 プトレマイオス、ポンペイウス、カエサル、ブルータス、アントニウス、オクタヴィアヌス・・。 背景のエジプトからローマ、そして再びエジプトと伴に移り変わっていく美術と衣装はお見事。 英雄群像叙事詩としての完璧さだわ。
そしてクレオパトラの中村祥子が素晴らしい。 一幕初めの神殿男娼との愛の絡み合いは文句なし。 チャイコフスキー作品の彼女は微妙な違和感があったけど今回それを払い除けていた。 クレオパトラとの心身一体の完璧さよ。
この二つの完璧は上手に出会えたのかしら? お互いの結び目が見えずクレオパトラの肉体的妖しさも歴史の流れに飲み込まれてしまったようね。 感情的感動が湧き起こらない。 唯一人間味が感じられたのはクレオパトラから離れない宮廷道化師?の彼女への暖かい仕草と終幕になってのオクタヴィアの結婚への喜びだけだった。
でも熊川哲也が目指したのはクレオパトラと英雄たちの叙事詩的感動の結晶化だと思う。 完璧さを備えた結晶は喜怒哀楽を昇華し一つの到達点として耐えることができるの。 歴史の中で一瞬みえたクレオパトラと男たちを結晶にするには、強靭な心身を持つ今の熊川哲也にしかできない。 それにダンサー達も十二分に応えていた。
*作品サイト、http://www.tbs.co.jp/kumakawa/special/

2018年1月9日火曜日

■TOKYO BUTOH CIRCUS、東京舞踏サーカス

■i-toいと ■舞踏派ZERO↑,楠田健人,筆宝ふみえ
■ルナマレ Lu Na Ma Re ■川本裕子
■捨てられた庭 ■岩名雅記
(以上が上演3作品のタイトルとキャスト)
■上野ストアハウス,2018.1.6-7
■「i-to」のダンサー二人はよく見ると糸で繋がっている。 itoを色々な意図で表現したいようだ。 所々にみえるitoから解放されたような動きが心地好い。
「ルナマレ」はテレビのノイズ画面から微かに聞き取れるアナウンサーの声の中、床に寝転がり、簡素なスツールに座り、苦しみ悲しみを表すダンサーからはプラスチックのような孤独感と共に生命の繊細さも感じられる。
「捨てられた庭」は不動の中に動きの中に欲動をみることができるが欲望は感じられない。 まさに取り残されたモノを愛する者にみえる。
正月早々だが緊張感の漂う3舞台だった。
*CoRichサイト、https://stage.corich.jp/stage/88556
*2018.1.9追記. 劇場で和栗由紀夫が昨年10月に亡くなったことを聞く。 黒沢美香も昨年末に亡くなっている。 彼女の12月追悼公演に行こうとしたがチケットが取れなかった。 ダンサーは無精者が多いから早死にするのではないか。 二人はこれからも期待していたので残念でならない。

2018年1月8日月曜日

■J:ビヨンド・フラメンコ

■監督:カルロス・サウラ,出演:サラ・バラス,カニサレス,カルロス・ヌニェス,ミゲル・アンヘル・ベルナ
■Bunkamura・ルシネマ,2018.11.25-(スペイン,2016年作品)
■映画を観た後にタイトルの意味が分かりました。 JとはJOTAの頭文字でホタと読む。 ホタはスペインのサラバンド、ボレロなどの古典舞踊やアンダルシア地方のフラメンコとならんでアラゴン地方で生まれ育った民族音楽舞踊です。 ホタを前面に出さなかったのは日本での知名度が低いので映画来場者が少なくなるからでしょう。
少年少女がホタの練習をしている場面から始まるが、その後は終幕までホタのメドレーで構成されています。 演奏や歌や踊りの「ホタづくし」で嬉しいのですが疲れました。 スペインの人々なら時代や生活を思い出せるので楽しめられるはずです。 日本人が演歌などの歌謡曲を聞いている感じかもしれない。
監督カルロス・サウラの作品ですが以前みた「フラメンコ、フラメンコ」に作り方が似ています。 どちらも構成や編集は単純平凡で出来が良くない。 「ドン・ジョヴァンニ」も惜しい作品でした。 素人のような監督ですね。
*作品サイト、http://j-beyond-flamenco.com/

2018年1月7日日曜日