2019年12月25日水曜日

■2019年舞台ベスト10

トロンプ・ルイユ
  演出:野木萌葱,劇団:パラドックス定数
なのはな
  演出:倉田淳,劇団:スタジオライフ
恐るべき子供たち
  演出:白井晃,出演:南沢奈央ほか
シベリアへ!シベリアへ!シベリアへ!
  演出:三浦基,劇団:地点
実験浄瑠璃劇,毛皮のマリー
  演出:加納幸和,劇団:花組芝居
ジャンxKeitaの隊長退屈男
  演出:ジャン・ランベール=ヴィルド,出演:三島景太
怪人二十面相
  演出:山口茜,劇団:サファリ・P
あつい胸さわぎ
  演出:横山拓也,劇団:iaku
寿歌
  演出:宮城聰,劇団:SPAC
冒した者
  演出:野村眞人,劇団:速度

*並びは上演日順。 当ブログに書かれた作品から選出。 映画(映像)は除く。
*「2018年舞台ベスト10

2019年12月24日火曜日

■タージマハルの衛兵

■作:ラジヴ.ジョセフ,翻訳:小田島創志,演出:小川絵梨子,出演:成河,亀田佳明
■新国立劇場.小劇場.2019.12.7-23
■芝居を観たあと、タージマハルについて知らなかったので調べてみる。 ・・美しい墓廟は色が移り変わると言われているらしい。 二人が振り返った場面で舞台照明も虹色にしたら映えたんじゃないかしら?
職人の数2万人は史実で工匠の両手を切断したのは伝え話だったのね。 実は舞台では両手を切断する王の心がよく分からなかった。 工匠が王妃を慕っていたことが理由らしい。 でも台詞に無かったはずよ。 採用したら芝居はぐっと盛り上がったと思う。 それが王の身勝手な行動にみえて「個と全体、優先されるのは・・?」の選択が色あせてしまった。
しかし両手を切断する現場をここまで見せるのか!? ウウッと戻したくなるような凄惨な場面だった。 血の池をみると思考が停止してしまう。 逆に森から受ける自然の深さは感じられた。 二人が子供時代に森の中に小屋をつくっていたけど男の子定番の遊び、作者も作ったはずよ。 またSF的な話をするのも変わっていたわね。 エアロプラットやホワイトホールのような穴のことなどを次から次へと喋り続ける。 別世界を同時に舞台に乗せている。 面白い作者だわ。
ところで衛兵の成河と亀田佳明は力強い演技で切れがあった。 衛兵も兵隊ということね。
*NNTTドラマ2019シーズン作品
*劇場サイト、https://www.nntt.jac.go.jp/play/guards_at_the_taj/
*「このブログを検索」に入れる語句は、 小川絵梨子

2019年12月23日月曜日

■どん底、

■作:マキシム.ゴーリキー,演出:レオニード.アニシモフ,翻訳:遠坂創三,尺八:大内田淳,出演:麻田枝里,安部健,池野上眞理ほか,東京ノーヴイ.レパートリーシアター
■梅若能楽院会館,2019.12.22
■2018年上演の「チェーホフ桜の園より」が面白かったので再び会館へ足を運んだ。 能に似た変わった芝居だったからである。 
舞台には何も置いていない。 地謡座には尺八と太鼓のみ。 衣装から役者は江戸時代の庶民にみえる。 下町長屋の住民という設定らしい。 衣装にはいつも驚かされる。 今回の「どん底」は能より狂言に近い。 狂言を取り入れた現代演劇と言ってよい。
役者は橋掛や切戸口から出入りし、舞台では静止に近い状態で立っている座っている場面が多い。 感情を強く表す時もあるが科白は高揚が少なくゆっくり喋る。 言葉が澄み切って聞こえてくるのが素晴らしい。 また、この定速度の舞台が時として劇的に作用するのが面白い。 これでゴーリキーの言いたいことがはっきりと伝わってくる。 巡礼者ルカが去り<真実>についての議論に花咲かせたあとに役者の自殺で幕になる。 「・・真実は自由人の宗教だ!・・俺たちのような自由に程遠い人間には嘘も大いに必要」。 <真実>は等しく得ることができないが、その材料の一つ<事実>もそうなりつつある。 フェイクの奥深さを考えさせられる作品である。 騒がしい「どん底」はよく観るが、この舞台は静かな「どん底」だった。 騒がしさは内に秘めていた。 能や狂言を取り入れて能舞台で上演する現代演劇は今回も裏切らなかった。
*レパートリー夢の祭典2019作品
*CoRichイト、https://stage.corich.jp/stage/102751

2019年12月22日日曜日

■青い鳥

■作:モーリス.メーテルリンク,翻訳:堀口大學,構成.演出:岩澤哲野,出演:大蔵麻月,大橋悠太,緒方壮哉ほか,劇団:libido
■こまばアゴラ劇場,2019.12.19-22
■子供向け舞台にみえる。 影絵や動物画、積み木のようなダンボールを使った美術、科白や演技のすべてが素直だからです。 「死んだ人を見たことがあるか?」。 子供の冒険の入り口です。 観客席に子供がいないのは勿体ない。
台詞に死という言葉が多い作品ですね。 祖父母などを例に<思い出す>ことは人生で大切な行為だと言っている。 死は思い出の中にある。 死と対にある誕生で前世の話を後から否定しているのは作者も固すぎたと考えたからでしょう。
演出メモに「・・夜の御殿に青い鳥がいた(のかもしれない)」と書いてあるが、いたようにはみえないで終幕になってしまった。 肝心なことを見過ごしたのかもしれない。 コンパクトで締まりがあったが、目玉のないような舞台でした。
*劇場サイト、http://www.komaba-agora.com/play/8512

2019年12月21日土曜日

■常陸坊海尊 HITACHIBOU KAISON

■作:秋元松代,演出:長塚圭史,音楽:田中知之,出演:白石加代子,中村ゆり,平埜生成,尾上寛之ほか
■神奈川芸術劇場.ホール,2019.12.7-22
■「源義経の家来常陸坊海尊は「衣川の戦い」で主人を見捨て逃亡し、その後不老不死となり400年以上を生きて源平合戦を人々に語り聞かせた・・」とある。 これだけでもウキウキしてくる。 はたして・・、息をするのも忘れるほどのストーリーだった。
昭和20年、疎開児童たちが海尊の妻と称する御婆と孫娘雪乃の神隠しに遭ってしまう。 それから16年後、児童の一人が神隠しにあった友達に会いに行く・・。 という話である。
海尊がなぜ衣川の戦場で逃げたのか? それは怖かったからだと本人が語る。 拍子抜けの答えだが人として真っ当でもある。 琵琶を弾きながら登場する海尊はどこか神経質だ。 罪より恥を背負っているとでも言おうか。 次に海尊は日本軍兵士になって戦争の醜さを語る。 最初と違う役者だ。 海尊の魂は時代に見合った肉体に乗り移りながら数百年を生きながらえているようだ。 終幕に青年の啓太が海尊になることで分かる。
後半に入り驚きの展開を目にする。 魔性となった美しい雪乃は近づいた男たち、啓太や氏子を次々と餌食にしているのだ。 啓太を訪ねた疎開先の友だった豊も危うく彼女に囚われそうになる。 「高野聖」の世界を思わず浮かべてしまった。
予期せぬ名前、泉鏡花が浮かび混乱してしまった。 海尊とは何者なのか? 4人の海尊が登場したが統一感が無い。 「高野聖」との違いは、<母の性=聖母>は御婆で<女の性=魔性>は雪乃という二人に分かれたことだろう。 疎開友達の啓太と豊は二つの性に遭遇したのだが・・、この話は海尊から外れる。 そして啓太は何故海尊にならなければいけないのか? 腑に落ちるところもあるが、疑問が一杯の舞台だ。 しかし人の業が絡み合ってできている物語だ。 ・・疑問はそのまま持っていることにしよう。
ところで疎開先の子供たちの演技が淡々としていてとても良かった。 それとバスガイドは笑ってしまった。  方言は理解できなくてもどういう訳か分かるのが面白い。
*劇場サイト、https://www.kaat.jp/d/kaison
*「このブログを検索」に入れる語句は、 長塚圭史、 白石加代子

2019年12月19日木曜日

■少女都市からの呼び声

■作:唐十郎,演出:小林七緒,音楽:諏訪創,振付:スズキ拓朗,プロデューサー:流山児祥,出演:山下直哉,原田理央,井村タカオ,山丸莉菜ほか
■SPACE早稲田,2019.12.6-18
■作品の粗筋はすっかり忘れていた。 でも舞台が始まると記憶より先に懐かしさがやってきたわよ。 「少女仮面」と姉妹のような作品にみえる。 それは氷の帝国へ、そして満州へと繋がっていくから。 そこにガラスの世界がきっとある。
唐十郎が少年期にみた風景が至る所に散らばっている。 しかも舞台は作者世界の荒々しさが出ていた。 演出家にパワーの有るのが分かる。 歌唱や振付は巧過ぎて唐世界から外れてしまっていたけどね。 でも50年の時が混ざり合っている面白さはあった。 田口の指を一本ずつ切り落とす血が妹雪子のガラスの身体に机にベッタリと付いていくのを見ると眩暈がおそってくる。 そしてガラスを擦り付ける金属音はダメ押し! ガラスの子宮と血は交われない。 
舞台に緞帳が掛かっていて幕間で繰り広げる寸劇は紙芝居を意識しているはず。 異化効果と次に何が起こるかのドキドキ感を狙っていると思うの。 そして汚れの目立つ地下にある小さなこの劇場が作品に見事合致していたことを付け加えておくわね。 この春に観た「風の又三郎」に違和感があったのは劇場が合わなかったということかな、たぶん。 ということで、今年一番の唐十郎世界に浸れた舞台だった。 楽しかったわよ。
*新進演劇人育成公演俳優部門作品
*CoRichサイト、https://stage.corich.jp/stage/104860

2019年12月17日火曜日

■リタとリコ、セチュアンの善人より

■原案:ベルトルト.ブレヒト,構成.演出.台本:渡辺敬彦,台本協力:守山真利恵,出演:山本実幸,泉陽二,大内智美ほか,劇団:SPAC
■静岡芸術劇場,2019.12.14-22
■主人公の名前が面白い。 それはリタとリコ、直ぐには由来が分からなかったけど、物語の方向を指し示している。 舞台の上のリタもリコも言葉数が少ない。 科白の間の空白で二人の表裏差が熟され観ているリズムにうまく入り込んでくるの。 少ない科白量と空白が観客に咀嚼されて物語世界が広がっていく。
このリズムが舞台美術と共鳴しているのが素晴らしい。 黒を基調とした少ないモノが科白に結び付いていくから。 男根の鼻を持つリコたち、唯一赤い色のバラをつけるリタの姿は傑作だわ。 リコに変身するコートと帽子も素敵よ。 ビードルズを含め選曲も良し。
「生れてくる赤ん坊のためにリタでいたい」。 リタとリコという対決を越えたリタの心の有様だと思う。 この言葉で観客も対立を解消するその先を確信できる。 浄土宗系の他力本願や悪人正機も考えながら観てしまった。
*「・・利他主義と利己主義からリタとリコを思いついた」(演出家インタビューより)
*SPAC秋シーズン2019作品
*劇場サイト、https://spac.or.jp/au2019-sp2020/rita_and_rico_2019
*「このブログを検索」に入れる語句は、 ブレヒト

2019年12月16日月曜日

■サド侯爵夫人(第二幕)

■作:三島由紀夫,演出:鈴木忠志,出演:佐藤ジョンソンあき,齊藤真紀,木山はるか,内藤千恵子,加藤雅治,劇団:SCOT
■吉祥寺シアター,2019.12.13-21
■非日常からやって来た役者の身体や声が己自身の中に緊張とカタルシスを生じさせます。 80分間切れ目なく続いていく舞台の力に圧倒される。 まさに至福の時間でした。 舞台に流れる時間は一瞬に空間へと変換され感動の総てが詰め込まれていくかのようです。 変換装置こそ演出家が編み出した様式という器かもしれない。
終演後に鈴木忠志が観客からの質問に答えるアフタートークを聞く。 配布資料にもあったがこれはヤクザを意識して作ったらしい。 サン・フォン伯爵夫人がモントルイユ一家に押し掛ける姿はまるでヤクザですね。 「藤圭子や高倉健を思い描いてくれ・・」。 ヤクザ大好き!な三島由紀夫に近づくのも容易になります。
人間精神の奥底にある差別(と言ってよいのか?)を論じているこの作品が今も時代と共に走り続けている所以でもある。 サド侯爵夫人ルネもサン・フォン夫人もサド侯爵を認めていくが法と正義の使者モントルイユ夫人はそうはいかない。 宗教そして道徳と性、法と正義、愛と孤独・・、これらを遠近射程に入れながら喋る続ける三夫人の姿から他者を受け入れるとは何であるのかを深く考えさせられました。
*劇場サイト、http://www.musashino-culture.or.jp/k_theatre/eventinfo/2019/11/scot-4.html
*「このブログを検索」に入れる語句は、 鈴木忠志

2019年12月12日木曜日

■半変身

■原案:村田沙耶香,松井周,演出:松井周,出演:金子岳憲,三村和敬,大鶴美仁音,安蘭けい他
■東京芸術劇場.シアターイースト,2019.11.29-12.11
■・・「ナニコレ!?」、・・「ナニコレ!?」、・・!? ストーリー展開が非連続めいています。 離島らしき村落共同体で死んだ人間が生き返るという奇妙な事件が、ゲノムから生殖へ、神話から神へ、人間からイルカへと、科学と宗教とSFを絡み合わせていく荒唐無稽な民俗学的ストーリーだからです。
ハチャメチャなストーリーは面白いのですが役者が戯曲を越えられない。 科白に説明が多いからでしょう。 ポーポー神を紙芝居にする場面にもそれが現れている。 終幕に神の子ボーボーの肉を村民が食う場面でやっと演劇の面目が保たれました。
売り場に「文学界」1月号が置いてあった。 戯曲を読んでみたい衝動にかられます。 でも「観たら読むな、読んだら観るな」が当てはまる作品のようです。 驚き「ナニコレ!?」をそのまま残しておく方が今回は楽しいはずです。
*劇場サイト、https://www.geigeki.jp/performance/theater226/
*「このブログを検索」に入れる語句は、 松井周

2019年12月9日月曜日

■冒した者2019

■原作:三好十郎,構成・演出:野村眞人,出演:稲森明日香,井上和也,神田真直ほか,劇団速度
■こまばアゴラ劇場,2019.12.5-8
■床がなんと!粘土でできている。 水や砂は見たことがあるが粘土は初めてだ。 それを床に投げつけるとネチッと貼り付く音がする。 身体に擦り付けると肉体がボロボロと崩れていくようだ。 そして粘土でできた卓袱台は寄りかかると傾き潰れていく・・。
共同炊事、進駐軍、売血、ドル(紙幣)・・、激しく発声する断片化した科白から戦後が落ち着く1950年頃だと分かる。 妻の「あなた!」という夫への言葉が当時の家族風景を呼び寄せる。 息を吸い込み止めている身体も吃音のような発声も粘土の塊のように硬直し科白に同期していく。 これは舞踏的演劇に近い。 錬肉工房や転形劇場の幾つかの場面を思い出してしまった。
「三好十郎を知っているか?」。 今日の舞台で三好十郎がやっと見えた感じだ。 原作は読んだことはないが舞台は何度か観ている。 演出家が言う「オートマティズムへの警鐘」も科白から読み取れる。 それよりも戦後の未だ高度成長を知らない時代の何とも言えない空気感が巧く漂っていた。 粘土をちぎって叩きつけるような科白と身体が劇的さを伴って三好十郎を生き返らせた。
*劇場サイト、http://www.komaba-agora.com/play/8507

2019年12月6日金曜日

■ミー・アット・ザ・ズー Me at the zoo

■作・演出:山崎彬,音楽:岡田太郎ほか,出演:藤原祐規,日比美思,山崎彬ほか,劇団:悪い芝居
■シアタートラム,2019.12.4-8
■初めて観る劇団です。 関西弁(?)だと人間関係が粘っちくて凄みがでますね。 生演奏が迫力を増します。 出足の科白や動き、美術や照明は良かった。 思わず隅々まで凝視しました。 お笑いコンビ「孤村ニューイヤー」の笑いに勝負を賭ける姿も関西劇団ならではの舞台にみえる。 でも方言だと微妙な言葉を取り逃がすことがあるので追うのが大変です。 これで観客の多くは笑えないのかもしれない。
お笑い芸人孤村新年の妹である主人公孤村直が動物園に就職し後半は園内に住み込んでしまう話です。 彼女は動物を見るのが好きなのです。 それは動物を見る、動物から見られるという行為が対等だからでしょう。 そこには(他者の)視線が発生しない。 彼女の行動に頷けます。
実は物語の前から園内に住み込んでいる男が登場する。 その男、午後松本人と直の兄である新年が事件を起こしてしまう。 これが後半に展開するのですが何が言いたいのか分からなくなってしまった。 テンションは高いが物語が平均化されてしまったからです。 演出家は張りきり過ぎたのではないでしょうか? でも2時間の長さを気にしないで面白く観ることができた。 役者たちの粘りの巧さだと思います。
*シアタートラム ネクスト.ジェネレーションvol.12作品
*悪い芝居vol.25作品
*劇場サイト、https://setagaya-pt.jp/performances/next12.html

2019年12月2日月曜日

■ベートーヴェン・ソナタ

■演出:中村恩恵,出演:福岡雄大,米沢唯,小野絢子,井澤駿,本島美和,首藤康之,新国立劇場バレエ団
■新国立劇場.中劇場,2019.11.30-12.1
■ベートーヴェンがダンサー達を引き連れてやってきた! 音楽から踊りが生まれ舞いの中にベートヴェンの人生がみえてくる作品だ。
「レクイエム」「春」は少し混乱したがベートーヴェンとジュリエッタのアダージョ「月光」で舞台に入っていくことができた。 ベートーヴェンは二人一役らしい。 福岡雄大と首藤康之。 アントニエとの「ラズモフスキ第一番」も素晴らしかった。 新国バレエ団ダンサー達は修飾しない身体動作を心得ている。 「第一番」の小野絢子はこれが効いていた。 福岡雄大も際立っていたがもう少し修飾してもよい。 首藤康之との存在感の違いが面白い。
二幕は「ピアノ・ソナタ第31番」のヨハンナが印象に残る。 ルードヴィヒの語りを再び挿入すれば全体の均衡がとれて更に良くなったはず。 そして「弦楽四重奏曲第15番」のレコード針の音が残りながら幕が下りる。
「(音楽と)舞踊でベートーヴェンの伝記的な軌跡をなぞった・・」(演出家)。 誰でも知っている曲と振付を混ぜ合わせ物語を現前させていく上手さは申し分ない。 コンテンポラリからバレエまでの幅広さが楽しい。 シンプルな衣装の変化も演出家の好みがみえる。
この舞台は先に記した3人の女性が重要な役割を果たしたと思う。 モテモテのベートーヴェンだ。 しかも彼は物語に強い。 観客も色々な見方ができる舞台だった。 12月に入り「合唱付き」が聴けたのは嬉しい御負け。
*NNTTダンス2019シーズン作品
*劇場サイト、https://www.nntt.jac.go.jp/dance/beethovensonata/
*「このブログを検索」に入れる語句は、 中村恩恵

2019年12月1日日曜日

■くるみ割り人形

■音楽:P.I.チャイコフスキー,演出:熊川哲也,出演:杉野彗,中村祥子,遅沢佑介,吉田このみ,バレエ団:K-BALLET COMPANY
■恵比寿ガーデンシネマ,2019.11.29-12.12(オーチャードホール,2018.12.6収録)
■この作品を観るとクリスマが近づいたことを知るの。 コンパクトで濃縮感ある舞台だった。 そのまま満足感の上昇に繋がる。
一幕の雪国は舞台が見えなくなるほどの大雪!? 背景の山々から寒波が下りて来ていた。 次幕での温かさが感じられる人形王国は舞台が少し狭くみえる。 日本人ダンサーは身長が低いからちょうど良いかもね。 でもマリー姫中村祥子と王子遅沢佑介は体格も動きもどっしりしているから舞台からはみ出しそう。 これが濃縮感の元になっているらしい。 日本のバレエ舞台の欠点を解消している。 それはバレエ団の特長を発揮したことになる。 さて、人形達から元気を貰ったから12月も走り回れそうだわ。 
*バレエ団サイト、http://www.k-ballet.co.jp/news/201908/30_1.html
*「このブログを検索」に入れる語句は、 熊川哲也