2014年8月31日日曜日

■コリオレイナス

■作:W・シェイクスピア,演出:三浦基,音楽:櫻井圭介,劇団:地点
■あうるすぽっと,2014.8.28-31
■公演チラシが4種類もあるの。 少しずつ違う内容よ。 よほど力を入れているということかしら?
なんとコリオレイナスは深編笠を被って虚無僧姿で登場! 尺八の代わりにフランスパンを持っている! 服の素材はデニムのようね。 しかも草履ではなく大工の足袋靴。 コロスも似たような衣装で、深編笠はなく仮面を手に持って時々顔に当てているの。
この作品は何回か観ているけどシェイクスピアの中では面白いとは思わない。 4月にジョシィ・ルーク演出のナショナル・シアターを見逃してしまったのは今から思うと残念ね。
舞台は動作や喋り方に地点の特徴が出ていたけどいつもより生真面目に作られている。 本場ロンドン・グローブ座の依頼のため固くなってしまったのかしら? いつものリズムに共鳴が起きない。 シェイクスピアが持っているリズムもちょっと違うのかもしれない。 ロンドン公演時の白黒写真だけど衣装も舞台にマッチしていたようね。 ロンドンで観たかったわ。
*劇場サイト、https://www.owlspot.jp/old/performance/140828.html

2014年8月30日土曜日

■妥協点P

■作・演出:柴田幸男,出演:劇団うりんこ
■こまばアゴラ劇場,2014.8.27-31
高校時代を背景にした舞台は何時観ても楽しいですね。 文化祭だと尚更です。 舞台は演劇部のようです。 生徒の書いた台本が先生と生徒の恋愛ものらしい。 これで先生たちの議論が紛糾し喧々囂々になる話です。
先生同士も生徒も自分の考えを押し通します。 先生同士の議論は白熱化していくが、逆に書いた生徒は押し黙ったままです。 この動と静の差が面白い。 そして何度も台本を書換える場面の飛ばし方も面白い。 物語の芝居と観ている芝居との関係がほんの少しですが混ざるのもいいですね。 同僚の熊楠先生も前生徒と結婚しているのですが、妻の容姿等で結婚生活は妥協の産物である(?)という科白が効いていました。
しかし題名の「妥協点」とは程遠い議論です。 社会でいう妥協点と人生の妥協点の違いかもしれない。 この芝居は前者から後者に移っていきます。 終幕、山縣先生と生徒の関係も話題にのぼります。 最後に生徒が喋る内容を掴み損ねました。 今までのリズムと違うからです。 ここは丁寧に表現して欲しかったですね。 他の観客は理解できたのでしょうか? 芝居が中途半端になった感がします。

2014年8月26日火曜日

■INFANT2

■演出:清水信臣,出演:劇団解体社
■左内坂スタジオ,2014.8.22-9.7
■池田小学校事件や土浦連続殺傷事件が話題にのぼる。 犯人は自ら死刑を望んだとされている。 舞台は6場面に分かれるが連続性は弱い。 途中2場面はアメリカの役者が登場して詩の朗読をする。 残りは刑務所内での出来事などを繋げている。
観ていても事件の何に比重を置いているのかよくわからなかった。 犯人の動機なども語っているが、裁判や死刑制度を論じているようにもみえる。 このため役者のもがき苦しむ理由が定まらない。 科白(言葉)と役者の肉体が一致しないのだ。 宙吊りのまま問い続けているようにみえる。 こういう芝居はシンドイ。 
チラシを見るとベンヤミンの「暴力批判論」が引用されていた。 殺人犯人に正当化を見いだせたら国家と対等になれる。 しかし私的な殺人も国家の殺人も正当化の根拠など無い。 そして国家は殺人の特権を手放したら体を成さない。 台詞と役者とベンヤミンを一生懸命繋ぎ合わせる作業が入る芝居であった。
*チラシ、http://stage.corich.jp/img_stage/l/stage39295_1.jpg?1408920540

2014年8月25日月曜日

■海との対話

■脚本・演出:フランソワ・シャファン,出演:東京演劇集団風,マントゥール劇場
■レパートリーシアターKAZE,2014.8.20-24 
■舞台は数枚の半透明板を下げて前と奥に分かれています。 奥では役者達が出番の準備や演奏など本番の支援をします。
舞台がどこからか?始まりがいつからか?・・混沌としています。 ピータブルックや太陽劇団の影響が有るのかもしれませんが、より徹底しています。 これだけ<ハッキリした混沌>は珍しいでしょう。
三人称単数で呼んでいるモノが脳だとわかったのは少し経ってからです。 精神と物質を分離した科白が多い。 骸骨を持って役者が登場した時、ずっと抱えていたマリオネットの謎が解けた感じがしました。 マリオネットとは二元論の成果です。
そして後半なぜ「海との対話」なのかもわかりました。 人の体の65%は水からできているからです。 人類は海を背負って陸に上った! 人は陸で生活し始めても海は捨てなかったと言うことですね。 そして時間の捉え方も厳しい。
とてもしっかりした二元論で覆われています。 日本人だけで作ったら腑抜けになるでしょう。 西欧の底力が見えた舞台でした。 多分フランスでの上演では観客は盛り上がったでしょうね。 観客への控えめな挑発が何度かあったからです。 この点日本の観客は静か過ぎます。 ともかく騒がしさのある舞台で楽しかったです。
*チラシ、http://stage.corich.jp/img_stage/l/stage45495_1.jpg?1408920165

2014年8月23日土曜日

■リア王

■作:W・シェイクスピア,演出:S・メンデス,出演:S・R・ビール,S・ボクサ,T・ブルック
■日本橋東宝,2014.8.22-27
■科白量の多さからやっぱり本場ね。 でも翻訳は熟れていないみたい。 字幕を凝視してしまう箇所があったからよ。
そしてリアは自分だけの世界を作り過ぎている。 レビー小体型認知症のような知識を演技に取り込んでいるから偏ってしまったの。 後半のカラダを掻く動作も気が散ってしまう。 演出家が求めていた「全てを失う」ことは上手く表現されていたけど、逆に役者間の決定的な結び付きが弱い。
演出家の映画作品「スカイフォール」「ロード・トゥ・パーディション」「アメリカン・ビューティ」もイマイチだった。 舞台もこの延長かしら? 作品は程々に出来上がっているから悪くはないけど、シェイクスピアとNTの歴史に守られているだけにみえる。 あのハキハキした歩き方・立姿・喋る姿勢などにね。
軍隊を今風に登場させるのも新鮮味が無い。 というより現代に設定する理由が見当たらなかったということね。 費用をおさえることはできるけど。 でも彼メンデスは映画と比較したら舞台のほうがずっと似合っている。 もっと舞台に集中すべきね。
*NTLナショナル.シアター.ライブ作品

2014年8月17日日曜日

■密会

■作:大竹野正典,演出:日澤雄介,出演:稲荷卓央,清水直子,岡本篤
■ザスズナリ,2014.8.14-18
■幕開きのシーンが再び終幕にも繰り返される。 男1が殺人を実行に移す場面である。 そして舞台のすべてが殺人迄の過程をフラッシュバックのように物語っていく。 断片を寄せ集めたような構成である。 場面の非連続な切替が印象的である。  映画の技法を採用しているようだ。
男1は就職で躓いている。 被害妄想も強い。 そして最後は殺人を犯すストーリだが、どうも戴けない。 職が得られない辛さは伝わるが、殺人に結びつく演劇的感動が迫ってこないからである。
作者も「事件」を題材にすることの困難さをチラシで言っている。 「言葉を重ねていった果てに現出する世界がどれほど不条理で不可解なのか・・」。 一つの不条理劇にしたいようだ。
この芝居に欠けているのは存在の不思議さだと思う。 男2(藤井びん)、男4(岡本篤)はこれを気にしていたようにみえた。 しかし男1(稲荷卓央)はこれを気にかけない。 就職と被害妄想という、世界への対応と言葉の応酬が優先されすぎたからである。 存在の辛さを表現できれば演劇的感動に近づけたかもしれない。

2014年8月13日水曜日

■インザマッド(ただし太陽の下)

■作・演出:山本卓卓、劇団:範宙遊泳
■こまばアゴラ劇場、2014.8.10-17
http://stage.corich.jp/img_stage/l/stage44702_1.jpg?1408963995
■シンプルな現代美術をみているような舞台です。 照明は原色に近く、床や背景はゴムのように伸び縮みする布を利用しています。 人物の影を効果的に使い何もない舞台に深みを出しています。 役者も全身を動かしながら台詞を喋ります。 対話の相手の言葉が文字になって背景に映し出されるのも携帯文化を取り入れていて面白いですね。
スポーツ試合で日本が負けるところから始まります。 事故で亡くなった選手の妻、そして一組の恋人と歌手との三角関係、この二つが物語の流れです。
スポーツ試合が前面に出ていましたがいつのまにか背後に退き男女間の話が中心になります。 この話は日常的ですが美術と同じシンプルで詩的さがあります。
時々引用の科白?が入りますが「命の残照」?とか難しい言葉なのでこの日常と溶け込みません。 スポーツ試合から終盤の戦争の話へ繋げる流れも抽象的で突飛です。 社会背景と男女間の話が上手くドッキングされていないようにみえました。 でも歌手のポケットの話はシックリ合っていました。
台詞の文字を映し出すことで発生する特有のリズムや舞台を客観視できる面白さが有ります。 しかし文字による限界も見えてくる芝居でした。

2014年8月2日土曜日

■ハムレット

■作:W・シェイクスピア,演出:杉原邦生,出演:プロデュース公演カンパニKUNIO
■あうるすぽっと,2014.8.1-3
■舞台のど真ん中に「THEATER」の看板がぶら下がっている。 素直に劇場と訳したが、芝居を見ている途中で「ここは劇場で芝居を観ているんだ!」と意識してしまった。 この意識が舞台に複雑な影響を及ぼしているのがわかる。
分かり易いハムレットだ。 それは叔父クローディアスを現代的な言葉で必要以上に非難するからである。 例えば不倫というセリフが何度もでてくる。 ハムレットの迷いもこれに集約していく。 ターゲットが明確に表現されている舞台にみえる。 このため決定的な旅芸人一座の場面も力が入っている。 この劇中劇でも「THEATER」の文字を強く意識してしまった。
舞台は客席に向かって傾きのある床面である。 この形は役者が「異次元からやってくる」雰囲気を出せる。 そして役者の身体も傾くため瞬発力を出すことができる。 面白い芝居だった。
ところで王妃ガードルードはクローディアスにもハムレットにも心を開いていないようにみえた。 そのため影が薄い。 またホレイショはハムレットに素直過ぎる。 ハムレットの棒読みに近いセリフ読みは「THEATER」の看板に呼応しているようで気に掛からなかった。