2016年12月31日土曜日

■2016年舞台ベスト10

城塞
  演出:眞鍋卓嗣,劇団:俳優座
黒蜥蜴
  演出:宮城聰,劇団:SPAC
カルメン
  演出:金森穣,舞団:Noism
イェヌーファ
  演出:クリストフ.ロイ,指揮:トマーシュ.ハヌス
安全区、堀田善衛「時間」より
  演出:獄本あゆ美,出演:メメントC
夢の劇、ドリーム・プレイ
  演出:白井晃,台本:長塚圭史,振付:森山開次
887
  演出・出演:ロベール.ルパージュ
Cross Transit
  演出:北村明子,ドラマトゥルク:キム.ハク,音楽:横山裕章
Woodcutters伐採
  演出:クリスチャン・ルパ
治天ノ君
  演出:日澤雄介,出演:劇団チョコレートケーキ

*並びは上演日順。 選出範囲は当ブログに書かれた作品。 映像と美術は除く。
「2015年舞台ベスト10」

2016年12月30日金曜日

■4センチメートル

■演出:詩森ろば,作曲・演奏:後藤浩明,劇団:風琴工房
■ザスズナリ,2016.12.21-29
■スズナリの舞台に登場する工場は下町零細企業で主人公は悲運な結末を向かえることが多い。 しかし今日は違った。
巨大自動車工場で主人公は当設計部門に勤めている。 車椅子をそのまま乗せられる車を作りたい! その為には車高を4センチメートル増やす必要がある。 設計や製造部門の同僚や上司へ説得を続けるが簡単に事は運ばない。 しかし一つ一つ問題を解決し最後に目標を達成する話である。
まとまっている舞台である。 歌唱もあり歌詞もストーリーに溶け合っている。 車椅子と自動車の問題点も納得がいく。 社内会議やプレゼンテーションも定性的だが違和感は無い。 企業の社会的立場への提言も分かり易い。
演出家は知的障害者ボランティア活動をしていたらしい。 これも説得力ある流れに繋がっているのだろう。 楽日で超満員の客席は身動きがとれない。 今年最後の観劇だが楽しい舞台で終わらせることができて嬉しい。
*作品サイト、http://www.windyharp.org/yon/

2016年12月27日火曜日

■ルーツ

■脚本:松井周,演出・美術:杉原邦生
■神奈川芸術劇場・大スタジオ,2016.12.17-26
■インフルエンザの流行で公演中止か!? いや大丈夫でした。 でも先日の「キネマと恋人」は払戻になってしまった。 今年はインフルの当たり年ですかね。
大スタジオの端まで使い切った舞台は目に入りきらない。 道や建物の多くは黒系スチールパイプで組み立ててある。 下手のコンビニだけは写実的です。
忘れられた集落に生物学者が古細菌研究のため新しく住み込もうとする。 研究者小野寺は言う。 「古細菌を調べれば人類のルーツがわかる・・」と。 住民は昔からの生活を守る為、彼を共同体に迎えるかどうか儀式で試す。 集落の女が生んだ、誰が父親かわからない子をカミとして祀りあげるのがそれだ。 <誰の子かわからないようにする>を積み上げてルーツの深層構造を作る。 これが表の天皇制から裏の部落問題まで日本の<忘れられた構造>に近づける鍵かもしれない。 しかも小野寺の古細菌調査は<誰の子かわかるようにする>研究です。 この真逆な二つがあからさまに対決するのは共同体が弱くなっている証拠でしょう。 しかし二つの絡み合いをスタッフは無関心でいる。 文化人類学や民俗学から抜け出たようなキャラが賑やかすぎてルーツへ向かうベクトルが見えなくなってしまった。
*劇場サイト、http://www.kaat.jp/d/roots

2016年12月24日土曜日

■ミラノ・スカラ座、魅惑の神殿

■監督:L・ルチーニ,出演:R・ムーティ,D・バレンボイル,マリア・カラス,P・ドミンゴ,L・ヴィスコンティ
■Bunkamura・ルシネマ,2016.12.23-(2015年作品)
■「昼は閉ざされているようにみえる、・・中に入らないと謎が解けない」。 前を通るときはいつも閉ざされているの。 「スカラ座は大きい、ピットも広い、・・舞台に立つと客席には陰謀めいた雰囲気があり緊張する」。 うーん、歌手は不安になりそう。 「場内の通路を歩いていると過去の芸術家の生きている気配が・・」。 なんという通路! 狭くて天井角に丸みがあり小さなシャンデリア風電灯がところどころに配置され表面が肌色で統一されている通路は何かが出てきそう。 「ドゥオーモつまり教会と対峙している・・」。 歴史と伝統以上の何ものかと向き合っているのね。 「ピットに立つと指揮者は謙虚になり、演奏者に歌手に舞台に教えられる」。 指揮者も大変。 「廃墟の1946年5月、まずは劇場を建てよう」。 ミラノ市民に拍手。
12月7日シーズン初日までの数個月間を追ったドキュメント映画よ。 過去の歌手や指揮者や演出家の名前が沢山登場して詰め込め過ぎの感があるわね。 でも関係者からみると外せない名前ばかり。 さすが芸術の殿堂、スカラ座!
*作品サイト、http://milanscala.com/

2016年12月23日金曜日

■亡国の三人姉妹

■原作:A・チェーホフ,翻訳:中田博士,演出:多田淳之介,出演:東京デスロック
■富士見市民文化会館キラリ☆ふじみ・マルチホール,2016.12.21-22
■公園で浮浪者がテントを張って暮らしている。 そのような光景が舞台に広がります。 周囲にはダンボールや生活用品、人形や玩具が散らばっている。 その多くには丸い穴が開いています。
なんと役者たちの話相手が多彩で面食らいました。 役者と人形、人形と人形、役者と玩具、リーディング=朗読、空に向かって・・、もちろん役者同士の対話もあります。
三人姉妹の心模様がハッキリと伝わってきます。 対話が役者同士でないと色々な思いを沢山の言葉で伝えることができるからだと思います。 しかしモノはその場に浮遊しているだけで、人間関係からくる幸せや悲しみのみが抽出され客席に届く。 マイクとスピーカの使い方に雑な場面があったのは残念ですが面白い手法です。 
「100年前のチェーホフから届いた手紙」の返信がこの作品のようです。 三人姉妹の未来を待つ姿は現代人でも同じです。 しかし「姉妹の苦しみは未来の人々の幸せに繋がる」舞台でした。 姉妹と同じ悩みを分かち合えたからです。
*チラシ、http://deathlock.specters.net/files/3shimai_omote.jpg
*2016.12.25追記 「テントはパレスチナ難民キャンプと想定できる」(ASREAD16.11.25)。ナルホド。

2016年12月19日月曜日

■真田丸

■作・脚本:三谷幸喜,演出:木村隆文ほか,出演:堺雅人ほか
■NHKテレビ,2016.1.10-12.18(全50回)
■大河ドラマを毎週観たのは初めてである。 興味のある作品はレンタルでまとめ借りをして一気に観るようにしていた。 昨年この方法で「平清盛」を観たがツルツルした感触が全体を覆っていて面白かった。 最近の「花燃ゆ」「軍師官兵衛」「八重の桜」はみていない。
今年みた理由は以前、NHKスペシャル「大英博物館」でナビゲーターを演じていた堺雅人をみてビビッとくる役者に感じたからである。 しかし「真田丸」では彼の良さが残念ながら出ていない。 口をへの字にして目をまるめ説得しているような喋り方だけでは頂けない。 演出の都合もあったのだろう。 作品にぴたり溶け込んでいたのは真田信之役大泉洋ではないかとおもう。
三谷幸喜の夕刊連載記事は欠かさず読んでいる。 しかし彼の作品・演出では「真田丸」以外観ていない。 記事によると大河ドラマは子供から年寄りまで楽しめないといけない。 これで苦労しているらしい。 佐助の煙幕や火薬などは子供向けだな。 古い大河作品に味があったのは原作がしっかりしていたからだろう。
*作品サイト、http://www.nhk.or.jp/sanadamaru/

2016年12月18日日曜日

■マリア・カラス、伝説のオペラ座ライブ

■指揮:G・セバスチャン,出演:M・カラス*,T・ゴッビJ・マルス,A・ランス
■東京都写真美術館,2016.12.13-17.1.6(パリ・オペラ座ガルニエ宮,1958.12.9収録)
■昨年から上映していたがやっと観ることができた。 マリア・カラスは「ノルマ」「イル・トロヴァトーレ」「セビリアの理髪師」の数場面を歌唱で、後半は「トスカ」二幕を演技でみせてくれたけど言うことなし! 作曲家4人と選曲も満足だわ。 1958年パリ・オペラ座ガルニエ宮レジオンドヌール勲章寄付金公演での収録で半分以上はカットされていたけど十分に堪能できる。 
客席の有名人にも驚きね。 チャーリ・チャプリンはフランス語ができないからインタビューに応じなかったようだけどブリジット・バルドはチラッと写ったわね。 あとジェラール・フィリップも。 入場料が2万フランだと言っていたから当時の40米ドルくらいかしら。 映像はルネ・コティ大統領の到着から客席・舞台裏・ガルニエ宮の内装まで解説入りだからオペラ座に行ってきたような気持ちになってしまった。
*作品サイト、http://callas1958.com/

2016年12月17日土曜日

■銀河鉄道の夜

■作:宮沢賢治,演出:レオニード・アニシモフ,出演:東京ノーヴィ・レパートリーシアタ-
■TNRT劇場,2016.12.15-17
■ジョバンニと出会った人々の死を通して「本当の幸い」が薄暗い照明の中で次第に見えてくる舞台でとても素晴らしかった。 奥行の無い劇場だから大袈裟な台詞や動きはできない。 これも作品を良い方向に動かした。 キリスト教が前面に出ていたけど素直な中身で嫌味がない。 死を見つめる静寂さが響き渡り久しぶりの感動に浸ることができたわ。 終幕カムパネルラの死をジョバンニの再生に繋げる演技が少しでも感じ取れたらより深みが出たとおもう。
*劇団サイト、http://tokyo-novyi.muse.weblife.me/japanese/pg556.html

2016年12月16日金曜日

■かもめ

■原作:A・チェーホフ,演出:三浦基,出演:地点
■吉祥寺シアタ,2016.12.13-17
■会場に入るとニーナが茶と菓子を勧めてくれます。 いいですねえ、ウフフ・・。 舞台は机と椅子が縦一列に並べられ社員食堂のようです。 客席は三方を取り囲んでいる。
トレープレフがアクセントをずらし強調しながらガンガン台詞を喋り続ける。 そして机の上で歩き転げまわる。 他役者は時々科白を言うがほぼ静止の状態です。 ニーナも台詞量は多いのですがトレープレフとは比較になりません。 役者達で奏でる地点独特な身体的ハーモニーとリズムは影を潜める。
この役者間の非対称性のため演劇により近づいた作品になっています。 しかし女優たちの静止している時の存在感の薄さが気にかかる。 男性陣は様になっていた。 女性たちは喋り続ける生き物だからかもしれない等々考えながら観てしまった。
戯曲の中で目立つ事件や行動、科白が強調されているのでかもめのエキスを体験したような観後感が残りました。 「かもめ」を既に観てきた客がその具体と抽象の差異から何かを得ようとしたい舞台にもみえる。 トレープレフの自殺はいつも冷めた驚きがあります。 この舞台は饒舌と沈黙からくる落差が驚きに繋がっていました。
*劇場サイト、http://www.musashino-culture.or.jp/k_theatre/eventinfo/2016/09/post-52.html

2016年12月13日火曜日

2016年12月12日月曜日

■ヘッダ・ガブラー

■作:H・イプセン,演出:A・シェルバン,出演:クルージュ・ナポカ・マジャール劇場
■シアタートラム,2016.12.10-11
■緑色の壁に赤布のソファそして古代ローマ風の門を見ただけで異空間に入り込める。 が、なんと夫テスマンは不真面目で大袈裟なスキンシップを繰り返す。 これが周囲に伝染して道化的態度が舞台に漂う。 観客も迷ってしまうだろう。 レコードプレイヤーの選曲は気に入らないがこの流れを助長している。 だが慣れてきたら以外と面白いし統一感がじわりと出てきたのは流石。
夫テスマンの肉体を昇華したような動きに他役者も呼応しているが妻ガブラは台詞や振付の裏に現実がチラッとみえる。 ガブラの自殺に納得できない理由がこの二人の差かもしれない。 背景を100年後にしたガブラの混乱が原因だろう。 召使ベルテは逆に昇華しすぎて素人に近づいてしまった。 
物語的感動は少ないが欧州演劇の血液が舞台に流れているのを感じる。 そして近年、中欧の劇団を観る機会が多いが独特な劇的さを持っている。 字幕の問題を差し置いても、それは舞台上のあらゆる関係性の硬さから湧き起こる。 この作品もそれを持っている。
第3回東京ミドルシアター・フェスティバル国際演劇祭イプセンの現在参加作品
*演劇祭チラシhttps://setagaya-pt.jp/cms-wp/wp-content/uploads/2016/08/ibusen2016_A4.pdf
劇場サイト、https://setagaya-pt.jp/performances/201612ibsen.html

2016年12月11日日曜日

■ドーレ・ホイヤーに捧ぐ、「人間の激情」「アフェクテ」「エフェクテ」

■振付:D・ホイヤ,S・リンケ
■あうるすぽっと,2016.12.9-11
■上演は3本。 「人間の激情」はホイヤー1962年の作品らしい。 舞台にハンガーラックが置いてありダンサーはそこから衣装を選択していく。 これをみてビビッと記憶が甦った。 帰って記録を開けたら1990年4月にスパイラルホールでスザンネ・リンケを観ていたのだ。 彼女自身踊ったのか忘れたがハンガーラックの使い方は新鮮だったので覚えている。 本日のカーテンコールにリンケ本人が登場した。 会えて嬉しい。
舞台はモノトーンで20世紀前半に戻ったような雰囲気がある。 女性ソロだが手の使い方が印象深く、おおらかでハッキリした振付である。 音楽も単純でダンサーに絡まない。 舞台背後にホイヤー自身の踊る映像が時々流れる。 次の「アフェクテ」(リンケ1988年)は男女間の感情を表しているようだ。 沼地でカエルや鳥の鳴き声、雨音を聞いているような音楽だが最後は戦場の銃声である。 「エフェクテ」(リンケ1991年)はやはりデュオだが空間も衣装も白でダンサーはサングラスを掛けている。 長い金属棒を持ち大きな銀色トランクケースを動かし回す。 ケースから食器などを取り出したりもする。 古いSF系の匂いもする。
モノと身体それに音楽を個々に意識して見ることができた時代の作品である。 複雑に絡み合った今とは違う。 観客の拍手が小さかったのは現代との差を戸惑いとして感じたからだとおもう。 F/T2016参加作品。
*作品サイト、http://www.festival-tokyo.jp/16/program/linke/

2016年12月10日土曜日

■エンターテイナー

■作:J・オズボーン,演出:R・アシュフォード,出演:K・ブラナ,G・グレインジャ,F・ダンスタ
■TOHOシネマズ日本橋,2016.12.9-15(ガリック劇場,2015年?収録)
■作者のインタビュー映像が最初に流れるの。 なぜかというと「怒りを込めて振りかえれ」の作者と同姓同名だから。
時代は1950年代ロンドン、エンターテイナーの主人公ライスとその家族の物語ね。 彼の後妻や前妻の子供たちが登場、そして彼の父も有名エンターテイナなの。 このためか日常会話が派手にみえる。 でも豊かな雑談だわ。 スエズ動乱での息子の死、父の再婚話やトロント移住など当時の英国風景が重なっていて引き込まれるからよ。 ブラナー・シアター・ライブを3本続けて観たけどこの作品が一番ね。 ブラナの得意分野だとおもう。
舞台は父の住居だけど時々ミュージックホールに早変わりするのが楽しい。 住居背景の鉄道会社の海水浴場広告が緞帳に変わるの。 その緞帳の前で歌や踊りが披露される。 舞台上の柱などの装飾はとても凝っている。 舞台にもう一つのガリック劇場があるみたい。 ライスの歌と踊りが終わると住居に変わり日常会話が再会するという流れが良く出来ている。
でも会話中に酒を飲む場面が多すぎる。 これはちょっと酷い。 酒がなくても面白くすることはできるのに・・。 これを差し引いても楽しかったわ。 ともかくブラナーの表裏が見える舞台だった。
休息時間にクイズが上映されたの。 「1950年代に一番売れた雑誌は?」。 答えは「ラジオ・タイムズ」。 「配給制が無くなった年は?」。 「・・1954年」。 この舞台背景は未だ戦時の配給制度が残っていてラジオが全盛だったということね。
*作品サイト、http://www.branaghtheatre.com/the-entertainer/index.php

2016年12月9日金曜日

■気狂い裁判

■作・演出・出演:向雲太郎,出演:飯田孝男,野嵜好美,奥村勲,劇団デュ社
■こまばアゴラ劇場,2016.12.2-11
■役者たちは日常衣装ですが白塗で登場します。 でも雲太郎の衣装はツンです。 淵を黒く塗りキョトンとする彼の目はファンタステック・プラネットのドラーグ族のようです。 動きも似ている。
核戦争が終わりシェルター内に生き残っている原子力施設の博士、所長、研究員の3人と逃げ込んできた男(雲太郎)が裁判ゴッコをする話です。 被告になり過去の戦争犯罪人として有罪にされていく。 エノラ・ゲイの広島原爆投下場面は詳細です。 リトルボーイはポコチンになり研究員の股に落下していく。 そして男と研究員(野嵜好美)はシェルターから核汚染の地上へ出て行くところで幕が下りる。 地上はいつも気狂い裁判だった。 しかしこの今、ほんとうの地上の風景を見たい!とおもったのでは・・。
舞台が複雑にみえるのは白塗りや裸の効果も大きい。 途中のヘンテコなダンスも活きています。 ダンサーである作者は近頃芝居に転向したらしい。 寄せ集めの身体言語に楽しさがあるのは作者の方向性と一致しているからでしょう。
*チラシ、http://stage.corich.jp/img_stage/l/stage63297_1.jpg?1481237930

2016年12月7日水曜日

■パブリック・エネミイ、人民の敵

■原作:H・イプセン,演出・出演:tgSTANティージースタン
■シアタートラム,2016.12.7-7
■机が置いてあるが略なにも無い舞台だ。 ト書きを喋ったり進行役をするプロンプタを含め役者は5人で一人3役から4役を熟す。 ただしプロンプタと医者ストックマンは専任で演じている。
台詞の喋りが速くて字幕が追い付けない場面がある。 もちろん字幕を読んでいる暇はない。 パッと見て意味を感じ取り役者に目をやるのが精一杯である。 一人数役だから尚更である。 途中喋り方が速すぎると観客から意見がでたが以降もテンポは落ちない。 実は通訳が客席前列にいて役者と観客の仲介をしているのだ。
ストーリは原作により近い。 チラシを読むとテクスト=戯曲に拘っている劇団らしい。 しかも演出家のいない役者だけのグループだと初めて知った。 「俳優がみな演出家でありドラマトゥルクである・・」。 この劇団を観るのは二回目だが記憶に強く残る何かを持っている*1。 
観客席からは笑い声が聞こえる。 今日は余裕のある客が多いようにみえた。 「社会の敵はだれだ」を先日観ていたので人物関係を含め流れについていけたが忙しくて笑うところまでいかなかった。 観ながら米国大統領選挙を考えてしまう。 「人民の敵」も「人民の味方」もコインの表裏のようなものである。 「敵」「味方」を発する人々は追い詰められている。 これに「正義」が加われば最悪だろう。 第3回イプセン演劇祭参加作品。
*1、「NORAノーラ」(2013年)
*劇場サイト、https://setagaya-pt.jp/performances/201612ibsen.html

2016年12月4日日曜日

■セビリアの理髪師

■作曲:G・ロッシーニ,指揮:F・アンジェリコ,演出:J・E・ケップリンガ,出演:M・ミロノフ,L・ベルキナ,L・D・パスウアーレ,D・イェニス
■新国立劇場・オペラパレス,2016.11.27-12.10
■ロジーナの住居が舞台狭しに建っている。 回り舞台だけどよく回るわね。 裏に回ると壁を取り除いてあるから部屋が丸見え。 赤色の階段とカラフルな内装で家具や小物が散らばっている。
伯爵は繊細な感じで好色感には見えない。 声も巧緻さがある。 ロジーナとの恋愛も真面目さがでていてた。 楽しいけれど静けさがある。 演奏も伯爵に合わせているようだわ。 透き通っている。 楽器編成がいつもの半分ということもあるかも。 
観客席も幕開けは伯爵のパワーが気にかかる様子だったけど次第に満足ある雰囲気に向かったの。 フィガロは張りがあり舞台を引き締めていたしベルタも肩を並べていた。 この作品は落ち込んでいるときに出会うとウキウキし始めて元気になれる。 師走だけど伯爵のお蔭でじっくり鑑賞できたわ。 伯爵さま!
*NNTTオペラ2016シーズン作品
*劇場サイト、http://www.nntt.jac.go.jp/opera/performance/151224_007956.html

2016年12月3日土曜日

■愚者たちの機械学、大反復劇あるいは戯作者式イマジ音楽劇

■演出:J・A・シーザ,出演:演劇実験室◎万有引力
■川崎市アートセンタ・アルテリオ小劇場,2016.12.1-4
■どこかで見たような場面が断片的に続く。 台詞も抽象が多く単語だけが耳に残る。 唯一祖父との関係が断片を繋ぎ合わせていたけどタイトルに沿った内容にみえる。 美術も闇の帝国マグリット風にみえたけどいつも以上に幾何学的なの。 この為かパフォーマンスのような観後感を持ってしまった。 
科白が音楽・照明・美術・衣装と結び合って役者の身体がトランスに入り観客の身体と同期する。 でも科白が抽象のため起爆剤が欠けてしまい醒めた同期しか得られなかった。 寺山世界はベースに西洋系と東洋系の二つがあるけど特に西洋は台詞が鬼門なの。 やはり東洋起源の生身の台詞が含まれないと醒めてしまうからよ。 ところで共同演出は新しさが出てくるはず、これからが楽しみね。
*劇場サイト、http://kawasaki-ac.jp/th/archives/detail.php?id=000192&year=2016

2016年12月2日金曜日

■ヘンリー四世、第一部混沌・第二部戴冠

■作:W・シェイクスピア,翻訳:小田島雄志,演出:鵜山仁,出演:浦井健治,岡本健一,ラサール石井,中嶋しゅう,佐藤B作
■新国立劇場・中劇場,2016.11.26-12.22
■木材を乱雑に組み立てた美術と客席を歩き回る役者で劇場が芝居と繋がりました。 使い難い中劇場を上手くまとめた感じがします。 正面席で観たのですが役者の動きと立ち位置は均整が取れていて見事でした。
ハル王子が放蕩三昧をしている理由は科白で観客に伝えられます。 科白以外からは王子の心の奥を読めない。 それだけ王子は爽やかです。 雑音が無いと言うことです。 王子の言葉は聞き漏らすまいと耳を立てました。 対してフォルスタッフは饒舌ですね。 彼の台詞は芝居全体の半分を占めているのではないでしょうか? でも円やかさがあり過ぎる。 もっとゴツゴツ感を期待していたのですが・・。 もう一人、ヘンリ・パーシは中劇場向きですね。 科白に手の動きなどを交え反乱軍指揮官らしいカッコイイ身振りです。 第一部はフォルスタッフとヘンリ・パーシが面白くしていた。  
第二部前半にも戦争場面がありますが前後が続かずストーリの付録にみえます。 でも史劇として必要だったのでしょう。 次にフォルスタッフ旧友、地方検事シャロたちとの楽しい場面が続きますが緊張が緩んでしまいました。 そのままヘンリ四世の死そしてヘンリ五世の誕生と終幕まで一直線です。 作者は手を抜いたのでは?
新王はフォルスタッフを遠ざけるのですが、王権として当たり前で形式的な行動を取っただけにみえます。 でも彼は歳ですから遠ざける理由は無い。 ここでハル王の心が読めていなかったことで答えが見つからない。 脱皮した新王ヘンリ五世を引き立てたかっただけでしょうか?
全体がまとまっていて緻密な舞台でした。 調和のある演出が光っています。 シェイクスピアがこの作品を書いたのが1600年でヘンリ五世が活躍したのは1400年です。 当時の200年差は今の20年でしょう。 初演を観た人々はテレビで政治スキャンダルでも見ているような感覚で楽しんだのではないでしょうか。
*NNTTドラマ2016シーズン作品
*作品サイト、http://www.nntt.jac.go.jp/special/henry4/