2013年10月30日水曜日

■シレンとラギ

作:中村かずき,演出:いのうえひでのり,出演:藤原竜也,永作博美,劇団☆新感線
新宿バルト9,2013.10.5-(2013.10.5収録)
ギリシャ神話、預言者、忍者くノ一、新興宗教、南北朝時代、化学兵器・・。 神話・歴史・物語・科学などから骨組を抽出・結合・肉付けしてあるので表面の流れが複雑です。 人椅子や人イヌなども漫画・SFですね。 ともかく凄い!
オイディプス神話以外の人間関係を漫画的に表現しています。 王と家臣、教祖と信者、武士の棟梁同士などです。 これが全体の印象を決定付けている。 しかしオイディプスとマンガチックを混ぜ合わせた舞台は咬み合っていません。 面白いのですが感動が分散されてしまった。 父母子の劇的関係がマンガ的雑音で薄れてしまったのです。
前半終わりにシレンとラギの関係が明かされます。 このため後半は緩みが生じ流れが澱みました。 20分くらい削ぎ落としたほうがスッキリしたのではないでしょうか。 シレンの泣いたような笑顔で喋る科白は舞台に独特の雰囲気を出していました。
*ゲキXシネ作品
*映画comサイト、https://eiga.com/movie/78747/

2013年10月29日火曜日

■蜉蝣峠

作:宮藤官九郎,演出:いのうえひでのり,出演:古田新太,堤真一,高岡早紀,劇団☆新感線
新宿バルト9,2013.10.28-11.1(2010.2.13収録)
幕開けからウンコを食べたり、チンチンを切られたりショッキングな場面が続きます。 「天保の改革」というと19世紀中頃の飢饉の頃ですかね。 それにしても農民の衣装も凄い。 匂いが迫ってくるようです。 これが150年前の日常風景だったのでしょうか?
ある意味劇的です。 これを風景的劇的とでも言うのでしょうか。 最初からボルテージは上がりっぱなしです。 主人公闇太郎(古田新太)が偽者だとわかった後半からはトップギアですね。
でもお泪と闇太郎の二人の愛と行く末に感動をしたいところですがそうさせてくれません。 闇太郎はただ一人ロボットのような科白や動きで、しかもお泪の両親を殺している。 生きたい!と闇太郎は何度も口にしますがその心の奥底が語られません。
近親者を次々殺していく立派親分(堤真一)も何をしたいのかよくわからない。 まるで蜉蝣のように生まれ、生き物としての欲を追いそして蜉蝣のように死んでいく人々にみえます。 それでも作者、演出家、役者の三拍子揃った力強い面白さが溢れていました。
*ゲキXシネ作品
*主催者サイト、http://www.geki-cine.jp/kagerou/

2013年10月18日金曜日

■エゴ・サーチ

作・演出:鴻上尚史,出演:虚構の劇団
あうるすぽっと,2013.10.5-20
洗練されてますね。 階段の形や色、背景の映像、衣装のどれを取ってもそうみえます。 役者もムリムダムラがありません。 さっぱり感とでもいうのでしょうか。 一つの形を持っている劇団です。
素人作家の生活世界と今書いている小説世界が繋がっているというストーリーも面白い。 沖縄の歴史や若者の労働環境、インターネットなどなど現代の問題も描きこんでいます。 沖縄料理を思い出しながら、路上いや舞台ライブの「骨なしチキン」を聞きながら観れるなんてサービスが行き届いています。 仕事は納期だ!と言われて現実に戻されもします。
そして若者の不安や喜びがこの洗練さの背後に広がっています。 役者たちの魅力も十分です。 20代前後の女性客が多かった理由でしょうか? でも何かが足りません。 というか余力があるのに一線を越えないのです。 一つの時代が熟成した時に現れる芝居です。 具体的に言うと、公務員がキチッと仕事をしたような後味がします。
*虚構の劇団第9回公演

2013年10月14日月曜日

■エドワード二世

作:クリストファ・マーロウ,演出:森新太郎,出演:柄本祐,中村中
新国立劇場・THEPIT,2013.10-8-27
幕が有ると和みます。 舞台3方が金色の壁で中央奥に大きな出入口。 なにも無い空間ですが緊張感があります。 前面に上手から下手までの通路があり幕が降りても役者が演技ができる構造です。 移動できる玉座もより金色で階段のように高い!
歴史劇はシェイクスピアもそうですがリズミカルなテンポが必須です。 この舞台にはそれが有ります。 素晴らしい。 エドワード二世もこれに答えています。 喋り方動き方はまるで道化のように軽やかです。 野村萬斎の若い時に似ていますね。 貴族たちの鈍い重さとの対比が面白い。 王妃もしっかりした喋りと動きを持っています。 演出家の隅々までの気配りが気持ち良いですね。
マーロウの芝居はまるで歴史です。 つまり終わりが無いということです。 淡々と進みます。 死んでいくものは順番を待っているようです。 当時の人々なら王の肛門に焼けた鉄棒を挿入する場面などに衝撃を受ける人もいるでしょう。 しかし現代人の我々だと面白い歴史書を読んだ感じです。 しかしこれはリズム有る歴史劇として成功している証です。
*劇場サイト、http://www.atre.jp/13edward/

2013年10月13日日曜日

■愛のおわり

作・演出:パスカル・ランベール,出演:丘藤公美,太田宏
■KAAT・大スタジオ,2013.10.11-14
何もない白い舞台に男と女が登場。 そして男が女に向かって激しく非難し続ける。 別れ話らしい。 一所懸命聞いているが疲れる。 女を還元していくような内容である。 女を肉体と精神に分け、以下部分に細かく分解してイチャモンをつける流れである。
途中児童が登場して歌を聞かせてくれる。 ほっとする。 そして後半、女が男に向かって同じように喋り続ける。 男が還元した事柄を一つ一つ粘りを付けるように捏ね回す。 女に粘りがあるということは肉体に近づいている為である。 最後は血管や頸動脈、体液、ウンコなどなどで。 「二人は・・」「愛していた・・」という台詞が終幕に聞こえてくる。 よくあるパターンだ。 そして別れる。
還元主義的な流れで相手を非難する事は夫婦喧嘩ではよくある。 しかしヨーロッパの匂いが強い舞台だからイマイチであった。 チラシをみたらパスカル・ランベールも平田オリザも離婚したらしい。 なんとオリザは今年再婚したようだ。 再婚は離婚のチャンス! 今度こそ作品にしてくれ。 還元主義的でないオリザ的な夫婦喧嘩を舞台で観たい!

2013年10月11日金曜日

■シェイクスピア「ソネット」

出演:中村恩恵,首藤康之
新国立劇場・中劇場,2013.10.9-10
机に鏡とマヌカンだけの舞台はガラーンとした感じ。 でも全体が暗くて部分照明だから引き締まっているの。 二人の絡み合いが素晴らしい。 これは中村と首藤の到達点とも言えるんじゃないかしら? 
コルビュジエ(*1)と違ってシェイクスピアは邪魔にならなかった。 というよりシェイクスピアソネットとダンスとの音韻や強弱構成の関係がよくわからなかった。 あまり気にしなかったけど。 過去ログを調べたら2011年10月にも上演していたのね・・。 再演のため振付により磨きがかかったということかしら?

2013年10月8日火曜日

■麻痺・引き出し・嫉妬

振付:井手茂太、出演:イデビアン・クルー
神奈川芸術劇場・中スタジオ、2013.10.5-7
舞台は畳で座卓や箪笥、ソファも置いてある日本の応接間・・! 24畳だから7人のダンサーにとっては狭いかな。 着物姿も一人いるの。 でも日常的な小刻みな動きと感情表現に重きを置く振付だから気にしない。
畳舞台は座る場面は似合うけど立っていると不釣合いね。 難易だけど日本舞踊を再構築して取り入れたらピッタリしたんじゃないの?  そして畳での作法も取り入れてね。 この方向で畳ダンスシリーズをつくったらどうかしら?なんちゃって。
音楽も楽しかったわ。 ゴミ回収車の声など本当に来たみたい。 天井をみたら回収車用と同じスピーカがぶら下がっていたの。
この時期に蝉の声を聞くと夏が終わったという感じね。 序にコオロギも欲しかったわ。 終幕の音楽は畳に合わなかったけど、青い照明と混ざりあって異化効果がでていた。 でも最後の和風蛍光灯がたくさん降りてきたのは意味がないとおもう。 まっ、次回も畳にしましょ。
ところで畳床での裸足は捻挫や突き指が多くなるはず。 右足を庇っていたけど気をつけてネ。

2013年10月6日日曜日

■ファニー・ガール

作・演出:名嘉友美、出演:シンクロ少女
三鷹市芸術文化センタ・星のホール、2013.10.4-14
複数家族の内と外の複雑な関係を二世代にわたり描いています。 上演時間が150分もありましたが、最後まで飽きが来ませんでした。 それはゲイの父と処女の母の家族を中心に、高校生時代の彼氏彼女との不倫、姉の妹との恋愛など多彩で悩ましい人間関係がゾロゾロと登場するからです。 しかも心の内にしまっておきたい悩みや秘密を各シーケンスの最後に言葉に出してしまうので悩みがより複雑になってしまうので舞台から目が離せなくなります。
また複数の演技を同時進行させてお互い台詞の同期をとったり、一つを進行させているあいだ他の役者は不動のままにしながら存在感を持たせるなど色々な技をかけています。 笑いを誘う対話も多いし、なんと途中に合唱あり踊りありで何でもありです。
これだけ多くのことを詰め込んでいながら<なんとか熟している>ことに感心しました。

■小さな家

出演:中村恩恵,首藤康
新国立劇場・中劇場,2013.10.4-5
建築家ル・コルビュジエの作品がタイトルなの。 建築と身体の関係性などを表現するのかな? 大化けするかもしれないと楽しみながら劇場へ行ったけど、・・ちょっと残念!
舞台には形や大きさが休暇小屋で色は小さな家に似た建物が置いてあり、首藤がコルビュジエで中村が妻(母?)の設定らしい。
そして彼らの時代を背景に物語が進む構成。 舞台の全てが具体的なの。 サヴォア邸やマルセイユのアパートを写真で写したり、モデュロールの数値を読んでみたり、巻尺で測ったりするけど、ダンスでこの具体を豊かに表現できたようにはみえない。
チラシに「・・人間にとっての豊かさ・必要とは何か?・・を見出したい」とあるけど、建築やコルビュジエの思想との関係付けは見えなかった。 これはダンスにとって難題かも。 二人の真面目さが裏目に出たようね。

2013年10月5日土曜日

■真夜中の弥次さん喜多さん

原作:しりあがり寿,脚本・演出:天野天街,出演:小熊ヒデジ,寺十吾,企画・制作:KUDAN PROJECT
こまばアゴラ劇場,2013.9.27-10.6
日本人の死とはどういうものか?を追求しているようにみえた。 江戸時代の旅は初めから片道切符だ。 「過去と未来」も「現実と幻想」もこれに集約していく。  そして少年王者館得意の円環の流れも輪廻転生の一片を感じさせる。
漫才を元に肉付けを施したような舞台である。 前半は身体の動きとセリフと小道具のすべてが同期していて心地よかった。 途中テンポが遅くなる。 これで漫才としての倦怠感が出てしまった。 この演出家は強いメッセージを観客に送らないので、リズム感がなくなると余計に崩れた感じになる。 後半はまた持ち直したが、小道具が大きくなればなるほど原作が漫画である欠点を大きくしてしまう。 手がスルメや箒ならまだしも、腕の伸びすぎ等はもはや漫画である。 それでも役者二人は熱演であった。 名古屋のパワーが溢れていた。

2013年10月4日金曜日

■毛皮のマリー

作:寺山修司,演出:森崎偏陸,出演:野口和彦,山谷初男,劇団:青蛾館
中野テアトルBONBON,2013.10.2-6
照明が単純で明るすぎて現実をそのまま舞台に登らせたようです。 でも5人の美女の亡霊登場から俄然調子がでてきました。 そして名もない水夫に欣也とその母親の過去を語るマリーはクライマックスですね。 男性だけでギコチナサもありましたが、美しくそして悲しい男娼物語が現前していました。 ミケランジェロの絵は不要です。 これに代わる役者がいるのですから。
前回*1がハイボールなら今回はストレートの味がします。 前者が寺山修司の肉を演じたとすればこれは骨です。 まとめて二本観たことで「毛皮のマリー」の異形の面白さと寺山の言葉が肉を通して骨まで届きました。
*劇団サイト、http://www.seigakan.jp/marie.html

2013年10月2日水曜日

■本物の西部-TRUE WEST-

作:サム.シェパード,演出:スコット.エリオット
世田谷パブリックシアター,2013.9.29-10.13
また騙されたわ。 本物の西部なんか出てきやしない。 「パリ・テキサス」もそうだった。 パリなんか出てこなかったもんね。 パリテキはヴェンダースに会いにいったのだからしょうがない。 しかし本物の西部とは何かと問われてもガンマンしか思い浮かばないの。 今の日本で本物の武士を見たいと言っているようなものね。
前半の兄の弟への突っ込みはわざとらしい。 後半、弟の考えや行動が兄に似てきた原因がよくわからない。 この不連続でちょっとシラケてしまったわ。 台所用品をぶちまけたり酒を呷る場面はよーくわかる。 去勢されたカーボーイ兄弟が酒場で喧嘩をしているようだし、母の態度も喧嘩に動じず実に西部的だった。 しかし母の台詞もなにか変ね。 ピカソも飛躍しすぎだわ。
これを書いている今でも、散らかった台所で兄弟が酒と煙草を飲んでいる場面しか思い出せないの。 この場面こそシェパードのTRUE WESTなのね。