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■ガリレオ、ENDLESS TURN

■原作:ベルトルト・ブレヒト,台本・演出:多田淳之介,出演:石井萠水,大内智美,大高浩一ほか,劇団SPAC ■静岡芸術劇場,2026.1.18-3.7 ■舞台にはドーム状の大きな構造物が置かれ、その周囲には大小の石が散らばっている。 まるで土星のようにも見えるその表面には映像や文字が投影され物語進行の一翼を担っていた。 冒頭では700万年前からの人類史がテンポよく振り返えられる。 その後、時代はガリレオの生きた17世紀へと移り物語が本格的に始まる。 ガリレオの死後も更に未来へと進みAIが人知を超えるとされる2050年頃まで描いてから幕を閉じるという構成である。 舞台では、地動説を唱えるガリレオと天動説に固執する宗教者たちとの対立が描かれる。 ガリレオは科学の基本である<観測>を重視するが、宗教者たちは望遠鏡を覗こうともしない。 つまり、彼らの多くも地動説が正しいことを感じていたのだろう。 教会の権威を守れることが分かった時点で受け入れることになるのだ。 真理や真実の追究はいつの時代でも権利・権力が纏わりつくのが常である。 それにしても登場人物の多い舞台である。 20人以上は登場していたのではないだろうか。 一人が複数役を演じたり、逆に複数人で一役を担ったりと、巧みに構成されていた。 ガリレオ役も子供時代、青年期、老年期と役者が入れ替わる。 衣装はどれもキッチュな雰囲気で、胸には電子基板のような装飾を付けられている。 ロボットを暗示しているのだろうか。 さらにラップ調の動きや、聞き取り難いスピーカーからの解説、文字による補足などが頻繁に挿入され、舞台は常に賑やかだった。 演出家は「俯瞰して見られるように作っている」と語っていたが、俯瞰の視点が高くなりすぎたのかもしれない。 ト書を含む説明が多く、結果としてガリレオの経歴をなぞるだけの印象が残った。 おそらく中高生向けに構成された舞台なのではないかと思われる。 *SPAC2025シーズン作品 *劇場、 https://spac.or.jp/25_autumn/galileo_2025 *「ブログ検索🔍」に入れる語句は、多田淳之介 ・・ 検索結果は17舞台 .

■歯車

■原作:芥川龍之介,構成・演出:多田淳之介,劇団:SPAC ■静岡芸術劇場,2018.11.22-12.15 ■舞台床が鋭い角度で谷のように中央へ落ちている。 山の手に立った役者は客席から見上げるようだ。 急な床を昇り降りして観客席まで侵入してくる役者は力強いが緊張と不安も連れてくる。 まるでA・ヒッチコックのサスペンス映画の舞台だ。 原作字幕を表示したり役者が台本を持って朗読劇にする場面もある。 音楽と照明も切れ味が良い。 先ずは芥川龍之介より新感覚派の横光利一を思い出してしまった。 「歯車」は読んだかどうかも覚えていない。 この数十年芥川といえば芥川賞しか馴染みがない。 字幕をみて彼の自殺前の数日はこんなにも壮絶だったのか驚いてしまった。 作家カフカや美術展開催中の画家ムンクなど精神疾患系芸術家は医学系からの批評が多かったが近頃はそうではない。 疾患や芸術の見方が変化したからだろう。 これだけ元気のよい舞台にできたのは演出家多田淳之介のキラリ力もある。 芥川龍之介の不安も吹き飛ばしてしまったところもあるが・・。 その原動力を彼は「中高生鑑賞事業公演にある」と言っている。 でも中高生の頃から芝居三昧だと人生堕落の一途を辿ることになる。 それはともかく当分は海馬に残る舞台の一つになるとおもう。 *SPAC秋春シーズン2018作品 *CoRich 、 https://stage.corich.jp/stage/95129

■2018年舞台ベスト10

□ ヒッキー・ソトニデテミターノ   演出:岩井秀人,劇団:ハイバイ □ vox soil   演出:北村明子,出演:Cross Transit □ ハムレットマシーン   演出:三浦雨林,劇団:隣屋 □ その人ではありません   演出:富永由美,劇団:旧眞空鑑 □ 紛れもなく、私が真ん中の日   演出:根本宗子,劇団:月刊「根本宗子」 □ バリーターク   演出:白井晃,出演:草彅剛,松尾諭ほか □ チェーホフ桜の園より   演出:レオニード.アニシモフ,劇団:東京ノーヴイ.レパートリーシアター □ 魔笛   演出:ウィリアム.ケントリッジ,指揮:ローラント.ベーア □ Is it worth to save us?   演出:伊藤郁女,出演:森山未來 □ 歯車   演出:多田淳之介,劇団:SPAC *並びは上演日順。 選出範囲は当ブログに書かれた作品。 映画(映像)は除く。 *「 2017年舞台ベスト10 」

■Memory of Zero メモリー・オブ・ゼロ

□身体の記憶 □最後の物たちの国で *以上□の2作品を上演. ■音楽:一柳慧,演出:白井晃,振付:遠藤康行,指揮:板倉康明,出演:小池ミモザ,鳥居かほり,高岸直樹,引間文佳作ほか,演奏:藤原亜美,西澤春代ほか,東京シンフォニエッタ ■神奈川県民ホール.大ホール,2019.3.9-10 ■第一部「身体の記憶」は見応え聴応えがあった。 ダンスと音楽が見事に共振していたからである。 久しぶりに脳味噌が喜んだ。 「ジャポン・ダンス・プロジェクト」メンバーとしての遠藤康行は何回か観ている。 振付は整然とした流れで厚みがある。 20名近いダンサーの動きに切れがあるので心地よさがやってくる。 一柳慧の4作品を背景に確か1931年迄遡り再び2019年に戻るストーリーになっていたようだ。 途中、群衆の寄り添う場面やクラリネット奏者がダンサーの間を縫う箇所もあり面白い構成になっていた。 第二部は「最後の物たちの国で」。 休息時間に急いで粗筋を読む。 ディストピアを描いた1987年の小説で作者はポール・オースターという人らしい。 白井晃が小説の断片を朗読しながらダンサーたちが踊るというより動き回る演劇的ダンスである。 舞台は市街戦のようだ。 主人公アンナは小池ミモザ。 しかし登場人物の関係が覚えられないので混乱した。 「身体の記憶」を延長した「関係の記憶」を表現しているようだ。 白井晃の数回の朗読が巧く効いていた。 上演回数は二回しかないので実験的舞台にみえた。 ダンサーたちの演劇的動きよりダンスをもっと見たかったが・・。 舞台上に臨時客席を設けたのがとても新鮮に感じた。 築40年の古さも味がある。 東京圏の芸術監督は何人もいるが白井晃の作品は他監督とは一味違う。 彼は予想できない舞台を出してくる。 そこが面白いのでついつい横浜へ足が向いてしまう。 (キラリ富士見の多田淳之介も同じような監督かな)。 配られたプログラムも楽しく読んだ。 三浦雅士の1970年代以降のダンス史、一柳慧と白井晃の対談、高橋森彦のダンサー取材等々。 贅沢な舞台だった。 東京には負けられないという神奈川芸術文化財団の意地がみえた。 都合でアーフタトークは聞かないで帰途につく。 *一柳慧X白井晃神奈川芸術文化財団芸術監督プロジェクト *劇場、 https://www.kanagawa-kenminh...

■2020年舞台ベスト10

□ 鶴かもしれない2020   演出・出演:小沢道成 □ サイレンス   作曲・台本・指揮:アレクサンドラ・デスプラ □ 少女と悪魔と水車小屋   演出:宮城聰,劇団:SPAC □ 少女仮面   演出:杉原邦生,出演:若村麻由美ほか □ 亡霊たち、再び立ち現れるもの   演出:毛利三彌,劇団:CAPI □ 夏の夜の夢   演出:レア.ハウスマン,指揮:飯森範親 □ フィガロの結婚、庭師は見た!   演出:野田秀樹,指揮:井上道義 □ M   演出:モーリス・ベジャール,舞団:東京バレエ団  □ アルマゲドンの夢     演出:リディア・シュタイアー,指揮:大野和士 □ 外地の三姉妹   演出:多田淳之介,劇団:東京デスロック *並びは上演日順。 当ブログに書かれた作品から選出。 映画(映像)は除く。 *「 2019年舞台ベスト10 」

■外地の三人姉妹

■原作:アントン・チェーホフ,翻案・脚本:ソン・ギウン,演出:多田淳之介,翻訳:石川樹里,出演:伊藤沙保,李そじん,亀島一徳ほか,劇団:東京デスロック ■神奈川芸術劇場・大スタジオ,2020.12.12-20 ■舞台は1930年代朝鮮北部。 最初は慌てたけど「三人姉妹」にしっくり来る時代と場所に思える。 チェーホフに出会えた!と言える舞台は少ない。 でも今日の舞台はチェーホフに届いたという達成感があったわよ。 「東京へ帰りたい!」「生きなくちゃ!」。 言葉を越えて迫ってきた。 それは時代風景が荒々しく描かれていたこともある。 特に日本兵に存在感があった。 日韓合同作品の成果の一つかしら。 映像説明が過剰だったが90年前だから仕方ない(?)。 舞台中央には居間、奥に中庭、客席前には素焼き色をした陸軍鉄帽や歩兵銃、楽器やキーボードなど数十の置物が散らばっているの。 この均衡ある舞台美術は終幕が近づくにつれて片づけられる。 でも置物の効果はあったようにはみえない。 置物に目が行き届かなったからよ。 姉妹の長男福沢晃の登場場面にはびっくり。 彼はどうしようもないアウトサイダーね。 次女昌子と中佐磯部史郎との恋愛もなかなか激しい。 異化効果のようで物語を活き活きとさせていた。 朝鮮舞踊(?)で幕が下りるのも良し。 今日のような舞台に出会うとチェーホフを改めて好きになってしまうわね。 *日韓合同作品,KAATx東京デスロック作品 *劇場、 https://www.kaat.jp/d/ThreeSisters2020

■颱風奇譚

■作:ソン・ギウン,演出:多田淳之介,出演:チョン・ドンファン,小田豊,パク・サンジョン,永井秀樹,マ・ドゥヨン,チョン・スジ,夏目慎也 ■東京芸術劇場・シアターイースト,2015.11.26-29 ■ソン・ギウン作は何回か観ていますが科白はいつもハッキリと聞こえる。 この聞こえ方はハングル語と日本語の関係より大陸と島国の違いにみえます。 1920年代アジアが舞台ですが「テンペスト」を基にしている。 アントーニオが朝鮮王で日本軍人や日本人の妻が彼を取り囲んでいるということです。 「 カルメギ 」の「かもめ」より嵌まっていますね。 物語の骨格だけを利用しているが違和感がありません。 話は日本の統治問題に進みます。 付き添いの日本海軍軍人が「すべてはアジアの為」からアントーニオを殺そうとする。 前朝鮮王プロスペロとアントーニオの争いも絡めて当時の東アジアを描けるのが日韓共同作品の面白いところです。 「 God Bless Baseball 」もそうですがテーマ「融解する境界」で国家間を議論するのは頼もしい。 *2015年F/T「融解する境界」参加作品 *主催者、 http://www.festival-tokyo.jp/15/program/typhoon/

■ハムレット

■ 演出:多田淳之介 ■ 富士見市民文化会館キラリ,2013.3.5-10 ■ マルチホールに入るとなんと「 東京ノート 」 と同じ! 椅子がバラバラと置いてあり自由に座るの。 途中客席を同方向に並べ替えて舞台を造るのよ。 そして再び対面に動かし舞台を中央に持ってくる。 ここまでは役者と観客のリズムが合っていたわ。 でも劇中劇の殺害場面はメインホールへ移動。 これで芝居の流れが切れてしまったの。 原因はメインホールが広すぎたから。 再びマルチホールに戻るけど今度は2階へ。 流れは戻ったけど物語の拡散は避けられない。 そして台詞が現代に溶け込んでいて特に前半のハムレットは同時代人ようね。 特に<父の力>が目立っていたわ。 亡霊は頻繁に登場するし、ボローニアスはオフィーリアより印象に残った。 国家と戦争もこれにより一層強調された。 今の国際情勢を意識し過ぎたのね。 でも「ハムレット」で何をしたかったのか?よくわからない。 あらゆる面で力が籠もりすぎていた感じね。 *劇場、 http://www.kirari-fujimi.com/program/view/176

■カルメギ

■原作:A・チェーホフ,脚本:ソン・ギウン,演出:多田淳之介,出演:東京デスロック,第12言語演劇スタジオ ■神奈川芸術劇場・中スタジオ,2014.11.27-30 ■二か国語で違和感のない芝居は珍しい。 両国語の台詞が密に混ざり合っている為です。 逆に発音に関する科白が多くあるのも面白い。 でも役者たち身体にギコチナサが見えます。 言葉より混ざり合っていなかった。 これが荒削りな舞台を作っています。 この粗さが統治時代を演ずる時に出現する鬱積していたマグマにみえます。 日本人役者がこのマグマに対峙するので、外からみる観客は客観的に統治下の状況を捕まえることができます。 例えば東京は?、恋愛の違いは?、韓国女性と結婚した日本人は?、日本演劇の状況は?、・・、当時の韓国からいかに見られていたのか分かるのです。 一国だけの俳優だとこの遣り取りが作れない。 また20世紀の事件名が表示されますが、これも違いに気づかされます。 たとえば戸籍制度、創氏改名、志願兵令などは統治側からは出てこない。 三度の東京オリンピックが選ばれたのは脚本や演出家世代の興味ある事件なのでしょう。 舞台は上手から下手へ人が流されるように進んでいきます。 「かもめ」を下敷きにして戦争を上から被せる舞台ですから観る者は分断させられます。 これを繋げるにはニーナでは荷が重過ぎる。 男女関係も荒削りの舞台に飲みこまれてしまいましたね。 逆に叙事詩的な表現を活躍させることが出来た。 チェーホフと統治時代を独特なリズムで描けた理由がここにあります。 *劇場、 http://www.kaat.jp/d/tdl_kaat

■雨の街

■ 作:宮森さつき,演出:多田淳之介,出演:二騎の会 ■ こまばアゴラ劇場,2013.5.10-19 ■ 女の家は子宮なのか? なぜ旅人は登場人物たちの関係を気にするのか? でも男は家にも関係性にも深入りしません。 男は女に一緒に逃げようと言います。 結局男は女や旅人とは最後まで打ち解けなかった・・。 商人の解説ですが最初は劇場からの事務メッセージだと勘違いしてしまいました。 異化効果というより舞台の流れに合いません。 SFを導入している為かいつもの青年団風とは違うからです。 また見知らぬ空間にワープしてきたとか持ち時間がなくなると消えてしまうとか・・、これもSFを安易に使っています。 時間=貨幣論も突飛です。 これらは壁に突き当たった時に已むを得ず採用する材料です。 作者は創作に苦しんでいるのでは? 芝居も肝心なところがぼやけています。 雨の音は雑音のように舞台を支配していました。 落ち着かない音ですが面白い効果です。 中央にダイニングテーブルと椅子が4つ。 周囲にある35席の客席はゆったりしていてとてもリッチでした。 いつものアゴラ劇場とは一味違ってみえました。 *劇場、 http://www.komaba-agora.com/play/272

■ゴドーを待ちながら

■作:サミュエル.ベケット,翻訳:岡室美奈子,演出:多田淳之介,出演:大高洋夫,小宮孝泰,永井秀樹,猪股俊明,木村風太 ■神奈川芸術劇場.大スタジオ,2019.6.12-23 ■スタジオ中央にコンクリート模様の円形舞台が置いてあり周りを客席が囲っている。 寂れた公園にいるようだ。 忠犬ハチ公も(劇中では時々吠えて)いるし・・。 その円形の周りをウラジミールとエストラゴンはぶつぶつ回る。 いつもの一直線の道が見え難い。 ゴドーが遠くからやってくる気配が感じられない。 いきなり円環物語が強く現れてしまっている舞台だ。 観ているとウラジミール役大高洋夫の演技が他演者とは違ったリズムを持っていることが分かる。 その動きと形は予定調和を感じる滑らかさだ。 エストラゴン役小宮孝泰が逆の演技をするから二人の間にズレが生じる。 すれ違ったズレは異化効果まで至らない。 ポゾーとラッキーは目が点になる面白さだ。 どこか日常的な喋り方のポゾー、硬直的存在感のあるラッキーが組み合わさると非日常的な空気が張り詰まっていく。 今回は現代的な新訳と演出の<ボケとツッコミ>にしたらしい。 しかも2バージョンを上演している。 観終わってから、もう一つのバージョンをみないとウラジミールへの疑問が解けないのではないか?と考えてしまった。 でも都合がつかない。 ベケットの作品を観る時は劇場へ行くまでが大変だ。 いつも行く気が失せていく。 今回も体が怠くなってきた。 観た後はしかし、ベケットはなんと凄いのか!と思わずにはいられない。 今回もそうだった。 観劇前後で落差が出る作家である。 *劇場、 https://www.kaat.jp/d/Godot

■奴婢訓

■作:寺山修司,演出:多田淳之介 ■富士見市民文化会館キラリ,2014.10.22-26 ■なかなか面白かったわよ。 まず役者一人ひとりの挨拶で幕が開くの。 途中、番号を付けて観客全員を舞台に登らせ役者は観客席へ・・、そして主人探しのため席の観客にインタビューへ・・。 映像を使って劇場いたるところで主人を探しまわる・・。 多くの劇団は表面をなぞりながら寺山修司に近づいていくの。 この作品は骨組みだけを残してあとは再構築した劇場内市街劇のよう。 しかも寺山の匂いがしない。 でも彼の心は見え隠れしている舞台ね。 衣装が原発事故処理用に似ているから、終幕の懐中電灯で照らす場面は福島原発内にいるようだった。  主人の椅子は舞台上に置いて、ボクシングリングのような仮舞台を観客席にも造ったから緊密間は希薄になったわ。 しかも役者が観客席を歩き座りまわるから余計ね。 仮舞台と観客席だけで進められたら緊張感がもっと出たはずよ。 そして役者がマイクを使うのは場違い。 ついでに言うと映像の歌詞は役者が歌って欲しい。   万有引力、月蝕歌劇団、APB東京、青蛾館、流山児事務所、NYX,、少年王者館も面白い。 でも今日観終った時、寺山修司から解放された感じが持てた。 それは寺山との間に<離見の見>のある舞台だったからよ。 *劇場、 http://www.kirari-fujimi.com/program/view/427

■RE/PLAY Dance Edit

■演出:多田淳之介,振付.出演:シェリダン.ニューマン,ソポソ.ソー,カリッサ.アデア,ジョン.ポール.オルテネロ,きたまり,岩渕貞太,Aokid,斉藤綾子 ■吉祥寺シアター,2019.2.9-11 ■2011年版「 再/生 」の衝撃的舞台を思い出したので再び観ることにした。 出演者がダンサーに代わっている・・。 そして何もない舞台で8名のダンサーが踊りはじめる、初めはゆっくりと。 音楽も繰り返し流れる。 次第にダンサーの動きは激しくなっていく。 途中ダンサー達が仕事のことなどを話す。 そして再び激しく踊りだす。 ・・。 ダンサーが疲れてきたときに、 意味は無意味になりダンサーと観客の身体が一体となるような感覚に陥る。 解放される身体とでも言うのだろうか。 そして、ダンサーが疲れ切ったときに、 身体が崩れていく過程を見続けることにより感覚とは無縁な非日常的な身体が忽然と現れてくる。 劇的な身体とでも言うのだろうか。  2011年版は芝居の役者が踊ったはずだ。 振付は酷いもので腰を振り振り手足をフリフリするだけだった。 しかしその舞台は「解放される身体」と「劇的な身体」の両方が立ち現れた。 今回はそれが現れなかった。 この作品は演劇とダンスが融合しないと感動が湧き起こらないのかもしれない。 途中の会話も不発だった。 <再び生まれる>には意味も意識も昇華し向こう側に飛ばなければならない。  *CoRich、 https://stage.corich.jp/stage/97088

■四番倉庫

■作:宮森さつき,演出:多田淳之介,出演:二騎の会 ■こまばアゴラ劇場,2011.6.4-15 ■「友だちがいない」というセリフが決定場面で必ずでてきます。 これが「ダメ男たち」の条件のように聞こえました。 でもこれは十分条件にみえます。 必要条件は会社や家族などなどの組織から外れていることです。 ところで、この芝居は変形版ボケとツッコミですね、 そして客席の二人が時々ストーリーを延ばす為の野次を飛ばす感じ。 ツッコミの内田や野次を飛ばすことができるのは必要条件を持っていない人、 つまり曲がりなりにも会社や家族という組織に居る人です。 速水にはそれがない。 「ダメ男」はボケをやるしかない。 昔なら速水は仙人です。 *劇場、 http://www.komaba-agora.com/line_up/2011/06/nikinokai/

■東京ノート

■ 作:平田オリザ,演出:多田淳之介,出演:東京デスロック ■ こまばアゴラ劇場,2013.1.10-20 ■ 会場で係員がマスクを勧めるの。 埃がでるからだって。 ひょっとしたら「再 / 生」で役者が踊ったヘナヘナダンスが又あるかもね? 場内は白い絨毯で長椅子が数台置いてあり四方上にプロジェクターで映像が映し出されている。 観客は好きなところに座るのよ。 ここで演出家が登場し壁際を勧めるけど、満員で移動ができない! 多分美術館長椅子に客が座り過ぎているから? 幕が開き客に紛れ込んでいた役者が出身地など話しながら「東京ノート」に入っていくんだけど、所々にデスロック風異化効果が入って面白い! これはオリザの芝居をどれだけデスロックできるか? でもオリザの芝居は強い! デスロックもタジタジね。 観客が舞台を埋め尽くしてもオリザの骨格は崩れないわ。 ところでヘナヘナダンスは無かったのよ。 「東京ノート」にはピッタリな踊りだったんだけど、残念だわ。 *劇場、 http://www.komaba-agora.com/line_up/2013/01/deathlock/

■義経千本桜ー渡海屋・大物浦ー

■作:竹田出雲ほか,監修:木ノ下裕一,演出:多田淳之介,出演:佐藤誠,大川潤子ほか ■シアタートラム,2021.2.26-3.8 ■「義経千本桜」五段中二段「渡海屋・大物浦(とかいや・だいもつのうら)」の上演です。 幕が開くと一ノ谷から壇ノ浦までの合戦回顧を早回しで見せてくれる。 科白は古典から現代まで混ざり合ってる。 音楽も結構激しい。 観ていて忙しい。 二段目に入ると早回しが終わり普通のテンポになる。 それでもリズムは狂いっぱなしです。 劇場に入ると国旗が掲げられている。 安徳帝の肩にそれを掛けたり、典侍の局(すけのつぼね)の亡骸に被せたり、また国歌が演奏される場面もある。 「いつだって歌舞伎はその時代の現代劇!」。 演出家の言葉通り京都や鎌倉を現代につなげている。 終幕、その国家への抗いとしての「イマジン」がとても効いていました。 「想像してごらん、国なんてないんだと、そして宗教もない・・、殺す理由もない、ただ今を生きているって・・」。 義経のその後を歌った曲に聴こえてしまった。 そして安徳天皇としてではなく娘お安として知盛からあずかった。 義経はこの歌で知盛にこう伝えたかったのでしょう。 *木ノ下歌舞伎公演 *劇場、 https://setagaya-pt.jp/performances/20210203kinoshitakabuki.html

■伊豆の踊子

■作:川端康成,演出:多田淳之介,映像監修:本広克行,出演:山﨑晧司,河村若菜,春日井一平ほか,劇団:SPAC ■静岡芸術劇場,2023.10.7-11.19 ■伊豆へ旅しよう! でも名所などを舞台の上で訪れるのですが。 原作は読んだ? いや覚えていない。 粗筋はなんとなく知っています。 会場に入ると長いテラスのような簡易舞台が造られている。 この背後の白壁に名所旧跡などの映像が映し出される。 そこに旧制高校の主人公と途中出会った旅芸人たちが伊豆を泊まり歩いてゆくストーリーです。 下田の港に辿り着いて、主人公と踊り子の甘くて酸っぱい、それは青春の苦みも残しながら幕が下りる。 舞台の主人公は心情を強く表さない。 このため徐々に旅芸人に意識が向いていきます。 彼らの旅慣れているチームワークの良さや家族愛がほんわかと伝わってくる。 差別も受けるが世間の表裏を使い分けながら遣り過ごしていく。 しかも主人公を無条件に受け入れてくれる。 心を閉じていた主人公は旅芸人の異界の心に触れて再生したはずです。 でも踊り子にとってはどうだったか? 旅芸人の力を再び思い出させてくれる舞台でした。 この作品は「連鎖劇」であり「観光演劇」でもある、と芸術監督が言ってましたね。 名所旧跡を訪れるほかに、温泉宿に泊まり一座の芝居や歌やダンスを楽しむこともできた。 社員旅行を思い出してしまいました。 *SPAC2023シーズン作品 *静岡県伊豆文学祭記念事業作品 *CoRich、 https://stage.corich.jp/stage/280529

■亡国の三人姉妹

■原作:A・チェーホフ,翻訳:中田博士,演出:多田淳之介,出演:東京デスロック ■富士見市民文化会館キラリ☆ふじみ・マルチホール,2016.12.21-22 ■公園で浮浪者がテントを張って暮らしている。 そのような光景が舞台に広がります。 周囲にはダンボールや生活用品、人形や玩具が散らばっている。 その多くには丸い穴が開いています。 なんと役者たちの話相手が多彩で面食らいました。 役者と人形、人形と人形、役者と玩具、リーディング=朗読、空に向かって・・、もちろん役者同士の対話もあります。 三人姉妹の心模様がハッキリと伝わってきます。 対話が役者同士でないと色々な思いを沢山の言葉で伝えることができるからだと思います。 しかしモノはその場に浮遊しているだけで、人間関係からくる幸せや悲しみのみが抽出され客席に届く。 マイクとスピーカの使い方に雑な場面があったのは残念ですが面白い手法です。  「100年前のチェーホフから届いた手紙」の返信がこの作品のようです。 三人姉妹の未来を待つ姿は現代人でも同じです。 しかし「姉妹の苦しみは未来の人々の幸せに繋がる」舞台でした。 姉妹と同じ悩みを分かち合えたからです。 *CoRich、 https://stage.corich.jp/stage/77499 *2016.12.25追記,「テントはパレスチナ難民キャンプと想定できる」(ASREAD16.11.25).ナルホド.

■あなた自身のためのレッスン

■作:清水邦夫,演出:多田淳之介 ■富士見市民文化会館キラリ☆ふじみ,2011.10.18-23 ■舞台上に観客席があります。 いろいろな照明や幕を利用したり、なんとテッカンに洗濯物を干すのは初めてみました。 舞台裏から芝居を観ている感じです。 舞台構成以上に内容も複雑でした。 観客と芝居の位置や距離を考える芝居です。 おおよそのストーリーはわかります。 随所でメタシアター性が顔を出しますが、これを優先してはいません。 大部分が劇中劇にもみえます。 章単位より段落単位で事や科白が飛躍します。 そして記憶喪失の人が徐々に家族としてまとまっていきます。 場内で配られた10頁の演出家・館長対談のプログラムを帰ってから読んだのですが今日観た舞台をあれこれ思い浮かべてしまう興味ある内容でした。 感動は少なかったのですが、ひさしぶりに芝居そのものを考えさせてくれる芝居でした。 *劇場、 http://www.kirari-fujimi.com/program/view/35

■再/生

■演出:多田淳之介,出演:東京デスロック ■STスポット,2011.7.16-24 ■上演時間70分で台詞は二箇所の数分間しかない。 この為セリフが観客の身体に深く刻み込まれる。 あとは役者の肉体の疲れきっていく踊りを終幕まで見続ける。 観客は芝居だと考えているのでダンスの上手下手は関係無い。 そして醒めたトランス状態が舞台に出現する。 これを背景に場内はダンスが持っている根源力に近づいていく。 この力が身体を解放して、最後に観客は芝居に戻り「再生」を実感することができる。 2006年初演は観ていない。 当時の写真を見ると宴会を催しているようだ。 今回はより抽象化がなされ良い形でダンス領域の純粋性に近づいたのではないか? フランケンズ版も観たいが前期試験が迫っていて行けない。 *劇団、 http://deathlock.specters.net/index.php?e=45