■能楽堂九月「隠狸」「三井寺」
*国立能楽堂九月定例公演の二舞台□を観る.
□狂言・和泉流・隠狸■出演:野村万禄,上杉啓太
□能・喜多流・三井寺■出演:塩津哲生,宝生常三,野村万之丞ほか
■国立能楽堂,2026.9.9
■狂言「隠狸(かくしだぬき)」は、太郎冠者と主が市場で酒を酌み交わし、謡い舞うという筋立てだが、その行動に至る理由づけは薄い。 しかし、物語の軽さがかえって酒宴の愉快さを際立たせ、酒好きの観客には抗いがたい魅力を放つ。 舞台を眺めながら、こちらも帰りに一杯やりたくなるような、ゆるやかな酔い心地が漂っていた。
能「三井寺(みいでら)」は、母と子の再会を描く人情物である。 清水寺から三井寺へ向かう道行の場面では、母が目に映る風景を淡々と語り、その叙景が観客の脳裏に静かに広がっていく。 三井寺に着いてからは、名物の鐘の音が詩的に描写され、音色が心の奥へ染み入るように響く。 こうした景色と言葉の積み重ねが、作品全体を柔らかい光で包み込む。
ただし、母子の再会は物語の終盤に唐突に現れ、長い道行ののちに付け足された印象も否めない。 寄り道の多い作品だが、忙しない現代にあっては、この「道草」こそが貴重であり、作品の本質でもあるのだろう。 シテも地謡もゆったりとしたテンポで演じ謡い続け、舞台全体が心地よい余韻に満たされていた。