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■踊る。遠野物語

■演出・振付・構成:森山開次,出演:石橋奨也,大久保沙耶,尾上眞秀,麿赤児,田中睦奥子,森山開次,舞団:Kバレエ,大駱駝艦,演奏・歌唱:中村明一,磯貝真紀,菊池マセ ■BeilliaHall,2025.12.26-28 ■物語は、出撃前に許嫁を思いながら絶筆を残した特攻隊員の魂が遠野を彷徨い、彼岸と此岸の境界を飛び続けるというものだった。 舞台は驚きに満ちていた。 舞踏や、岩手県遠野に伝わる伝承をもとにした歌や踊りが入り混じり、独自の世界観をつくり上げているバレエ作品である。 最初は戸惑いながら観ていたが、次第にその世界に馴染んでいく感覚が心地よかった。 バレエと舞踏が融合していく様子が実に楽しい。 八百万の神々が舞台を導き、主人公の青年が飛行機のように舞台上を飛び回る。  これほど多様なジャンルを横断するバレエ作品は初めてかもしれない。 途中でストーリーがやや曖昧になったものの、遠野物語を絵巻を眺めているような豊かな時間を持てた。 終幕の鹿踊りは、あの世とこの世の境界を浄化するような力を感じさせた。 いつものダンスを観たという感動とは異なり、神々がもたらしてくれたような深い充足感を得ることができた。 *Kバレエ・オプト第3回作品 *劇場、 https://toshima-theatre.jp/event/001211/ *「ブログ検索🔍」に入れる語句は、森山開次 ・・ 検索結果14舞台 .

■家電のように解り合えない

■作・演出:岡田利規,出演:森山開次,チェルフィッチュ ■あうるすぽっと,2011.9.24-10.20 ■「解り合うとは・・」をテーマにしている。 メタシアター系の芝居にのせるには勇気のいるテーマである。 これこそが日常生活そのものだから。 いつもの異化が生きない。 答えは日常生活で嫌というほど経験していることだから。 ところで今回はもう一つの驚きがある。 ダンサーの登場である。 開次のダンスはよく観に行くのでここで会えて嬉しい。 これを一石二鳥と言っていいのか? 舞台美術がカラフルだったのはNHK番組を意識してるようにみえてしまった。 思っていた以上に開次のセリフが多くあって面白い。 でも後半の役者とのダンスは長すぎる。 しかも全体を通して二人の役者とダンスの関係に驚きはなかった。 開次からの動作をチャンスオペレーションとして二人の役者の身体動作を即興レベルで決めていったら面白いかもしれない。 もちろんセリフはそのままにして。 無意識レベルでの解り合えるかの具体例になる。 *劇場、 https://www.owlspot.jp/old/performance/110924.html

■Lost Memory Theatre

■構成・演出:白井晃,原案・音楽:三宅純,テキスト:谷賢一,振付:森山開次,演奏:三宅純ほか,歌手:リサ・パピノー,勝沼恭子,出演:山本耕史,美波,森山開次,白井晃,江波杏子ほか ■配信(KAAT・ホール,2014.8収録) ■見逃してしまった一本だったの。 配信だけど今観ることができて嬉しい。 演出家白井晃、KAATでの初プロデュース公演よ。 彼得意の音楽・ダンス・演劇でまとめた力の入った作品にみえる。 ストーリーに<思い出>ではなく<記憶>を持ってくると舞台が重厚になるわね。 思い出だと感傷的になってしまう。 映像ではよく分からないけど、市松模様の白黒の床と金色のアーチ、明暗差の照明が年季の入ったダンスホールに舞台を変身させ、そこに村井純の演奏と歌、ロマンテック・チュチュを着た4人のコロスが踊り、断片化された記憶が生き返り物語として進行していく・・。 うーん、生舞台を観たかった。 記憶の中を彷徨う主人公(山本耕史)の衣装が場違いにみえたのは残念。 子供っぽさを無くすため暗いよれよれのスーツにしたほうが似合ったわよ。 そしてもう一人の主人公の女(美波)の笑いで現実に引き戻されてしまった。 昇華した笑いにした方が良いかもね。 *KAAT神奈川芸術劇場開館10周年記念企画 *劇場、 https://www.kaat.jp/d/LMT_OL *劇場(2014)、 https://www.kaat.jp/d/l_m_t

■夢の劇、ドリーム・プレイ

■原作:J・A・ストリンドベリ,演出:白井晃,台本:長塚圭史,振付:森山開次,出演:早見あかり,田中圭,江口のりこ,玉置玲央,那須佐代子 ■神奈川芸術劇場・ホール,2016.4.12-30 ■神の娘アグネスが人間世界を経験する物語です。 前半は愛や結婚など身近な生活の話を、後半に差別や貧困など社会問題や政治の話に広げていきます。 そして彼女が天に戻る時に、この世の人々は惨めで哀れだと思っていたにも係わらずいとおしい気持ちがおそってきます。 心身に湧き起こる愛おしさこそが、人が生きていくこと死んでいくことが何であるかを彼女が掴み取った証しだとおもいます。 劇場の開かずの部屋に何もなかったのも、この愛おしさという人や物の関係の中にしかない見えないものだからでしょう。 舞台は小道具が散らばっていてダンスもありサーカス小屋のようで楽しさと寂しさが入り交じっています。 台詞は分かり易いのですが奥行が無い。 でも一つ一つの話が積み重なっていき後半は深みのある世界が滲みでてきました。 終幕には詩の朗読もあるためか全体が叙事詩を観たようなイメージを持って終わります。 長塚圭史の尖がったところを白井晃が丸め森山開次がずらしてつり合いの取れた舞台になっていた。 乾いた夢をみているような観後感でした。 *劇場、 http://www.kaat.jp/d/ygdp

■サーカス

■演出:森山開次,美術:ひびのこづえ,音楽:川瀬浩介,映像:ムーチョ村松,出演:浅沼圭,五月女遥,谷口界,引間文佳,美木マサオ,水島晃太朗,宮河愛一郎 ■新国立劇場・小劇場,2018.5.19-27 ■客席を二つに分けた舞台はとても観やすい。 バレエ、ダンス以外にリボンやボールを使う新体操やジャグリングができるサーカス出身ダンサーも含まれているからとても華やかよ。 縫いぐるみなど小道具も数多く舞台に載せるから子供たちは大喜びね。 床面に映像を映してダンサーは動きを同期させていくの。 風景としての青空や雲や雨を映すのはよかったけど広げ過ぎるとサーカスの素朴な身体が隠れてしまう。 ダンサーと小道具だけの関係でも面白さは削がれない。  大人からみると空へ向けて飛び跳ねるウサギ団長やミラー娘のほうが面白い。 弱虫ライオンや黒雲芋虫のように地面を這うのは子供向きね。 でもすべてが一緒になったサーカスの混沌と目眩は十分に堪能できたわよ。 * 「サーカス」(森山開次,2015年) *NNTTダンス2017シーズン作品 *劇場、 http://www.nntt.jac.go.jp/dance/performance/33_009657.html

■サーカス

■演出:森山開次,出演:森山開次ほか ■新国立劇場・小劇場,2015.6.20-28 ■子供向けですが楽しかったですね。 新体操のリボンやボールを真似たり小道具が幅を利かしていましたが、リズムが合ってくると目立たなくなりました。 ミラーボールを被った竹田仁美の素晴らしい踊りを境に、ゆったりとした流れの音楽と振付にダンス本来の面白さが戻ってきたのも嬉しいですね。 華麗な映像と衣装もダンスを巧く引き立てていました。 天井に飾ってあった風船を体に纏って走り回るエンディングもよかった。 まさに「サーカスは心踊る場所」を現前させる舞台でした。 *NNTTダンス2014シーズン作品 *劇場、 http://www.nntt.jac.go.jp/dance/performance/150620_003727.html

■曼荼羅の宇宙

■ 演出・振付:森山開次,音楽:高木正勝 ■ 新国立劇場・小劇場,2012.10.17-21 ■ 忍者がダンスをしているようだわ。 でも、もっと根源的な面白さがあった。 日本的というかモンスーン的農耕的振付が詰まっていて遠い日本を思い浮かべることができたからよ。 題名「書」を身体表現するとこのような振付になるのかしら? 波・雨・狼・馬・鳥・虫の音を背景にダンサー同士のコミュニケーションも同じ懐かしさが表れていたわ。 第一部終幕近く曼荼羅が投影されたけど舞台の流れには結びつかなかった。 そして柳本の指の先端に切れがなかった。 次の第二部「虚空」は森山のソロ。 5メートル四方の小さな舞台に力を凝縮して、平安時代の空の大日如来と鎌倉時代の力強い仁王像を同時に踊っているよう。 ピアノがリズムを持ってきた中盤の踊りは素晴らしいの一言。 森山と5人のダンサーそしてピアノの高木。 この7人で曼荼羅の世界を描こうとしたけどできなかった。 というより曼荼羅の絶対的世界から飛び出してしまうしなやかさがあったわ。 曼荼羅のその先へ行こうよ!と言っていたのね。 *劇場サイト、 http://www.nntt.jac.go.jp/dance/pdf/20000627.pdf

■鷹の井戸

■作:W・B・イェイツ,演出:梅若六郎,出演:梅若玄祥,森山開示,ヤンヤン・タン ■国立能楽堂,2010.6.26 ■梅若玄祥はさすがに存在感が有る。 森山開次の踊りもしなやかなまとまり方をしていた。 出演者は能舞台の本性から逃れることはできない。 骨と皮だけで目がギョロリンのヤンヤンタンは雌鷹が似合う。 しかし彼女の視線が定まらなかったのは能舞台の不慣れからだろう。 目の回りの化粧を控え目にしたらもっと安定した舞台に見えたはずだ。 素直な欲望の物語だから舞と謡をバネにして自由に想像の世界を飛び回ることができる作品である。 コラボの面白さが十二分に出ていた。

■ARCHITANZ

■ 新国立劇場・中劇場,2014.2.11-12 ■ 2月度は4作品を上演。 ①OPUS131(振付:アレッシオ・シルヴェストリン) 両足立ちのようなアティチュードはギリシア女神の姿なのか? このパターンが最後まで崩れないで続く。 ベートーヴェンもアタッカだと言っている。 しかし連続から来る心地よさは少ない。 曲の粘りが強すぎて女性ダンサーが鈍く感じるからだ。 二人の男性ダンサーはこの粘りから自由にみえる。 これがポリフォニーを破壊するユニゾンなのか? 古典主義を行ったり来たりしているような舞台であった。 ところで「OPUS」「25年目の弦楽四重奏」と舞台や映画で上演されているが作品131は流行りなのか?  ②マノン・寝室のパ・ド・ドゥ(出演:ロバート・テューズリ、酒井はな) さて舞台に目を移すと、・・既に終わっていた。 ③火の鳥のパ・ド・ドゥ(出演:同上) もっとジックリと観たかったな。 ④HAGOROMO(振付:森山開次、出演:津村禮次郎、デワ・アリット) 最初、三者の差異に違和感があったがどんどん引き込まれていく。 それはガムラン音楽がとても効いていたからだ。 能のリズム感をより積極的に感じさせている森山の動きも面白い。 セルリアンタワー能楽堂などでの津村禮次郎とダンサーの共演は聞いていたが、初めて観ることができて嬉しい。 本日の収穫である。 *チラシ、 http://www.a-tanz.com/A4_outside_ol-01.jpg

■余韻 Only the Sound Remains 

■作曲:カイヤ・サーリアホ,指揮:クレマン・マオ・タカス,演出:アレクシ・バリエール,振付・ダンス:森山開次,出演:ミハウ・スワヴェツキ,ブライアン・マリー他,演奏:東京文化会館チェンバーオーケストラ,コーラス:新国立劇場合唱団 ■東京文化会館・大ホール,2021.6.6 ■サーリアホは「遥かなる愛」以来かな。 今日の舞台は能から採ったから楽しみね。 ・・っと直前に、サーリアホが私の席の二つ後ろの列に着席したの。 この時期の来日は大変だったでしょう。 第一部は「経正」で上演は45分。 黒シャツ姿の僧行慶が気軽な足取りで登場するから調子が狂う。 でも演奏は幽玄調と言ってよいかしら? 次第に経正の影が濃くなっていく。 青山を奏でるところからダンスが入るの。 けっこう激しい振付で再び調子が狂う。 ダンサーは琵琶の分身なの?それとも経正の分身なの? そして修羅道に堕ちた苦しみで経正は静かに消えていく・・。 歌詞は原作を相当省略している。 歌唱や演奏でエコーを多用している(?)ためか人物心情が無機質な空間で漂っているようにみえる。 <幽玄とは何か>を北欧の自然で答えたのかな? 死者との出会方にも違いがあるようだわ。 休息後の第二部「羽衣」も上演45分。 シテとワキは「経正」と同じ歌手。 歌詞は自然描写が多い。 ダンサーも落ち着いた振付で天女に連係できる。 でも前作品と同じくエコー(?)が効いていてどこか掴み切れない。 タイトルの「余韻」はここから来ているのかしら? 能を観たときの自然と人間が溶けあう感覚とは違うわね。 両者が互いに響き合う感じかしら? 厳しい自然観が背景にあるようにみえた。 *劇場、 https://www.t-bunka.jp/stage/9159/

■翼TSUBASA

■振付・出演:森山開次 ■世田谷パブリックシアター,2010.7.23-25 ■鼻高い面をつけて観客席から道草をしながら舞台へ上がる最初のシーンはとても素晴らしい。 踊りもしなやかさがあり観ていて気持ちがいい。 途中のピアノとのやり取りも面白い。トランペットがリズムを乱すのも心地良い。 猛暑の中、舞台で雪が飛び散るのはとても嬉しい。 しかし途中10分くらい眠くなってしまった。 50分くらいにまとめもっと集中すれば濃くなる舞台になると感じた。 先日の「鷹の井戸」そして本日の2回しか観ていないが起伏が滑らかなそして表面が細かく修飾された踊りをするダンサーだと見ました。 骨格を太く建ててそれを前面に押し出すような踊りを中心に加えるとより前進するかなあ。 *劇場、 https://setagaya-pt.jp/theater_info/2010/07/tubasa.html

■KATANA

■振付・出演:森山開次 ■世田谷パブリクシアタ,2016.10.7-9 ■鋭角を感じさせる振付で、ときどき剛の中に軟が現れる。 褌を変形したような衣装で舞踏や相撲などを連想してしまう。 紅い花もこの流れに沿って一貫性がみえる。 10年前の作品らしい。 これならニューヨークタイムズも取り上げるだろう。 日本的な密度が充満しているからだ。 KATANAは日本刀を意識しているようでダンサーに緊張感が溢れている。 このためか自由に観ることができない。 ところで音楽が舞台から遊離しているように感じた。 指向性スピーカ?が舞台前面にあるためかもしれない。 ダンサーを掠めて音楽が通り過ぎてしまっている。 *劇場、 https://setagaya-pt.jp/performances/201610katana.html

■2016年舞台ベスト10

□ 城塞   演出:眞鍋卓嗣,劇団:俳優座 □ 黒蜥蜴   演出:宮城聰,劇団:SPAC □ カルメン   演出:金森穣,舞団:Noism □ イェヌーファ   演出:クリストフ.ロイ,指揮:トマーシュ.ハヌス □ 安全区、堀田善衛「時間」より   演出:獄本あゆ美,出演:メメントC □ 夢の劇、ドリーム・プレイ   演出:白井晃,台本:長塚圭史,振付:森山開次 □ 887   演出・出演:ロベール.ルパージュ □ Cross Transit   演出:北村明子,ドラマトゥルク:キム.ハク,音楽:横山裕章 □ Woodcutters伐採   演出:クリスチャン・ルパ □ 治天ノ君   演出:日澤雄介,出演:劇団チョコレートケーキ *並びは上演日順。 選出範囲は当ブログに書かれた作品。 映像と美術は除く。 * 「2015年舞台ベスト10」

■ダンス・アーカイヴinJAPAN2015

■出演:石井登,石井かほる,小林洋壱,片岡通人,木原浩太,西川箕乃助,佐藤一哉,堀登,酒井はな,佐々木大ほか ■新国立劇場・中劇場,2015.3.7-8 ■昨年6月第一弾の続きである。 今年はソロ4作品と群舞2作品を復元している。 幕間に片岡康子と森山開次のトークが入った。 群舞「機械は生きている」(石井獏1948年)は器械体操、ソロの「マスク」(石井獏1923年)は舞踏、「恐怖の踊り」(執行正俊1932年)は唐十郎の作品に登場するような衣装と動きと美術を想起する。 「釣り人」(檜健次1939年)はパントマイム、「スカラ座のまり使い」(江口隆哉1935年)は日本舞踊とパントマイムのようだ。 最後の群舞「体」(石井みどり1961年)はなんと「春の祭典」だった。 ダンスのようでダンスでない。 ダンスにみえるのは「恐怖の踊り」と「体」だけである。 20世紀前半の振付家やダンサーの思考錯誤が滲み出ている感じだ。 会場で販売していた「日本の現代舞踊のパイオニア」(監修片岡康子、税抜700円)を買ってきて、今このブログを書きながらパラパラ眺めている。 まだ読んでいないがタイトル副題は「創造の自由がもたらした革新性・・」とある。 なるほど「創造の自由」は今回の舞台を観て感じるところがあった。 体操・舞踏(ノイエタンツ)・日本舞踊・演劇・パントマイム等々何でも利用して前進しようとする自由の豊かさがあったことは確かだ。 *NNTTダンス2014シーズン作品 *劇場、 http://www.nntt.jac.go.jp/dance/performance/150307_003726.html

■ポリグラフ嘘発見器

■ 演出:吹越満,出演:森山開次,太田緑,吹越満 ■ 東京芸能術劇場·シアターイースト,2012.12.12-28 ■ まるで散文詩をみているような舞台ね。 句読点のある場面切替、しかも科白が棒読みだったからよ。 そして映像は古典的すぎるけどコクが有るので、淡白な科白や身体の動きにうまく混ざり合って独特な詩的舞台が表現できていた。 でも三人の役者はまるで素人のようだし要はリアルさがまったくないの。 ここが面白いところかもね。 物語の流れもよくわからなかった。 一種のパフォーマンス劇だわ。 しかもダムタイプ系とは逆張りのね。 ルーシとフランソワの身体は対照的だったけどでどちらも存在感があって素敵だった。 ところで観劇前に近くのマックで味を変えてからのコーヒを初めて飲んだの。 酸味が薄れてまろやかになった感じ。 飲みやすくなったわ。 外で飲むにはいいかもね。 *チラシ、 http://www.geigeki.jp/wp-content/uploads/2012/11/a2d3dc47dd2cc08d740003f1ce976bf4.pdf