■ジークフリート
■音楽・台本:リヒャルト・ワーグナー,指揮:アントニオ・パッパーノ,演出:バリー・コスキー,出演:アンドレアス・シャーガー,ピーター・ホーレ,クリストファー・モルトマン他
■TOHOシネマズ日比谷,2026.6.26-7.2(ロンドン・ロイヤル・オペラ・ハウス,2026.3.31収録)
■「ラインの黄金」(2023年)、「ワルキューレ」(2025年)、そして今回の「ジークフリート」(2026年)。 来年には「神々の黄昏」が予定されており、思った以上に4作の上演間隔は短い。 嬉しいことだ。 指揮者が変更になると聞いていたが、パッパーノが引き続き指揮棒を振るようだ。
幕が開くと、ジークフリートとミーメの疑似親子喧嘩が延々と続く。 しかし脳味噌がなかなか起きない。 ところが、さすらい人の登場で舞台の緊張が一気に高まり、眠気は吹き飛んだ。 前2作を通してヴォータンの存在感は圧倒的である。 また、素裸で徘徊する認知症エルダも健在で妙に安心してしまう。
二幕の舞台美術には呆気にとられた。 雪の降る町はずれの街道に、突如として現代風の一軒家が建っている。 その家から現れた龍=ファフナーは、金色に輝くスーツ姿で登場したので、時と場所の感覚が完全に混乱した。 三幕では、お花畑を走り回るジークフリートとブリュンヒルデが現れ、眩暈の連続が続く。
助監督はインタビューで「デヴィッド・リンチ風」と語っていたが、そうは感じなかった。 むしろ今回もドイツ的な風景が広がっていた。 1幕はフリッツ・ラング、2幕はF・W・ムルナウを思わせる。 映画監督から離れるが、3幕は舞踊家ピナ・バウシュの世界を連想させた。
ただし今回の「ジークフリート」は、どうもリズムが合わなかった。 おそらくミーメの弛緩した喜劇性が、<指輪>全体の緊張感を過度に緩めてしまったからだろう。 さらにブリュンヒルデがジークフリートに述べる凡庸な感想も、物語の高揚を現実へ引き戻してしまう。 日本語字幕との相性が悪かった可能性もある。 この狂ったリズムを、次作「神々の黄昏」でどう挽回するのか期待したい。
*英国ロイヤル・バレエ&オペラinシネマ2025作品
*「ブログ検索🔍」に入れる語句は、バリー・コスキー ・・検索結果は3舞台.