■ミヤギ能オセロー、夢幻の愛

■原作:W・シェイクスピア,謡曲台本:平川祐弘,演出:宮城聰,出演:SPAC
■静岡芸術劇場,2018.2.11-3.11
■「オセロ」を夢幻能にした驚きの内容だった。 前場では女3人を引き連れた老婆らしき人物が僧と昔話を始める。 女の言葉は地謡が多くを担当するの。 ワキの僧と地謡が語り合う風景描写が素晴らしい。 能が得意な言動分離だからこの手法が自然にみえる。 女たちはそのまま囃子方にもなる。 役者の動き、地謡や演奏を含め場面展開に無駄がないわね。 囃子もグッと抑えて叙情豊かに響く。 
中入りで男優たちが揃い現代語訳で物語を進めていく。 オセロやキャシオー、イアーゴは地謡がそのまま変身よ。 役者が役割を変えていく流れが面白い。 顔と着附が日本語で袴は英語の文字衣装がまた楽しい。 背景の瘤付ロープが照明に当たるとお経の文字列に見えてくる。
そして後場でデズデモーナの霊が登場しオセローとの愛を語る・・。 囃子も笛が入って高揚し、地謡はオノマトペのようにも聞こえてくる。 複雑だけどとても練れている構造だわ。
「オセロ」になぜ感動するのか? 「首を絞められるデズデモーナがその瞬間にこそ最もオセローに近づいていた。 この一瞬こそが人生で最も大切な時間となり・・」。 凝縮した愛と嫉妬の融合を演出家はこのように言っている。 そして恋愛の掟として「相手を<信じる>以外にない」と。 この言葉通りにオセロとデズデモーナが愛を超えたことを直観するから「オセロ」に感動するの。
それでもデズデモーナが霊としてこの世にやってくるのは何故なのか? 「デズデモーナよ成仏して」と言ってやりたい。 イアーゴのことはもう終わった。 「オセロ」は「オセロ」を超えられるか?がこの作品の課題かも。 でも凝り過ぎて「オセロ」のその先へ辿り着けたのかは疑問ね。
*劇場、https://spac.or.jp/au2017-sp2018/othello_2017