投稿

検索キーワード「長野和文」に一致する投稿を表示しています

■ガラスの動物園

■作:テネシー・ウィリアムズ(翻訳:小田島雄志),演出・美術:長野和文,劇団:池の下 ■劇場MOMO,2025.12.12-14 ■繰り返し観ている作品だが、そのたびに新しい感想を抱かせてくれる。 栄光にしがみつく母、現実から逃避する娘、葛藤を抱える息子、そのガラスの家族を揺り動かす友人。 演出や役者の些細な科白や演技の違いが舞台を微妙に振動させ、観る者の心に深く響いてくる。 母アマンダはこれほどまでに饒舌だったのか! 息子トムはこんなにも母に強く当たっていたのか! 娘ローラと友人ジムはこれほどまでに近づけたのか!  今回の舞台はいつも以上に強弱が鮮明で四人それぞれの積極性が際立っていた。 母も娘も、その後の苦難を乗り越えていくかのように見えたが・・。 演出家の挨拶文から、この見え方は背景の社会情勢に比例させたのかもしれない。 多少の違いはあれ、誰もが身に覚えのある感情ばかりである。 今回もまた、心を大きく揺り動かされた。 *池の下-始動30年記念,第31回公演・海外作品シリーズ *CoRich、 https://stage.corich.jp/stage/403819 *「ブログ検索🔍」に入れる語句は、長野和文 ・・ 検索結果は3舞台 .

■イエス、たぶん

■作:マルグリット・デュラス,演出:長野和文,出演:稲川実加,芹澤あい,深沢幸弘:劇団:池の下 ■劇場MOMO,2024.12.13-15 ■マルグリット・デュラスの舞台を観るのは13年ぶりです。 忘れていた彼女の作品を思い返す。 1968年の作品らしい。 たぶん脂が乗りきっていた時期でしょう。 核戦争後の世界を描いている。 このテーマは映画や舞台で今なら幾らでも見ることができる。 先見の明があります。 ・・舞台は記憶を失った二人の女と生き残った兵士の3人が登場する。 兵士は心身喪失状態です。 断片的な言葉から過去と現在を微かに知ることができる。 それは核戦争の記憶です。 女は、そこから前進するしかない。 あとからくる子供たちの為に・・。 「二十四時間の情事」で被爆地に出会い、「かくも長き不在」の記憶喪失を経て、そして五月革命の中で「・・もうロマンは読めなくなった。 バルザックやプルーストのように書くことは出来ない」とデュラスは言う。 「イエス、たぶん」はその先にあるのでしょうか? *池の下第30回公演海外作品シリーズ *CoRich、 https://stage.corich.jp/stage/343757

■灰から灰へ

■作:ハロルド.ピンター,演出:長野和文,出演:稲川実加,平澤瑤,劇団:池の下 ■アトリエ第七秘密基地,2018.12.14-16 ■舞台は中央に鏡、左右に椅子がシンメトリーに置いてある。 男と女は椅子に座ったり凭れ掛かったり周りを歩き回り・・、女は二三度鏡に向かう。 美術も衣装も平凡だがスキ無く練られています。 男は女が付き合っていた男のことを聞き出そうとする。 女は以前の男に「握り拳にキスをしてくれと言われた・・」と。 しかし女の話は事実なのか夢の中の出来事だったのかよく分からない。 「ハメルーンの笛吹き男」や「ベツレヘムの幼児虐殺」に似た話もするからです。 男は持て余し気味に理屈でやり返す。 その不自然な対話は終幕まで続いていきます。 男と女は夫婦に近い間柄のようですが喜怒哀楽が見えない。 ついに男は握り拳をつくりキスをしてくれと女に言って幕が下りる。 ・・。 密室での不可思議な科白だけに役者二人の力量が全てでしょう。 どれだけ観客に想像力を与えられるか? 間の取り方や声の抑制などで面白さが変化する作品ですね。 二人の間に現れる肌理の滑らかさが有ればより膨らんだように思います。 *池の下第26回公演海外作品 *CoRich、 https://stage.corich.jp/stage/95558