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■能楽堂一月「絵馬」「牛馬」

*国立能楽堂一月定例公演□の2舞台を観る. □能・宝生流・絵馬■出演:金森秀祥,金森良充,金井賢郎.木谷哲也ほか □狂言・大蔵流・牛馬■出演:善竹忠亮,善竹大二郎,茂山千三郎 ■国立能楽堂,2025.1.7 ■正月らしく、客席には和服姿の観客が多く見られた。 祝典能では、神霊をシテとする脇能の後に脇狂言が続くのが常だが、今日はその順番で演目が始まった。 「絵馬」は、前場で尉と姥が伊勢神宮の社殿に絵馬を掛け、後場では天照大神、天鈿女命(あめのうずめ)と天手力雄神(あめのたぢからおのかみ)が登場し、天岩戸の故事を再現し、神舞を続いて神楽を舞う。 新年にふさわしい豊かな趣のある作品である。 神舞では天照大神の舞に切れと速さがあり、舞台が一気に引き締まった。 神楽では二神の相舞が華やかで見事で、豪華なお年玉をもらった気分になった。 面は尉が「小尉」姥は「姥」、後場になって天照大神は「外河(とごう)」、二神は「小面」と「邯鄲男」。 「牛馬」は過去に観たことがあったが、詳細は忘れていた。 博労(牛や馬の仲買商人)同士が市場の権利を争う話で、今年の干支に因んで取り上げられたのだろう。 牛と馬の効用を巡る掛け合いが軽妙で、改めて楽しめた。 *劇場、 https://www.ntj.jac.go.jp/schedule/nou/2025/7039/

■くるみ割り人形

■音楽:P・I・チャイコフスキー,振付:ウィル・タケット,指揮:マーティン・イェーツ,出演:東真帆,奥村康祐,福岡雄大ほか,演奏:東京フィルハーモニー交響楽団 ■新国立劇場・オペラパレス,2025.12.19-26.1.4 ■クリスマス公演の定番作品だが、近年は年初まで上演されるようになり、年末の多忙な時期を避けて観られるのは有難い。 しかもウィル・タケット振付による新作と聞き、期待してチケットを購入した。 新作の特徴としては・・ 1.チャイコフスキーの楽譜に書かれたシナリオに、より忠実に近づけていること。 2.作曲家が望んだとされる演奏速度に、より近づけていること。 3.「菓子の国」のディヴェルティスマンをすべて<菓子の踊り>に統一したこと。 舞台装置は凝っており、映像も多用されていて非常にカラフルだ。 「菓子の国」ではキャンディ・綿飴・ゼリー・ポップコーンなど多彩な菓子が登場し、どれもくっきりとした鋭い照明下で映えていた。 まるでディズニーランドに来ているかのような華やかさがある。 私は本来、質素ながら重厚な舞台、たとえば古い英国ロイヤル・バレエなどの様式、を好むため、今回はやや趣味から外れていた。 若い観客を惹きつける工夫がなければ、近頃は劇場運営も難しいのだろう。 主役のクララと助手(王子)はグラン・パ・ド・ドゥも無難に熟していた。 とくに群舞が素晴らしかった。 チャイコフスキーのバレエ音楽は楽しさと寂しさが共存しており、年末・・今年は年初だが、この時期に聴くには最適だ。 演奏も申し分無かった。 劇場は満席で、スタッフやキャストは大変だろうが、年初公演は成功すると確信できる。 当劇場のバレエ公演はオペラと比較して客層が真逆になる。 この日は若い女性が九割を占めていた。 ともあれ、今年の幕開けとして順調な舞台だった。 *NNTTバレエ2025シーズン作品 *劇場、 https://www.nntt.jac.go.jp/ballet/nutcracker/ *「ブログ検索🔍」に入れる語句は、ウィル・タケット ・・ 検索結果は2舞台 .

■朧の森に棲む鬼

■作:中島かずき,演出:いのうえひでのり,出演:松本幸四郎,中村時蔵,坂東新吾ほか ■アップリンク吉祥寺,2026.1.2-22(新橋演舞場,2024.11収録) ■作品紹介には「阿弖流為(アテルイ)に続く待望の第二弾!」とある。 第一弾が面白かったこともあり正月早々に映画館へ足を運んだ。 今作は「底知れぬ欲望に捕らわれ、狡猾な詭弁で人々を騙し、底辺から頂上を狙う主人公ライ」に焦点を当てている。 前半はどうにも身動きがとれない印象だった。 森に棲む魔物から授けられた魔力が彼を守ってしまうため、物語の展開が読み易く、緊張感が薄れてしまう。 「マクベス」や「リチャード三世」を思わせる場面が時折登場するものの、ライの心は終始閉ざされたままだ。 彼は何を考えているのか外側からは想像しずらく、天下統一のビジョンも見えてこない。 上映時間200分が長く感じられた。 しかし後半に入ると、ようやくエンジンが掛かってきた。 それは、前半でライと交わりを持った人物・・、上司・愛人・同僚・部下・親友・知人の関係を彼の欲の力で次々と暴力的な解決をしていく展開だ。 ここは作家と演出家の名コラボらしい捻りの効いた流れが見事に発揮されていた。 主人公ライの支離滅裂な強欲だけが突っ走る舞台だった。 そこに<大きな物語>が欠けていたのは残念に思う。 最後に彼は鬼となり、朧の森を支配して幕が下りる。 ヒトがオニになる作品だが、もし彼の欲望を<大きな物語>に向かわせたら、オニではなく、政治の、宗教の、英雄になったのかもしれない。 *シネマ歌舞伎作品 *シネマ歌舞伎、 https://www.shochiku.co.jp/cinemakabuki/lineup/2850/ *「ブログ検索🔍」に入れる語句は、いのうえひでのり ・・ 検索結果は18舞台 .

■インター・エイリア

■作:スージー・ミラー,演出:ジャスティン・マーティン,出演:ロザムンド・パイク,ジェイミー・グローヴァー,ジャスパー・タルボット ■シネリーブル池袋,2025.12.26-26.1.8(リトルトン・シアター,2025.7-9収録) ■登場人物は主人公ジェシカと彼女の夫、そして息子の3人である。 しかし実際には、ジェシカが複数の役を演じ分けながら物語を進めていくため、ほぼ一人芝居のような構造になっている。 一人数役ゆえに、科白の中にト書きのような状況説明が多く含まれるが、重要な場面では夫や息子も科白を発する。 作品全体の9割以上をジェシカが語り続けるという大胆な構成が面白い。 ジェシカは裁判官で、夫も弁護士という裕福なリベラル家庭に見える。 そして契約書用語のラテン語タイトルが意味深いニュアンスを漂わせている。 彼女は一人息子を深く愛しており、同時に自身の職業にも強い誇りを持っている。 前半はこの二つの軸を中心に物語が展開していく。 素人の私から見ても、特に判事としての仕事の描写は興味深かった。 後半、息子が性加害で訴えられるという重大なトラブルが発生する。 ジェシカは息子を救うため、リベラルが掲げる<権力からの自由>を手放し、<権力への自由>である<法の正義>だけを頼りにして解決しようとする。 しかし息子は<人としての正義>を選び、自ら罪を認めて自首をする・・。 判事という職業を持つ家庭に法的紛争が持ち込まれることで、家族関係は複雑に揺れ動く。 この複雑さを作品は巧みに救い上げ、舞台を魅力的なものにしていた。 ジェシカを演じたロザムンド・パイクの熱演は見処であった。 *NTLナショナル・シアター・ライブ2025作品 *映画com、 https://eiga.com/movie/104635/ *「ブログ検索🔍」に入れる語句は、ジャスティン・マーティン ・・ 検索結果2舞台 .

■2025年舞台ベスト10

*当ブログに書かれた作品から最良の10本を選出. 並びは上演日順. 映像(映画・配信)は除く. ■ 宙吊りの庭   演出:金森穣,舞団:Noism ■ ソウル・オブ・オデッセイ   演出:小池博史,出演:小池博史ブリッジプロジェクト ■ 武文   出演:金井雄資,宝生欣哉,野村萬斎,劇場:国立能楽堂 ■ 想像の犠牲   演出:山本ジャスティン伊等,劇団:Dr.HolidayLaboratory ■ 加茂物狂   出演:観世清和,,福王和幸,福王知登,劇場:国立能楽堂 ■ レムニスケート消失   演出:小野寺邦彦,劇団:架空畳 ■ セザンヌによろしく   演出:今野裕一郎,劇団:バストリオ ■ りすん   演出:小熊ヒデジ,劇団:ナビロフト ■ 弱法師   演出:石神夏希,劇団:SPAC ■ 鼻血   演出:アヤ・オガワ,劇場:新国立劇場 *今年の舞台映像は,「 2025年舞台映像ベスト10 」. *今年の美術展は,「 2025年美術展ベスト10 」.

■2025年舞台映像ベスト10

*映像(映画・配信など)で観た舞台公演から最良の10本を選出. 並びは観賞日順. ■ マクベス   演出:マックス・ウェブスター,劇場:ドンマー・ウェアハウス ■ ハンマー   演出:アレクサンダー・エクマン,舞団:エーテボリ歌劇場ダンスカンパニー ■ 賭博者   演出:ピーター・セラーズ,指揮:ティムール・ザンギエフ,主催:ザルツブルク音楽祭 ■ 真面目が肝心   演出:マックス・ウェブスター,劇団:ロイヤル・ナショナル・シアター ■ 博士の異常な愛情   演出:ショーン・フォーリー,劇団:ロイヤル・ナショナル・シアター ■ サロメ   演出:クラウス・ゲート,指揮:ヤニック・ネゼ=セガン,劇場:メトロポリタン歌劇場 ■ ラインの黄金   演出:バリー・コスキー,指揮:アントニオ・パッパーノ,劇場:ロイヤル・オペラ・ハウス ■ ワルキューレ   演出:バリー・コスキー,指揮:アントニオ・パッパーノ,劇場:ロイヤル・オペラ・ハウス ■ 蝶々夫人   演出:ロバート・ウィルソン,指揮:スペランツァ・スカップッチ,劇場:パリ・オペラ座 ■ オルフェオとエウリディーチェ     演出:ピナ・バウシュ,指揮:トーマス・ヘンゲルブロック,劇場:パリ・オペラ座 *今年の舞台は,「 2025年舞台ベスト10 」. *今年の美術展は,「 2025年美術展ベスト10 」.

■踊る。遠野物語

■演出・振付・構成:森山開次,出演:石橋奨也,大久保沙耶,尾上眞秀,麿赤児,田中睦奥子,森山開次,舞団:Kバレエ,大駱駝艦,演奏・歌唱:中村明一,磯貝真紀,菊池マセ ■BeilliaHall,2025.12.26-28 ■物語は、出撃前に許嫁を思いながら絶筆を残した特攻隊員の魂が遠野を彷徨い、彼岸と此岸の境界を飛び続けるというものだった。 舞台は驚きに満ちていた。 舞踏や、岩手県遠野に伝わる伝承をもとにした歌や踊りが入り混じり、独自の世界観をつくり上げているバレエ作品である。 最初は戸惑いながら観ていたが、次第にその世界に馴染んでいく感覚が心地よかった。 バレエと舞踏が融合していく様子が実に楽しい。 八百万の神々が舞台を導き、主人公の青年が飛行機のように舞台上を飛び回る。  これほど多様なジャンルを横断するバレエ作品は初めてかもしれない。 途中でストーリーがやや曖昧になったものの、遠野物語を絵巻を眺めているような豊かな時間を持てた。 終幕の鹿踊りは、あの世とこの世の境界を浄化するような力を感じさせた。 いつものダンスを観たという感動とは異なり、神々がもたらしてくれたような深い充足感を得ることができた。 *Kバレエ・オプト第3回作品 *劇場、 https://toshima-theatre.jp/event/001211/ *「ブログ検索🔍」に入れる語句は、森山開次 ・・ 検索結果14舞台 .

■養生

■作・演出・美術:池田亮,出演:本橋龍,黒澤多生,丙次,劇団:ゆうめい ■神奈川芸術劇場・大ホール,2025.12.19-28 ■美大生である主人公がアルバイトや就職を通して経験した社会の現実を舞台に乗せ、現代の若者が抱える生活の一面を鮮やかに描いていた。 誇張された場面もあったが、全体として楽しんで観ることができた。 前半は登場人物3人によるコントのような掛け合いが続く。 やや単調に感じ始めた頃、同期が著名作家になったことへの社会的批判が語られ、そこから舞台はコント的な軽さを抜け出し、本格的な芝居へと転じていった。 私自身、美術には多少の興味があるものの、美大生の就職について深く考えたことがなかった。 美術作品は主観や嗜好に左右されるため、一般の商品と違って評価が一定しない。 劇中でも、主人公が良かれと思って製作した作品が教授には不評で、美大生が<自信>を持ちにくい状況が描かれていた。 就職してからも揺れ動く評価と自信の間で疲労していく姿に、彼らが背負う重荷を強く感じさせた。 演出家の挨拶文には「・・忘れられずにある「否定されたもの」をもう一度肯定するために「養生」を上演する」と記されている。 終幕で、主人公は仕事の納期を守れなかったにもかかわらず、同僚を庇う行動を選ぶ。 彼は何を肯定したのだろうか? 私には、それが人間関係そのものの肯定に至ったように見えた。 社会に根強く存在する芸術作品の評価システムを舞台上で覆すことは難しいかもしれないが、その中で人がどう生きるかを問いかける作品だったように思う。 *ゆうめい10周年全国ツァー公演 *劇場、 https://www.kaat.jp/d/yojo *「ブログ検索🔍」に入れる語句は、池田亮 ・・ 検索結果2舞台 .

■マレビトの歌

■演出:金森穣,音楽:アルヴォ・ペルト,衣装:堂本敦子,山田志麻,舞団:Noism ■彩の国さいたま芸術劇場・大ホール,2025.12.20-21 ■舞台は、金森穣と井関佐和子のデュオから幕を開ける。 断崖絶壁を思わせる背景の前に黒衣のダンサーたちが次々と登場し、鋭く切れ味ある動きで舞台に緊張感を深めていく。 振付は完成度が高く、これほど鍛え上げられた身体表現に出会える機会はそう多くないだろう。 一つ一つの動きには意味が込められているようで、作品に明確なストーリーが存在するらしい。 演出家の挨拶文には「個と集団、彼岸と此岸というここ数年の私の創作テーマ・・」、「マレビトとは・・、他界から訪れる霊的なナニモノカである」と記されている。 ただ、マレビトをテーマにしているにもかかわらず、いつ・どこで・だれが・なにを・どうしたのかが読み取れず、物語に深く入り込むことが難しかった。 観客側が想像力で補うことを求めらるようだ。 簡単な粗筋なり解説があれば、より舞台世界に近づけたのではないだろうか。 *劇場、 https://www.saf.or.jp/arthall/stages/detail/104894/ *「ブログ検索🔍」に入れる語句は、金森穣 ・・ 検索結果は41舞台 .

■ファウストの劫罰

■原作J・W・ゲーテ(ファウスト),作曲:H・ベルリオーズ,指揮:マキシム・パスカル,出演:池田香織,山本耕平,友清崇,水島正樹,管弦楽:読売日本交響楽団,合唱:二期会合唱団,NHK東京児童合唱団 ■東京芸術劇場・コンサートホール,2025.12.13-14 ■上演がセミ・ステージ形式のため迷わずチケットを購入した。 オペラは指揮者や演奏の姿が見えなければ楽しさは半減する。 ピットに隠れてしまうと音響も籠りがちだ。 その点、演奏と歌唱が舞台上にあることで観客は自由に場面を想像ができる。 歌手の演技は控えめな方が理想的だと感じる。 初めて観る作品だったが舞台は充実していた。 演奏も合唱も大編成で迫力があり、歌手たちも一回限りの上演に熱を込めていた。 ベルリオーズのようなロマン派作曲家はやはりゲーテの世界に相応しい。 「壮大なゲーテ文学を余すことなく表現した!」という広告文の通りであった。 「・・崇高な自然は私の限りない憂愁を止めてくれる」。 ファウスト博士は地獄へ落ちる直前にそのことに気が付くが、しかし、彼が自死を試みた以前から自然は常に眼前にあったのだ。 それを真に見出すには、マルグリートと言う女性を通さなければならなかった。 教会の鐘や復活祭ではファウストの心を救うことができなかったのである。 彼の自然と女性の関係が面白い。 一方で、「ベルリオーズの傑作を圧倒的な映像美とともに贈る」という広告文には疑問を持った。 舞台背景にはストーリーに沿った映像が延々と映し出されたが、これが音楽的想像力を防げてしまった。 「ラコッツィ行進曲」では現代の軍隊行進や戦車などの兵器が、「ネズミの歌」では鼠が這い回り、デュオではスマホのLINE対話画面が映し出される。 こうした一方的な映像は舞台の雰囲気を壊していたように思う。 しかし「フランス音楽の若き旗手マキシム・パスカルと待望の読響とのタッグが実現」という宣伝文には大いに満足した。 パスカルの指揮を生で見るのは初めてだったが、フランケンシュタインのような独特な動きが楽しく、演奏も十二分に堪能できた。 期待以上の舞台であり心から満足した。 *東京二期会コンチェルタンテ・シリーズ *二期会、 https://nikikai.jp/lineup/faust2025/

■ガラスの動物園

■作:テネシー・ウィリアムズ(翻訳:小田島雄志),演出・美術:長野和文,劇団:池の下 ■劇場MOMO,2025.12.12-14 ■繰り返し観ている作品だが、そのたびに新しい感想を抱かせてくれる。 栄光にしがみつく母、現実から逃避する娘、葛藤を抱える息子、そのガラスの家族を揺り動かす友人。 演出や役者の些細な科白や演技の違いが舞台を微妙に振動させ、観る者の心に深く響いてくる。 母アマンダはこれほどまでに饒舌だったのか! 息子トムはこんなにも母に強く当たっていたのか! 娘ローラと友人ジムはこれほどまでに近づけたのか!  今回の舞台はいつも以上に強弱が鮮明で四人それぞれの積極性が際立っていた。 母も娘も、その後の苦難を乗り越えていくかのように見えたが・・。 演出家の挨拶文から、この見え方は背景の社会情勢に比例させたのかもしれない。 多少の違いはあれ、誰もが身に覚えのある感情ばかりである。 今回もまた、心を大きく揺り動かされた。 *池の下-始動30年記念,第31回公演・海外作品シリーズ *CoRich、 https://stage.corich.jp/stage/403819 *「ブログ検索🔍」に入れる語句は、長野和文 ・・ 検索結果は3舞台 .

■スリー・キングダムス

■作:サイモン・スティーヴンス,翻訳:小田島創志,演出:上村聡史,出演:伊礼彼方,音月桂,夏子ほか ■新国立劇場・中劇場,2025.12.2-14 ■劇場に入ると空席が目立ち、客席はおおよそ半分しか席が埋まっていなかった。 もともと締まりのない劇場空間のため、空席があるとさらに密度の薄い印象を受ける。 スタッフもその点を意識したのか、舞台の四方に壁を設けて観客の集中を高めようとしていた。 物語は殺人事件を捜査する刑事が主人公らしい。 結末は知らない方が面白いと考えて事前情報はあえて集めずに観劇した。 しかし予想以上に登場人物が多く、細部を把握するのが厄介だった。 それ以上に印象的だったのは科白の「ブロークン」な言葉使いである。 やたら<クソ>を付けて強調する。 「クソつまらない」「クソやかましい」など。 さらに<匂>への言及も多い。 「サクランボのスムージーの匂が・・」「体臭が・・」「ソーセージパイの・・」と言った具合だ。 ビートルズの話題も煩雑に登場する。 英語・ドイツ語・エストニア語を通訳者を介して繰り返す遣り取りは、すべて日本語だが、どこか新鮮! こうした言葉や文化の背後では、ソビエト時代から続くヨーロッパの緯度格差が性産業へ向かう姿として生々しく描かれていく。  この作品は芝居より映画が映えるのではないだろうか? 監督ならデイヴィット・リンチ系がふさわしい。 実際、チラシにも「インランド・エンパイア」に影響を受けたと記されていた。 さらにストーリー展開からアラン・パーカー監督の「エンゼル・ハート」も思い起こす。 闇世界への儀式も描かれているからだ。 作品には多くの要素が詰め込まれており、舞台はそれらを提示していたが、観客としては入口で立ち止まっているような感覚が残った。 そのため、善悪の溶解から主人公ストーン刑事が拳銃で自殺する結末も納得できない。 面白さはあるものの、どこか半煮えのような観後感が残った。 上演時間3時間の中での選択と集中がより必要ではないだろうか。 *NNTTドラマ2025シーズン作品 *劇場、 https://www.nntt.jac.go.jp/play/threekingdoms/ *「ブログ検索🔍」に入れる語句は、上村聡史 ・・ 検索結果は9舞台 .

■ロボット、私の永遠の愛

■演出・振付・テキスト:伊藤郁女 ■新国立劇場・小劇場,2025.12.5-7 ■舞台上には6m四方の仮舞台が設けられ、そこに大小五つの四角い穴が開いている。 出演者はその穴から出入りし、道具類もそこから出し入れされる。 伊藤郁女による独舞である。 ピアノ演奏などを背景に、2016年初頭からの彼女の日記と思われる言葉が読み上げられる。 耳を傾けると、公演のための移動に追われる多忙な日々がみえてくる。 「休むことができない」。 空港や機内、タクシーやホテルでの遣り取り、両親との会話、子供の教育などが次々と語られていく。 「なにも無い時間が欲しい」と切実な声が響く。 伊藤はロボットのような振付で踊る。 コルセットの一部を顔や肩、腕や足に付けたり外したりしながら舞う姿はまるでロボットのようだ。 忙しく働くからロボットなのか、働き過ぎてロボットになってしまったのか、その両方が重なってみえる。 彼女はロボットの意志を受け入れ、自らロボットであることを選んだのではないか? タフな精神力を感じさせる踊りに、そう思わずにはいられない。 タイトルからもその印象が強まる。 「孤独について、死についてどう思うか?」。 途中、観客に重い問いを投げかける場面があった。 突飛な問いに一瞬戸惑ったが、それはロボットとの関連ではなく、彼女自身の日常から生まれた問いなのだろう。 観客の幾人かが柔軟に答え、その交流のなかで彼女はロボット的存在から抜け出していったように見えた。 60分という短い上演だが、 減り張りの効いた振付を十分に楽しめた。 師走を迎える前に心の燃料を補給できたような気持ちになった。 *NNTTダンス2025シーズン作品 *劇場、 https://www.nntt.jac.go.jp/dance/robot/ *「ブログ検索🔍」に入れる語句は、伊藤郁女 ・・ 検索結果は3舞台 .

■古事記

■原作:鎌田東二,演出:レオニード・アニシモフ,劇団:TOKYO・NOVYI・ART ■梅若能楽学院会館,2025.12.6 ■能楽堂の上演では能舞台の形式に合わせる構成が多い。 演奏と歌唱を担当する六人が囃子座に並び、歌唱専門の一人が大太鼓を持って地謡座に座る。 白装束に顔を白く塗った十二人の演者が橋掛りから入場し、ゆっくりした動作で演じ始める。 演者はほとんど動かず、その科白は歌唱に近い調子で語られる。 進行役は地謡座の一人が務めていた。 物語はイザナキとイザナミの神話を題材にしているようだ。 ・・二人は泥水を掻き回して島をつくり、結ばれて子をもうけるが、妻イザナミは命を落としてしまう。 イザナキは黄泉の国へ赴くも、そこで仲違いしてしまう。 続いて、イザナキの身からアマテラスとスサノオがつくられる。 しかしスサノオの奔放な振舞により、アマテラスは岩屋に隠れてしまう。 そこで八百万の神々が宴を開き、岩屋の扉を開ける・・。 鎌田東二の原作は未読だが、古事記との違いは舞台を観てもよく分からなかった。 むしろこれは演劇というより儀式に近い印象を受けた。 神話を素朴に感じることはできたが、儀式とは何かが上手く言えない。 原作に答えがあるのだろうか? この劇団による「源氏物語」を同じ舞台で観たことがあるが、今回の舞台は形式的にはよく似ていた。 ただし違いは科白の深さにある。 神話の科白は解説になりがちで、しかも肝心の<歌>が十分に熟成していない。 これが舞台を平凡にしていた要因かもしれない。 *鎌田東二氏追悼公演. *劇団、 https://tokyo-novyi.com/about-us/repertory-works/ *「ブログ検索🔍」に入れる語句は、レオニード・アニシモフ ・・ 検索結果は14舞台 .

■能楽堂十二月「塗附」「江口」

*国立能楽堂十二月定例公演□の2舞台を観る. □狂言・和泉流・塗附■出演:野村万禄,小笠原由祠,河野佑紀ほか □能・喜多流・江口■出演:香川靖嗣,大日方寛,野村万蔵ほか ■国立能楽堂,2025.12.3 ■「江口(えぐち)」は観阿弥の原作を世阿弥が改作した作品である。 舞台はゆったりとしたテンポで進み上演は2時間に及ぶ。 前場では西行法師と江口の君の贈答歌を巡り、里女と旅僧の問答が続く。 後場では仏教用語が次々と語られるなか、江口の君がそれを解釈していく。 そして終幕、君が普賢菩薩の姿となり西の空へと消えていく。 遊女が普賢菩薩へと昇華する劇的な展開もあるが、舞台の中心は和歌問答や仏教的摂理の説明に置かれているように感じられた。 言葉から身体へと変身できるかが、この舞台の要であろう。 しかし問答や説明がやや長く、劇的な要素が薄まってしまった印象もある。 作者親子は作品に言葉を詰め込み過ぎたのかもしれない。 面はともに「小面(こおもて)」。 「塗附(ぬりつけ)」は古くなった烏帽子を塗師に塗り直してもらうという話である。 慌ただしい師走を感じさせる舞台であり、今年を振り返る時期に差し掛かったことを思い起こさせてくれた。 *能作者のまなざし-観阿弥-特集 *劇場、 https://www.ntj.jac.go.jp/schedule/nou/2025/7035/