■能楽堂九月「薩摩守」「兼平」

*国立能楽堂九月普及公演の□2舞台を観る.
□狂言・大蔵流・薩摩守■出演:大藏彌右衛門,大藏彌太郎,大藏吉次郎
□能・観世流・兼平■出演:梅若猶義,舘田善博,大藏教義ほか
■国立能楽堂,2024.9.14
■「兼平(かねひら)」は久しぶりに観る修羅能のためか気持ちが高ぶった。 前場、琵琶湖を渡る舟からの初夏風景に和む。 後場は一転して「白刃骨を砕く苦しみ、眼晴を破り・・」の声で一気に戦場へワープする。
その前にプレトーク「忠節、友愛、そして悲壮」(林望解説)を聴く。 初めに「竹斎」の話が出て混乱した。 先日観た狂言「雷」の藪医師を思い出したからだ。 また今月のプログラムに「刊行400年仮名草子「竹斎」と能楽」(福田安典著)も掲載されている。 竹斎は「にらみの介」を連れて東海道を下った。 つまり主従関係を木曽義仲と忠臣今井史郎兼平に繋げたかったのだろう。 次に配布資料「平家物語巻九・木曽最期」の読み合わせをする。 この能は江戸時代に作られたらしい? 大筋は世阿弥の教えに沿っている。 原作から付かず離れずにするのが良い。 などなどを話す。
実際の舞台を観ると・・、場面間の切り替えが窮屈に感じる。 間に余裕がみえない。 地謡の比重が高過ぎる。 特に後場、義仲の最期では床几に座るシテにもっと語らせたいところだ、兼平の最期はシテ自身が戦場を駆け巡るので気にならないが。 それにしても二人の最期には圧倒される。 作者もここに全力を注いだのだろう。 シテ面は「朝倉尉」から「三日月」へ。
「薩摩守(さつまのかみ)」は秀句(言葉遊び)の話である。 出家の大藏右衛門と船頭の大藏吉次郎、積み重なった年齢から滲み出る二人の遣り取りが面白深い。 また茶屋で出された茶の旨さが伝わってきた。