■マライの虎、ハリマオ

■演出:モハマド・ファレド・シャイナル,出演:シティ・カリジャ・ザイナル,ガフィル・アクバル,北川麗,杉山賢,ダレン・クォ
■静岡芸術劇場,2026.4.25-26
■プレトーク(大澤真幸解説)は作品の背景を簡素にまとめたもので観劇の助けになった。 今回の舞台は、1943年に古賀聖人監督が撮った映画「マライの虎」を再構築し、現代の視点から立ち上げ直す試みであるという。
この映画は当時の少国民に人気が高かったと聞く。 イギリスの植民地支配、日本軍の占領、戦後のマレー人と中国人の対立など、現代マレーシアを形づくった歴史が、日本軍の視線を通して凝縮されている点が、この題材を選んだ理由なのだろう。
劇中では日本はアジアを解放したのか?という問いが発せられる。 「日本は資源(石油)が欲しかっただけだ」「この映画の結末は行き止まりだ」と言った、当時のプロパガンダを相対化する台詞も挿入される。 また「中国人は抵抗、マレー人は協調」といったステレオタイプを扱いながらも、断定を避け、歴史の複雑さに触れる姿勢が貫かれていた。 終盤で語られる「歴史そのものを守りたい。 歴史は無限に改定されていくために開かれていなければならない」という言葉はこの舞台の核心だろう。 同時にそれは現代マレーシアの姿にも重なる。 一方で、客席からしばしば笑いが起きていた。 緊張と諧謔が交錯する独特な演出意図によるものだろう。
ハリマオと言えば、私にとってはテレビドラマ「怪傑ハリマオ」の記憶がまず蘇る。 小学生の頃、夢中で画面にかじりついていた。 主題歌はいまでも耳の奥に残っている。
そして舞台を観ながら、ふと父のことを思い出した。 父は陸軍兵士として南方の各戦線を転戦し、最後はシンガーポールでイギリス軍の捕虜になった。 「イギリス軍の弁当は一つで二食分あり、それぞれに紙で包んだ煙草が二本入っていた」。 煙草好きの父は、小学生の私にその話を何度もしてくれた。 それだけ、イギリス兵から受け取った<煙草付の弁当>が強烈な印象だったのだろう。
日本軍が敗北した理由の一つに、兵站の欠如にあると言われている。 食料は現地調達に頼り、戦況が悪化すると略奪や暴力へと転じ、最後は餓死に至る。 この構造は資源や食料の確保が不安定な現代日本にも、どこか通じるものがある。 大災害の際、私たちは旧日本軍と同じ脆さを露呈するのではないか。 日本はいつまでたっても変われない。
*SHIZUOKA世界演劇祭2026