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■能楽堂二月「泣尼」「松浦佐用姫」

*国立能楽堂二月定例公演の二舞台□を観る. □狂言・大蔵流・泣尼■出演:大藏基誠,大藏彌右衛門,大藏教義 □能・観世流・松浦佐用姫■出演:関根知考,大日方寛,大藏彌太郎ほか ■国立能楽堂,2025.2.18 ■狂言「泣尼(なきあま)」は、説法を頼まれた住職が自信の無さから尼を同伴し、法談の最中に泣いてもらうことで場を取り繕うとする。 しかし肝心な場面で尼は居眠りをしてしまう。 約束した布施の分け前をどうするか、損得が絡む一曲である。 「松浦佐用姫(まつらさよひめ)」は世阿弥作と伝わり、2000年に観世流の公定演目に採用された比較的新しい曲とある。 事前に詞章を読んだ段階では物語に深みは感じるものの、舞台のイメージが掴みにくかった。 しかし実際の上演では、詞章が役者の身体を通して立ち上がり、佐用姫の心の揺れが鮮やかに伝わってくる舞台となっていた。 前場での佐用姫と遣唐使・狭手彦との出会い、後場では遣唐船が見えなくなるまで領巾を振り続ける姿、そして形見の鏡を手に入水する終幕まで、胸が締めつけられる思いだ。 解説に「後シテが鏡に映る趣向は「井筒」と同じ・・」とあったが、まさに「井筒」を想起させる工夫にみえて、世阿弥らしい巧らしさも感じられた。 力強い地謡が物語を引っ張っていたのも印象的であった。 シテの発声が澄んでいたら佐用姫により近づけたかもしれない。 面は前シテが「棹さし(近江作)」、後シテは「小夜姫(龍右衛門作)」で物語の陰影を支えていた。 *劇場、 https://www.ntj.jac.go.jp/schedule/nou/2025/7044/

■未練の幽霊と怪物、「珊瑚」「円山町」

*「円山町」,「珊瑚」の2作品を観る. ■作・演出:岡田利規,音楽:内橋和久,謡:里アンナ,出演:アオイヤマダ,小栗基裕,片桐はいり他 ■神奈川芸術劇場・大スタジオ,2026.2.13-3.1 ■いずれも能楽のフォーマットを応用した音楽劇である。 2021年上演の「挫波(ザハ)」「敦賀」がとても刺激的だったので、今回も期待してチケットを購入した。 舞台は簡素ながらも橋掛かりが設けられ、囃子方が一人、地謡が一人座る。 幕が開いても照明は変化せず、客席が明るいままという設定が独特の緊張感を生む。 シテ役は直面で登場する。 「円山町」では仕事で成功しながら夜の街で他殺に遭った、表裏のある女性がシテとして現れる。 「珊瑚」では沖縄・辺野古の米軍基地建設で滅ぼされた湾の珊瑚がシテとなる。 どちらも「社会とその歴史の犠牲者」である共通点を持つ存在だ。 前場では、まずワキが状況を語り、前シテが現れて過去を振り返る。 中入りではアイが物語を補足する。 囃子の演奏を背景に、役者と地謡の詞章が絡み合い、舞台に緊張感が生まれる。 後場に入ると科白は極端に少なくなり、後シテの舞が長く続く。 その舞(ダンス)は次第に激しさを増し、狂おしいまでの表現へと向かう。 両作品とも、犠牲者の姿を言葉よりもパフォーマンス的なダンスで表現しているように感じた。 「珊瑚」のシテは人間ではないため、ダンスと謡いだけで十分に世界観が伝わる。 しかし「円山町」では、後シテが心の内を詞章として吐露する場面がもっと多くてもよかったのではないだろうか。 なぜ此岸へ戻って来たかが曖昧なままであった。 岡田演出特有の、ゆっくりと捻りの効いた身体の使い方と非感情的な発声は、能の形式にとても馴染んでいた。 また、アイ役片桐はいりによる忙しい語りが舞台にリズムを与えていた。 役者たちの身体が異化されていく面白さが、目の前で立ち上がる舞台だった。 さらに渋谷という繁華街の空気感、沖縄のサンゴ礁の広がりといった、場所性を反映した衣装が視覚的な楽しさを添えていた。 特に「珊瑚」の後シテの衣装は、色彩とデザインで海中世界を想起させ、観る者の想像力を刺激していた。 *劇場、 https://www.kaat.jp/d/miren2026 *「ブログ検索🔍」に入れる語句は、岡田利規 ・・ 検索結果は15舞台 .

■ハムレット

■作:W・シェイクスピア,演出:ロバート・ハスティ,出演:ヒラン・アベイセケラ,アリスター・ペトリ,フランチェスカ・ミルズ他 ■TOHOシネマズ日比谷,2026.2.13-(ナショナル・シアター,2025年収録?) ■舞台前半、南アジア的な軽やかさをまとった主人公像が英国演劇の枠組みに否応なく溶け込もうとしているようにみえた。 どこか植民地時代の影が反射しているようにも感じられる。 ハムレットの枯れたようで甲高い声による独白は、キリスト教的世界観から距離を置き、宗教性を感じさせない独特な響きを持っていた。 また、小人症のオフィーリアは身体的な異化を強烈に発揮し、舞台上を奔放に駆け回る。 二人の姿には、現代の若者文化の祝祭的なエネルギーが垣間見られる。 また(映像内の)観客の笑いが絶えず、英語を母語としない私にはニュアンスを掴み切れずもどかしさもあった。 しかし後半に入るとその笑いがピタリと止む。 ハムレットとオフィーリアの奇異な関係性が見事に絡み合い舞台の空気が一変した。 ついに彼女は天使の翼をつけたのだ。 周囲の役者も弱強のビートを刻む科白で緊張感を高め、物語は鮮やかな逆転劇へと向かっていく。 いやー、ハムレットはやはり面白い。 改めてそう実感させられる舞台だった。 *NTLナショナル・シアター・ライブ2025シーズン作品 *映画com、 https://eiga.com/movie/104638/

■黒百合

■原作:泉鏡花,演出:杉原邦生,出演:木村達成,土居志央梨,岡本夏美ほか ■世田谷パブリックシアター,2026.2.4-22 ■泉鏡花の摩訶不思議な世界観も垣間見える。 それより、花売り娘の雪、盲目の恋人・拓、そして子爵家の青年・滝太郎が織りなす三角関係が中心の据えられ、幻想味よりロマン主義的な色合いの濃い作品に感じられた。 雪は洪水で命を落とすものの、三角関係そのものは終幕まで崩れない。 当時の小説としては珍しい構図にみえる。 拓と滝太郎の双方が家系の長として同じ道を歩む運命にあり、さらに盲目の拓と健常な滝太郎という身体的対比が表裏一体の関係を形つくっている為と思われる。 それでも、この三角関係はどこか平凡に映った。 雪を狙う島野や多磨太などの高等遊民崩れの人物たちの描写が、物語の焦点を散らしてしまったのかもしれない。 黒百合探しを命ずる勇美子の内面も見え難い。 彼女はモウセンゴケの観察に心を奪われ過ぎていた。 異界の地から持ち帰った黒百合が洪水を呼んだとしても、黒百合はいつの間にかただの花へと回収されてしまった。 本作は泉鏡花の初期作品にあたるが、後の彼の物語世界の萌芽が随所に詰め込まれているようにも思える。 これを舞台化するのは至難の業だろう。 音楽・照明・美術のどれをとっても躍動的で、スタッフの苦心が舞台の隅々から伝わってきた。 しかしその丁寧さゆえに、鏡花の若さを詰め込み過ぎてしまったようだ。 カーテンコールの拍手がやや弱かったのは、その均一な舞台に観客が方向性を見失ってしまったのかもしれない。 *劇場、 https://setagaya-pt.jp/stage/25221/ *「ブログ検索🔍」に入れる語句は、杉原邦生 ・・ 検索結果は10舞台 .

■バレエ・コフレ2026

*下記□の3作品を観る. ■指揮:冨田実里,ピアノ:高橋優介,管弦楽:東京交響楽団,出演:新国立劇場バレエ団 ■新国立劇場・オペラパレス,2026.2.5-8 □A Million Kisses to my Skin ■振付・美術:デヴィッド・ドウソン,音楽:J・S・バッハ ■雪が散らつき、外出するのが少し億劫だった。 それでも、せっかく手に入れたチケットを無駄にしたくないと自分に言い聞かせて劇場に向かった。 近頃、新国立劇場バレエ公演の人気は上昇しているようで、この数年は応募しても抽選に外れたことが何度かあった。 オペラや演劇では経験しないことだ。 この作品は、幕が上がった瞬間に心を掴まれた。 ただし、作品と自分の感覚が重なるまでには少し時間がかかった。 途中からようやく同期が取れ、ある種の恍惚感に浸ることができた。 伸びやかで張のある振付が心地よく、音楽も作品をしっかり支えていた。 馴染み深いバッハの「ピアノ協奏曲第1番ニ短調」が流れ、バッハと現代バレエの相性の良さを改めて感じた。 デヴィッド・ドウソンという振付家は今回初めて知ったが、今後も注目していきたい。 □ファイヴ・タンゴ ■振付・美術・照明:ハンス・ファン・マーネン,音楽:アストル・ピアソラ,出演:奥田花純,井澤駿 ■黒一色の舞台に、黒と赤の衣装をまとったダンサーたちがタンゴ風のバレエを繰り広げる。 人間関係の機敏を描いているようだ。 奥田花純と井澤駿が主人公だが、身長差のためデュオの姿勢がややぎこちなく見える場面があった。 それ以上に気になったのは音楽が録音だったこどだ。 この劇場で録音に出会うのは珍しいが、今日の音響は残念ながら良くなかった。 特に低音が濁り高音は棘があり、ピアソラの音楽の魅力が損なわれてしまっていた。 前後の作品が生演奏だけに、その差がより際立ってしまった。 *「ブログ検索🔍」に入れる語句は、マーネン ・・ 検索結果は2舞台 . □テーマとヴァリエーション ■振付:ジョージ・バランシン,音楽:P・I・チャイコフスキー,出演:米沢唯,速水渉悟 ■これまでに何度も観てきた作品だが、チャイコフスキーの音楽を聴くと、やはり三大バレエの世界を思い浮かべる。 これは「見る音楽」と称されるだけあって、終盤のダンサーたちの華やかな動きには圧倒される。 今日の公...

■能楽堂一月「当麻」

*国立能楽堂一月特別公演の3舞台□では「当麻」のみを観る. □能・観世流・当麻■出演:観世銕之丞,観世淳夫,宝生欣哉ほか □狂言・大蔵流・文蔵■出演:大藏教義,大藏基誠 □能・金剛流・妻戸■出演:金剛永謹,飯冨雅介,橋本宰ほか ■国立能楽堂,2025.1.31 ■都合により「文蔵」「妻戸」は観劇を取り止め「当麻」のみを鑑賞した。 「当麻」は世阿弥の作とされている。 一月のプログラムに掲載されていた中野顯正解説による「能<當麻>とその背景」には「世阿弥は・・、善導浄土(直接には時衆)の世界を念頭に置いた」作品であると記されている。 上演時間は120分と長めであるが、それは世阿弥が浄土の教えを丁寧に舞台に織り込んでいる為であろう。 さらに「この作品は當麻曼荼羅が織られる糸が終始貫いている」とも述べていたが、それを十分に感じさせてくれる。 藤原豊成の娘・中将姫の厚い信仰心が阿弥陀如来の顕現を招き、やがて観世音菩薩となって此岸へ戻り、人々を救済する。 当時の民衆は、この舞台を通して浄土救済の有難い世界を実感したに違いない。 *劇場、 https://www.ntj.jac.go.jp/schedule/nou/2025/7043/