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■越境する紅テント、唐十郎の大冒険

■司会:松嶋菜々子,語り:濱田丘 ■NHK・配信,2024.5.27(NHK,2021.2.11作成) ■唐十郎が逝ってしまった。 この追悼映像はドキュメンター形式で3章(司会者は分岐点と言っている)で成り立っている。 1967年8月に花園神社で紅テント初公演。 これが第一の分岐点。 小林薫、大久保鷹、麿赤児、不破万作、根津甚八へのインタビューが続く。 舞台美術の篠原勝之が「唐の手書き台本を劇団員が読み始めると唐本人が感動して泣いていた」「その手書き台本は米粒のような文字で書き損じもなく結末まで一気に書いてあった」。 ・・!! 第二の分岐点は1970年代の戒厳令下での韓国公演から始まる。 記者の菱木一義、作家の村松友視のインタビューが入る。 金芝河と日韓反骨演劇人同盟を設立し「二都物語」をソウルで公演。 続いてバングラディシュ、レバノンのパレスチナ難民キャンプで「風の又三郎」などを公演。  そして中村勘三郎への影響が第三の分岐点。 中村勘三郎は19歳の時から紅テント公演を観ていた。 「紅テントは歌舞伎の原点である」。 平成中村座は紅テントを参考にしたはずです。 唐十郎の言葉と役者身体がシンクロしたとき異次元世界が舞台に出現する。 この<言葉>と<身体>が核融合する唐体験は観客の心に宝として残り続けていきます。 *NHKアナザーストーリーズ運命の分岐点作品 *ステージナタリーwebsite、 唐十郎の大冒険 *「ブログ検索🔍」に入れる語句は、唐十郎 ・・ 検索結果は15ブログ .

■デイダミーア

■作曲:G・ヘンデル,指揮:鈴木秀美,演出:中村蓉,出演:清水理沙,田中沙友里,渡辺智美ほか,二期会合唱団,管弦楽:ニューウェーブ・バロック・オーケストラ・トウキョウ ■めぐろパーシモンホール・大ホール,2024.5.25-26 ■演奏が始まって古楽器が混じる音色に耳を傾けると久しぶりのヘンデルに癒されていくのがわかる。 舞台ではカラフルな置物が船になり食卓になり、ボールやフラフープそして風船を持ってダンサーたちが踊り回る。 それにソプラノ系歌手が大半の為か、おとぎの国にいるようだわ。 この作品は王の娘デイダミーアとアキッレ(戦士アキレス)の恋愛を描いているの。 しかもアキッレはズボン役で女装の二重変装と凝っている。 終幕、アキッレは鎧に着替えてトロイア戦争に赴き、さいごに戦場で踵を砕かれ戦死してしまう。 デイダミーアの悲恋が多く歌われるが、それ以上にアキッレの戦士への思いが強く出ていたのが印象深い。 アリアの数はデイダミーアが7回、アキッレが3回。 演奏はともかく演出・振付は戦士への軽快さを求めていたから。 鹿の角を付けた合唱団も楽しい。 心が軽くなり都立大学駅迄の帰り道はアキッレのように爽快に歩いたわよ。 ところで、なぜアキッレは踵(かかと)が弱いのか? 母がアキッレを不死にするため黄泉の川に浸した時に母の手が子の踵を掴んでいたのでこの部分だけが不死にならなかった、と聞いている。 *二期会2023シーズン作品 *二期会ニューウェーブ・オペラ劇場 *二期会website、 デイダミーア *「ブログ検索🔍」に入れる語句は、中村蓉 ・・ 検索結果は2舞台 .

■ワーニャ

■作:A・チェーホフ,脚本:サイモン・スティーヴンス,演出:サム・イェーツ,出演:アンドリュー・スコット ■TOHOシネマズ日本橋,2024.5.24-(デューク・オブ・ヨーク劇場,2024年収録?) ■なんと一人芝居です。 一人8役ですか? 最初は戸惑いました。 誰と誰が舞台に居るのか?、誰が誰に話を仕掛けているのか? でも直ぐに慣れます。 ヘレナはネックレスを触りソニアはナプキンを揉むのは演出の計らいでしょう。 しかもソニアの父は大学教授ではなく映画監督!? 教授の世間知らずは分かるが映画監督は社会や組織に敏感なはず。 組織重視の監督はこの作品に合わない。 そして、やはりですが一人芝居は喜劇性が強まる。 発声や表情、仕草で役を分けるためです。 映像内の観客は笑いが絶えない。 映画館内も珍しく笑いが聴こえる。 もちろん私もですが。 喜劇だ悲劇だと言われているが、どちらにも転べるのがチェーホフの面白さでしょう。 もちろん後半は笑いが少なくなる。 旅立ちの場面はしみじみとしてしまいました。 アンドリュー・スコットは抑えが効いていましたね。 終幕はもっと抑えてもよい。 新鮮な驚きはあったがチェーホフとしては70点かな。 *NTLナショナル・シアター・ライヴ *映画com、 https://eiga.com/movie/101145/

■デカローグ5・6

■原作:クシシュトフ・キェシロフスキ他,演出:小川絵梨子,村上聡史,出演:福崎那由他,仙名彩世,田中享ほか ■新国立劇場・小劇場,2024.5.18-6.2 ■今回も2本立てです。 小川絵梨子演出「デカローグ5」はタクシー運転手殺害の青年が死刑宣告を受け執行される話。 被告はなぜ殺人を犯したのか? 被告から妹のことなどが語られるが動機に結びついていかない。 科白が少ないこともある。 弁護士は被告よりも饒舌だが主人公にはみえない。 そして科白や音楽のリズムはまさに映画と言ってよい。 煮え切れない真相と主人公の不在で迷ってしまうが死刑執行が止めを刺します。 上村聡史演出「デカローグ6」は魅力的な女性の部屋を望遠鏡で盗み見る青年の話。 距離感のある望遠鏡を持ち出すのも映画的です。 ドアの開け閉め、呼び鈴などの効果音も同じですね。 今ならストーカーだが、青年の異性への未熟さが巧く表現されていた。 「人は何故泣くのか?」という青年の質問には驚きましたが。 主人公役の福崎那由他と田中享は演劇と映画の境界を上手に漂っていたのが印象に残りました。 ところで原作者の映画は観ていません。 *NNTTドラマ2023シーズン作品 *劇場、 デカローグ5・6

■能楽堂五月「入間川」「加茂物狂」

*国立能楽堂五月普及公演の□2舞台を観る. □狂言・和泉流・入間川■出演:野村万蔵,野村万之丞,野村万禄 □能・宝生流・加茂物狂■出演:佐野登,福王知登,福王和幸ほか ■国立能楽堂,2024.5.11 ■プレトーク「葵祭の社に舞う女」(梅内美華子)を聴く。 葵祭のこと、橋本神社の藤原実方や彼の左遷を命じた一条天皇、岩本神社の在原業平、復曲作品「 賀茂物狂 」との比較などを話す。 昨年の「賀茂物狂」は前場の神主と狂女の対話が長く110分と記憶している。 今日の「加茂物狂」はコンパクトにまとめてあり上演時間も80分と短い。 前場を神主一人で語る為である。 夫婦の再会をテーマにしているが控えめな行動で清々しい。 狂女がなにを考えているのか迷う場面があった。 物狂とは何かを考えさせられる舞台だ。 ワキ方(神主、都の者)がしっかりしていて舞台に緊張感が出ていた。 シテ面は「若草女」。 「入間川」は入間様という逆言葉を使う風習を取り上げている。 例えば「深い」とは「浅い」という意味になる。 台詞も舞台も上手にまとまっていて笑いが自然と出てきた。 *劇場website、 入間川・加茂物狂

■悪童日記

■原作:アゴタ・クリストフ,翻訳:堀茂樹,台本・演出:山口茜,劇団:サファリ・P他 ■Peatix・配信,2024.4.27-(THEATRE E9 KYOTO,2024.4.12収録) ■原作も知らず、すべてが曖昧のまま舞台は進んでいきます。 ・・少年らしき二人と祖母の関係がみえてくる。 背後には戦争が迫っているらしい。 母もいつのまにかそこに居るが、役者5人が識別できず詳細を気付けない。 司祭と聞いて場所はキリスト教圏と分かる。 終幕、戦場帰りの父も姿を現す・・。 戦争の悲惨と家族の崩壊を描いているようです。 東欧や中東などの戦争や内乱に結びついていく。 戦争下の生活を思い描けるか?を問うているようにもみえる。 ここで「悪童日記」について調べる。 1986年の作らしい。 19世紀末の物語とみていたが時代も場所も書かれていない。 双子少年と家族間にある暴力性、宗教の教えはどれも古臭い。 世界は考えている以上に古い儀礼や慣習で動いている。 このようにも聴こえる。 役者たちが机を動かしながら物語を進めていきます。 そこに切れ味の鋭い動きやダンスそして科白が入る。 簡素で写実的な台詞です。 双子は悪童そのものだが、戦争を肯定してしまう世界と比較すれば彼らは些細な存在なのかもしれない。 記録映像用の固定カメラで撮影しているらしく、パソコンでは役者の表情は見え難い。 カメラをあと2メートル舞台に近づけば役者がよりハッキリするはず。 でもこれだと客席の中にカメラを設置することになりそう。 やはり小劇場の映像配信は確認用でしかない。 *サファリ・P第10回公演 *CoRich、 悪童日記 *「ブログ検索🔍」に入れる語句は、山口茜 ・・ 検索結果は4舞台 .

■能楽堂五月「隠笠」「夕顔」

*国立能楽堂五月定例公演の□2舞台を観る. □狂言・大蔵流・隠笠■出演:山本則孝,山本則秀,山本則重 □能・観世流・夕顔(山ノ端之出,法味之伝)■出演:岡久広,野口能弘,野口琢弘ほか ■国立能楽堂,2024.5.8 ■「隠笠」の出演者三人の氏名は略同じである。 強く響いてくる声や動きも似ている。 同じ師匠の為かもしれない。 70年代生まれで内二人は兄弟のようだ。 能狂言を支えている強固な構造が見えるが維持していくのは大変だろう。 プログラム「この人に聞く、第7回松野恭憲」では20世紀中頃の能世界が語られる。 当時の稽古の厳しさなどが分かる。 今もこのように引き継がれているのかな? 「夕顔」の詞章を読んでいる時は気にしなかったが、夕顔自身が「源氏物語」を説明する場面がある。 これは劇中劇か? 前場は「源氏物語」が絡まってしまい意識が分散してしまった。 後場はこれから解放されたが。 夕顔は物語から素直に飛び出して欲しかった。 シテ面は「若女」。 *劇場website、 5月定例公演隠笠・夕顔

■かもめ

■作:A・チェーホフ,演出:トーマス・オスターマイアー,劇団:ベルリン・シャウビューネ ■静岡芸術劇場,2024.5.3-6 ■いつもの座席はそのままにして隠し、新しい客席を舞台上に敷設してある。 ほぼ円形のため役者と観客の距離が近い。 しかも役者は観客をときどき挑発します。 チェーホフにしては荒々しい感情を前面に出している。 コースチャとニーナの劇中劇から始まります。 ここが結構長い。 そして二幕の、ニーナとトリゴーリンの会話も長く感じる。 科白も即興のようなところがある。 おもしろい流れです。 でもチェーホフのジワッとした心の揺れがいつものように来ない。 直截のため表層で滑るような揺れが心に突き刺さるからでしょう。 帰りの新幹線は連休のため混んでいたが座れたので「劇場文化」を読むことにする。 「いろいろな愛のあり方を・・、きちんと表現した」(ジョセフ・ピアソン)。 そのように見えました。 「俳優にかなり自由が与えられ、・・俳優の言葉で言い直すようにした」(同)。 これでいつもより長い、あるいは短い、起伏の激しい場面が現れたのか? なかでもトリゴーリンが目立っていた。 「絶望的に悲しいのにおかしい」(同)。 この相反する両者が結果として強調されていましたね。 このブログを書いている今も、舞台の生々しい雰囲気が記憶に留まり続けています。 *ふじのくに↔せかい演劇祭2024 *劇場website、 かもめ